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M&A会計 企業結合の実務 第9回
取得原価の配分~引当金~
企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、買収が行われた際の対象会社が計上すべき引当金をテーマに取り上げます。
1. 取得原価の資産・負債への配分
-識別可能資産・負債の時価を基礎として配分
Q:本日は買収が行われたときの、対象会社が計上すべき引当金について伺いたいと思います。例えば、A社がB社の株式の100%を取得し、連結子会社としましたが、そのときのB社に関連する引当金はどのように計上するのでしょうか。
A(会計士):まずA社は、B社から受け入れた資産・引き受けた負債(識別可能資産・負債)に対して取得原価を配分することになります。会計基準では、その識別可能資産および負債の範囲について「被取得企業の企業結合日前の貸借対照表において計上されていたかどうかにかかわらず」「原則として、我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準の下で認識されるもの」とされています(企業結合会計基準99項)。ここでのポイントは、A社の連結上、計上すべき被取得企業(B社)の資産・負債は、B社の決算書に計上されていたかどうかや、計上されていた場合の金額とは無関係であること、そして(企業結合の局面以外でも適用される)適正な会計基準に従って算定されるもの、という2点です。
2. 引当金への取得原価の配分
企業会計原則注解18に従って引当金を算定
Q:引当金についていえば、企業会計原則注解18のいわゆる4要件(①将来の特定の費用又は損失、②発生が当期以前の事象に起因、③発生の可能性が高い、④金額を合理的に見積ることができる)を満たせば計上しなければならないし、満たさないのであれば計上してはならない、ということになりますね。
A(会計士):その通りです。実務上、買収価格は、基準日の決算数値で暫定的に決めて、そのあとのクロージング日の数値との差額を精算する、という方法が見受けられます。このような実務の中で、「基準日とクロージング日とで同じプラクティスで決算を作る」という契約条項が記載されているにもかかわらず、クロージングBSの引当金が突然、基準日の金額の何倍にもなるなど、買収価格の最終決定でもめることも見かけます。
Q:引当金をはじめ、資産の評価などは、会計上の見積り項目ですから、主観や判断も入り易いですし、ある程度の幅もあるのでしょうが、大きく変動すると問題になりますね。ところで、企業結合会計基準では、被取得企業の資産・負債を時価で受け入れる、とされていますが、この時価と引当金の金額との関係はどうなっているのでしょうか。
A(会計士):適用指針をみると「金融商品、退職給付に係る負債など個々の識別可能資産及び負債については、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準において示されている時価等の算定方法が利用されることとなる。」とされています(53項)。これはすべての資産・負債を売買すると仮定した時の時価に置き換えてしまうと、企業結合後に最初に到来する決算において、情報として意味のない戻入益や繰入額が発生してしまうので、それを避けるための対応です。
Q:もう少し具体的に伺います。例えば100の損害賠償訴訟が提起され、負ける可能性は小さい、というようなケースではどのようになりますか。
A(会計士):このケースでは、発生の可能性が小さく、引当金の要件を満たしていないので、引当金の計上額はゼロになります。しかしながら、仮に第三者がその債務を引き受けるとしたら、リスクがありますのでゼロ円では引き受けてくれません。ここでは第三者が引き受けてくれるとしたときの価格≒時価を20として負債計上したとします。しかし、買収後の最初の決算ではどうなりますか。
Q:発生可能性要件を満たさないとして、20は戻入され、利益が計上されますね。
A(会計士):そうなのです。株式などの有価証券はまさに時価を付すべきですが、引当金については、会計基準(注解18)に従って、その金額を算定する方が良いわけです。これは退職給付に係る債務についてもいえますね。
3. 企業結合に係る特定勘定
-企業結合時の特別な会計処理であるが、利用例は少ない
Q:ただ、おそらくこの潜在的な債務は、企業結合の価格交渉の過程で買収価格のマイナス要因として考慮されているのではないでしょうか。その分、買収価格が下がっていると想定されるなか、引当金など何らかの負債を計上しないとすれば、のれんが適切に算定されていませんよね。
A(会計士):そこで会計基準では「取得後に発生することが予測される特定の事象に対応した費用又は損失であって、その発生の可能性が取得の対価の算定に反映されている場合には、負債として認識する」とされています。これが「企業結合に係る特定勘定」といわれるもので、日本では、企業結合時に限り、特別に負債計上が認められています。ただ実務で使われるケースはとても少ないです。
