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M&A会計 企業結合の実務 第16回

新型コロナウイルス感染症のM&A会計への影響

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、買収後に新型コロナウイルス感染症の影響を受けた場合の組織再編の会計処理と会計上の見積りについて考えます。

1. 企業買収後に経営環境が激変した場合の会計処理

-会計上の見積りに影響する

Q:本日は買収後に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受けた場合の組織再編の会計処理と会計上の見積りについて(このご時世ですので、Web会議で)伺いたいと思います。
まず前提となる事例ですが、P社は12月上旬にS社株式のすべてを取得し、完全子会社としました。S社は訪日客を主要顧客としたビジネスを展開しており、最近は業績を急拡大させてきたのですが、2月以降、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による訪日客の激減や外出自粛要請の影響を受け、S社の売上は前年同期比80%減など買収時には全く想定していなかった状況となっています。
今般、P社(3月決算)の連結決算に当たり、次の2つが主要な論点となっています。1つ目はS社から企業結合日に受け入れた資産の中には繰延税金資産が一定程度あるのですが、受入時の会計処理(繰延税金資産の回収可能性)を見直すべきかどうかという点。2つ目は、S社の買収に伴いのれんが多額に計上されたのですが、当期末における減損判定をどのように考えるかという点です。

 

2. 企業結合日における識別可能資産・負債の評価

-買収時点の事実と状況により判断する

A(会計士):1つ目の繰延税金資産の回収可能性の判断ですが、これは買収日時点の事実と状況に基づいて判断し、その後の状況変化は考慮しません。企業結合会計基準では「取得原価は、被取得企業から受け入れた資産及び引き受けた負債のうち企業結合日時点において識別可能なもの(識別可能資産及び負債)の企業結合日時点の時価を基礎として、当該資産及び負債に対して企業結合日以後1年以内に配分する」(第28項)とされています。12月上旬では、新型コロナウイルス感染症は確認されていなかったと思いますので、企業結合日の時価にその影響を反映すべきとはならないと思います。

Q:ただ企業結合会計基準では、ご指摘のとおり「当該資産及び負債に対して企業結合日以後1年以内に配分する」と1年間の猶予を認める暫定的な会計処理が定められています。もともと買収完了時点では、P社はS社の精査が十分ではない場合もありますし、その3、4カ月後には当初の計画と大幅な乖離が生じていることが判明した以上、暫定的な会計処理を使って企業結合日の会計処理を見直しても良いと思うのですが、いかがでしょうか。

A(会計士):暫定的な会計処理は、企業結合日に存在する資産・負債に関する情報を把握することが困難であったり、把握できたとしても評価に一定の時間がかかるもの、例えば、無形資産の評価などを想定して作られています。繰延税金資産の回収可能性の見直しについては、「企業結合日後に追加的に入手した情報等に基づく繰延税金資産の回収見込額の見直しが、企業結合における取得原価の再配分の対象となるかどうかは、当該情報等が企業結合日に存在していた事実及び状況を示す内容であるかどうかに留意する必要がある。企業結合日後に新たに発生した事象に起因する情報は、見直しの対象に該当しない。」(適用指針379-2項)とされています。もし、買収日がもう少し遅ければ、重要な論点になった可能性があると思います。確かに実務上は、「企業結合日に存在していた事実及び状況」なのかどうか判断に迷うケースもあり、吟味が必要な場面も多いとは思いますが、上記の考え方はとても大切です。なお、この考え方は繰延税金資産の回収見込額の算定に限らず、他の資産・負債の時価評価にも当てはまりますし、新型コロナウイルス感染症に限らず、様々な事象や状況の判断においても当てはまります。

Q:分かりました。今回は違いますが、もし企業結合日における繰延税金資産の回収見込額を修正すべきと判断されれば、繰延税金資産が減額され、同額ののれんが増加するわけですね。

A(会計士):そのようになります。したがって、いずれにせよ企業結合日の損益になるわけではありませんが、その後の損益は異なります。企業結合日の繰延税金資産を減額すれば、増加したのれんは(減損がなければ)その後の償却期間にわたり償却費の増加要因となります。他方、企業結合日の繰延税金資産を減額しなければ、決算において繰延税金資産を取り崩すことになるので、法人税等調整額として一時の費用になります。

 

3. 買収後の年度決算における会計上の見積り

-財務諸表作成時点で入手可能な合理的基礎で見積もる

Q:次にP社の3月決算におけるのれんの評価についてはいかがでしょうか。足元の業績が大幅に悪化しているので減損の兆候があることは理解しています。ただ減損の要否や、減損するとしてもその金額をどのように算定したらよいのか、過去の経験が通用しないような状況では、どのように対応したらよいのか全く分かりません。言葉では「合理的な見積り」といいますが、率直に申し上げて、そのような見積りはできませんよね。

A(会計士):気持ちは分かりますが、制度上はそのような状況であっても「合理的な見積り」をしなければなりません。この点については、2020年4月9日に開催された企業会計基準委員会の議事概要「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」が参考になると思います。議事概要では過年度遡及会計基準の規定を確認しつつ、その考え方を次のように解説しています。
会計基準では「会計上の見積り」を「資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出すること」と定義しています。したがって、新型コロナウイルス感染症のように不確実性が高い事象についても、一定の仮定を置き最善の見積りを行うことが必要なわけで、今後の広がり方や収束時期等も含め、P社自ら一定の仮定を置くことになります。

