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M&A会計 企業結合の実務 第17回
IFRSによる「連結財務諸表上の帳簿価額」
企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。日本の上場会社の約4割(時価総額ベース)はIFRS(国際財務報告基準)を適用しているといわれています。そこで今回は、親会社がIFRSにより連結財務諸表を作成している場合の「連結財務諸表上の帳簿価額」の考え方について解説します。
目次
- 1. 我が国の上場会社のIFRS適用状況
- 2. IFRSを適用している親会社が子会社を吸収合併した場合の会計処理
- 3. 連結財務諸表上の帳簿価額
- 4. 日本基準ベースへの帳簿価額の修正
- 5. 退職給付会計基準の未認識項目の取り扱い
1. 企業買収後に経営環境が激変した場合の会計処理
-時価総額ベースでは約4割
Q:日本取引所グループの資料によると2020年4月30日現在の上場会社数は3,713社※ですが、4月現在のIFRS適用企業は224社(適用決定企業16社を含む)となっています。
※ 第一部2,171社、第二部482社、マザーズ323社、JASDAQスタンダード666社、同グロース37社、Tokyo Pro Market34社
A(会計士):会社数ベースでは6%ですが、IFRS適用企業は大規模企業が多いことから時価総額ベースでは約40%になりますね。
Q:そこで本日は、親会社がIFRSにより連結財務諸表を作成している場合の「連結財務諸表上の帳簿価額」の考え方について伺いたいと思います。
2. IFRSを適用している親会社が子会社を吸収合併した場合の会計処理
-連結財務諸表上の帳簿価額とはIFRSベースのものも含まれるか
Q:具体的には、IFRS適用企業である親会社P社が買収により子会社化したS社を吸収合併した場合の会計処理について見ていきたいと思います。
まず、P社は連結財務諸表をIFRSにより作成していますが、もちろん、個別財務諸表は日本基準で作成しています。そして、P社の連結財務諸表作成のプロセスは、S社を含む連結会社の個別財務諸表は日本基準で作成しており、そこからP社で基準差異の調整と連結調整を行うことによりIFRSでの連結財務諸表を作成しています。
A(会計士):P社の個別財務諸表上は、企業結合会計基準に従い「連結財務諸表上の帳簿価額」でS社の資産・負債を受け入れることは明らかですが(企業結合会計基準(注9))、その「連結財務諸表上の帳簿価額」には、IFRSベースの帳簿価額も認められるのか、それとも日本基準ベースで合理的な帳簿価額を算定し直さないとダメなのか、というご質問ですね。
Q:はい。そのとおりです。S社は買収子会社ですから、もし、IFRSベースでの帳簿価額の承継が認められるなら、企業結合で取得したのれんや耐用年数を確定できない無形資産について非償却のベースでの残高を引き継ぐことになります。これらはIFRSと日本基準との代表的な差異ですよね。
3. 連結財務諸表上の帳簿価額
-IFRSベースではなく、日本基準ベースに修正したものである
A(会計士):この論点は2014年(平成26年)7月に開催された基準諮問会議でも協議されているのですが、結論から申し上げれば、P社はIFRSにより連結財務諸表を作成しているとしても、個別財務諸表上は、日本基準ベースの連結財務諸表上の帳簿価額を合理的に算定したうえでS社の資産および負債を受け入れることになります。
Q:IFRSベースの連結財務諸表上の帳簿価額の引き継ぎは認められないということですね。
A(会計士):はい。もともと親会社が子会社を吸収合併する場合に、親会社は子会社の適正な帳簿価額(子会社が適正に作成した試算表のイメージ)ではなく、親会社にとっての連結財務諸表上の帳簿価額(支配獲得時の時価評価やのれんの未償却残高を調整した帳簿価額)で受け入れることとした理由は、個別財務諸表上、経済実態が同じである以下の2つの取引を整合的に会計処理できるようにするためです。
① S社を子会社化することなく吸収合併した場合 → 取得の会計処理のみ適用
②S社を子会社化した直後に当該会社を吸収合併した場合 → a 取得+b 共通支配下の取引の会計処理が適用
①と②の会計処理を整合的なものとするには、②のb共通支配下の取引において、親会社が子会社から承継する資産・負債にはaの支配獲得時の時価を付す必要があるわけです。
このほか、P社はS社を吸収合併した後も、P社の個別財務諸表は日本基準に基づくことになるので、合併時に受け入れる子会社の資産および負債の連結財務諸表上の帳簿価額を日本基準ベースに修正しないと、その後の会計処理が適切に処理できないことになります。例えば、日本基準ではのれんは償却する代わりに減損は兆候がある場合のみテストする、IFRSではのれんは非償却である代わりに減損は兆候の有無にかかわらず毎年テストする、しかもそれは日本基準とは異なり割引後のキャッシュフローでテストするなど厳しい基準となっています。合併のときはIFRSベースの非償却ののれんを受入れ、その後は日本基準で処理するということは、会計基準の枠組みとしても不適切なわけですね。