Q:のれんとの関係で考えると、取得原価の配分のときに引当金を計上すると、のれんが大きくなります。のれんの金額を抑えたい、という動機で企業は引当金の計上を避けたがるものでしょうか。
A(会計士):そうとも限りません。反対に引当金を過剰に計上しようとするケースもあります。取得原価の配分の段階で引当金を過剰に計上して、その後の決算期に取崩益を出すことで利益の調整弁にしよう、買収後の業績のV字回復を演出しよう、ということです。便利で美味しいもの、という意味で「クッキー・ジャー・リザーブ」と呼ばれることもあります。
Q:でも会計監査で注目されますよね。
A(会計士):その通りです。取得原価の配分は大きな粉飾決算事件で利用された歴史もあり、特に重点的に監査手続を行うことが会計監査の常識です。とはいえ、引当金は将来の可能性を見積もる会計処理なので、明快な正解が存在しないことも多く、監査手続がなかなか終了しないことも、よくあります。
4. 偶発債務等に関する国際会計基準の取扱い
-公正価値で測定
Q:見積り項目はいろいろな調整弁として利用されるケースがあるわけですね。ところで、先ほど引当金に関連して、「日本では」「企業結合に係る特定勘定」を特別に負債計上することが認められていると説明されましたが、国際会計基準(IFRS)ではどのようになっていますか。
A(会計士):IFRSでは、引当金は、(a) 企業が過去の事象の結果として現在の債務(法的又は推定的)を有しており、 (b) 当該債務を決済するために経済的便益を有する資源の流出が必要となる可能性が高く、(c) 当該債務の金額について信頼性のある見積りができる場合に認識しなければならないとされています(IAS37.14)。
先程のケースでは、訴訟に負ける可能性が小さいので、(b)の要件を満たしておらず、引当金は計上できないことになります。この点では日本基準と同様です。
ところが、IFRSの企業結合会計基準(IFRS3)では、上記の引当金の計上に関する要求事項は適用せず、公正価値は信頼性をもって測定できる場合、取得日時点で認識しなければならない(債務を決済するために経済的便益を含む資源の流出が必要とされる可能性が高くない場合であっても、企業結合で引き受けた偶発負債を取得日に認識する)とされています。他方で、その後の会計処理では、当該偶発債務の帳簿価額が、IAS 第37号に従って認識されるであろう金額より小さくならない限り、戻入を制限しています。ざっくりいえば、企業結合時に係争債務などの偶発債務を時価で負債計上する代わりに、その後の年度で意味のない戻入益が発生しないよう、その後の会計処理の手当てをしている、というわけですね。これは日本の会計基準と枠組みが違いますね。
5. 日本とIFRSの引当金の計上要件
-発生の可能性の考え方などに違いもある
Q:日本基準と国際会計基準の引当要件は先ほどご説明いただきましたが、具体的に計上タイミングやその金額に違いはあるのでしょうか。
A(会計士):それはケースバイケースになると思います。ただ、日本基準の「③発生の可能性が高い」という要件は、IFRSの「(b) 当該債務を決済するために経済的便益を有する資源の流出が必要となる可能性が高く」(50%超の確率)よりも高いことは間違いないと思いますので、この点では日本基準の方が引当金の計上は遅くなる傾向にあると思います。他方で、IFRSは「(a)現在の債務(法的又は推定的)」を厳格に解しますが、これまでの日本の実務では、必ずしも「現在の債務」との関係が明らかでない場合もあり、引当金の計上タイミングが早くなることもあるように感じています。極端な場合には、先程の「クッキー・ジャー・リザーブ」になりかねず、慎重に検討する必要がありますね。
Q:本日はありがとうございました。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎
(2019.6.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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M&A会計 企業結合の実務(記事一覧)
第1回 のれんの評価と監査報告書の記載
第2回 企業結合会計基準等の公開草案の解説
第3回 逆取得となる株式交換の会計処理
第4回 持分変動と税効果会計
第5回 会計基準と会社法との関係
第6回 価格調整の会計処理
第7回 逆さ合併の処理
第8回 100%子会社への無対価会社分割とその子会社株式の譲渡の会計処理
第9回 取得原価の配分~引当金~
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