Q:とはいえ、不確実性の程度はこれまでの経験を超えるもので、将来を見通すことは本当に難しいと思います。いずれ実績が明らかになれば重要な差異が出る可能性もあります。

A(会計士):その点についても、「企業が置いた一定の仮定が明らかに不合理である場合を除き、最善の見積りを行った結果として見積もられた金額については、事後的な結果との間に乖離が生じたとしても、「誤謬」にはあたらないものと考えられる。」とされています。

Q:会計上の誤りとされる「誤謬」ではないとしても、同業他社がどのような仮定を置くのか気になりますね。

A(会計士):その点については「最善の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響に関する一定の仮定は、企業間で異なることになることも想定され、同一条件下の見積りについて、見積もられる金額が異なることもあると考えられる。」とされています。

 

4. 会計上の見積りと会計監査

-過度に楽観的または過度に悲観的でないか

Q:なるほど。ただ、それで会計監査は通るのでしょうか。平時のときでも見積りの根拠としてかなりの資料を求められ、明確な根拠が示せないのであれば、監査判断もできないと言われているようですが。

A(会計士):確かに企業が見積りの根拠を示さなければ監査判断はできないでしょう。ただ今回は過去の経験が通用しないような状況ですから、企業も監査人もお互いにしっかりコミュニケーションをとり、慎重な対応が求められますね。
監査人の対応としては、2020年4月10日に日本公認会計士協会が公表した「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その2)」が参考になります。ここでは2002年(平成14年)に企業会計審議会から公表された「監査基準の改訂について」で記載されている「将来の帰結が予測し得ない事象や状況が生じ、しかも財務諸表に与える当該事象の影響が複合的で多岐にわたる場合(それらが継続企業の前提に関わるようなときもある)に、入手した監査証拠の範囲では意見の表明ができないとの判断を下すことについて、基本的には、そのような判断は慎重になされるべきことを理解しなければならない」ことを確認しています。そのうえで、「新型コロナウイルス感染症の収束時期等の予測に関して、経営者が一定の仮定を置いている場合には、監査人は、その仮定が「明らかに不合理である場合」に該当しないことを確かめることになる。」とし、その仮定が、過度に楽観的または過度に悲観的な傾向を示していないかどうかに留意することなどが示されています。

5. 合理的な見積りにも幅がある

-だからこそ適切な見積りの基礎を開示することが大切

Q:確かに「合理的な見積り」といっても、一定の幅があるわけで、過度に楽観的でもなく、過度に悲観的でもないということですね。

A(会計士):ですので、財務諸表利用者に対し、どのような仮定を置いて会計上の見積りを行ったかを開示することが重要になるわけで、「追加情報」としての開示が求められる場合があると思います。ちなみに、追加情報とは「この規則(筆者注:財務諸表等規則)において特に定める注記のほか、利害関係人が会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する適正な判断を行うために必要と認められる事項があるときは、当該事項を注記しなければならない。」(財規8条の5)とされているので、この注記は任意ではなく、一定の場合には強制されるという点にも留意が必要です。監査人も開示の充分性を含めて判断することになります。

Q:会計上の見積りの開示といえば、2020年3月に企業会計基準委員会から「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が公表されました。2021年3月期の期末の連結・個別財務諸表から適用されますが、早期適用もできますね。この会計基準についてもコメントをお願いできますか。

A(会計士):見積り会計基準では、注記事項として「当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法」や「当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定」などが例示されています。これらは企業が当該金額の算出に用いた主要な仮定が妥当な水準または範囲にあるかどうか、また、企業が採用した算出方法が妥当であるかどうかなどを財務諸表利用者が理解するうえで有用な情報になります。「主要な仮定」の開示は、「金額の算出方法」に対するインプット数値や、その前提となる状況や判断の背景を理解することができます。企業の置かれている状況(企業固有の情報)を含めて記載することが適当ですね(同会計基準29項参照)。この会計基準を早期適用しなくても、先程ご説明した「追加情報」の記載に当たっては、参考になると思います。
それからもう1点、この会計基準は2021年3月期から適用になりますが、その年度は監査基準の大幅な変更である「監査上の主要な検討事項」の適用年度と同じです。新型コロナウイルス感染症の影響は1年後も残る可能性がありますので、会計上も監査上も開示を含めて重要な論点になると思います。

Q:ちなみに、もしのれんを含む固定資産の減損が不要と判定されたら、注記は不要になりますか。

A(会計士):そうではありません。のれんなどの固定資産の減損が不要という判断そのものが会計上の見積りの結果ですので。会計基準でも「固定資産について減損損失の認識は行わないとした場合でも、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを検討したうえで、当該固定資産を開示する項目として識別する可能性がある。」(同会計基準23項)とされています。

Q:新型コロナウイルス感染症という国難に皆で一体となって対応し、1日も早く収束するよう願っています。本日はありがとうございました。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2020.5.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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