4. 日本基準ベースへの帳簿価額の修正
-重要性を踏まえたり、実務対応報告18号の取り扱いも参考にすることが考えられる
Q:確かにそうですね。そうすると会社により状況は異なるかもしれませんが、IFRS により連結財務諸表を作成している会社が、日本基準における連結上の帳簿価額を算定するとなると、一定の負担が生じるのではないでしょうか。子会社化が相当以前に行われている場合には、取得時以降のすべての調整仕訳を把握することが実務上困難な場合もありますよね。
A(会計士):はい。ただそれは、一般的な重要性の原則を用いて会計処理することになると思います。子会社化してから期間が経過しているという点については、IFRS適用企業に限らず、日本基準採用会社であっても同様の論点があります。どの程度、子会社の資産および負債の適正な帳簿価額を日本基準ベースで算定すべきかについては、合併後の親会社の個別財務諸表への影響額(日本基準での連結財務諸表上の帳簿価額を算定した場合に見込まれる差異の概算額)の重要性を考慮して検討されるものと考えられます。子会社化が相当以前であれば、そもそものれんの償却は終了している場合もあるかもしれませんね。
また、非償却とされたのれんを日本基準では償却するという点については、実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」も参考になると思います。18号では「在外子会社等において、のれんを償却していない場合には、連結決算手続上、その計上後20年以内の効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却し、当該金額を当期の費用とするよう修正する。ただし、減損処理が行われたことにより、減損処理後の帳簿価額が規則的な償却を行った場合における金額を下回っている場合には、連結決算手続上、修正は不要であるが、それ以降、減損処理後の帳簿価額に基づき規則的な償却を行い、修正する必要があることに留意する。」とされています。
5. 退職給付会計基準の未認識項目の取り扱い
-子会社化することなく吸収合併した場合と同様の考え方による
Q:同様のものとして、退職給付会計基準に関連した論点もありますね。すなわち、退職給付会計基準では、未認識数理計算上の差異および未認識過去勤務費用の処理方法が改正されていますが(オンバランス処理)、個別財務諸表では、当面の間、改正前会計基準等の取り扱い(オフバランス処理)を継続することとされています。親会社が子会社を吸収合併する場合において、親会社の個別財務諸表上、どのように会計処理するのでしょうか。
A(会計士):この点については、当面の間、個別財務諸表に関しては未認識数理計算上の差異等の処理方法に関する改正が適用されないこととなった経緯を踏まえると、子会社の連結財務諸表上の帳簿価額(支配獲得時の未認識項目はオンバランス)から支配獲得後の未認識項目を除いた帳簿価額により受け入れることになると考えられます。先程の「S社を子会社化することなく吸収合併した場合」と同じ会計処理の結果が得られるように、ということですね。
Q:本日はありがとうございました。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎
(2020.6.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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第2回 企業結合会計基準等の公開草案の解説
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第4回 持分変動と税効果会計
第5回 会計基準と会社法との関係
第6回 価格調整の会計処理
第7回 逆さ合併の処理
第8回 100%子会社への無対価会社分割とその子会社株式の譲渡の会計処理
第9回 取得原価の配分~引当金~
第10回 共通支配下の取引における繰延税金資産の回収可能性の考え方
第11回 現物配当の会計処理
第12回 100%子会社の合併
第13回 子会社から親会社に会社分割より資産を移転した場合の会計処理
第14回 何が企業結合取引の一部になるか(条件付支払のケース)
第15回 取得関連費用と事業分離関連費用の会計処理
第16回 新型コロナウイルス感染症のM&A会計への影響
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