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M&A会計 企業結合の実務 第22回

「取得」が行われた場合の注記事項/開示情報

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、第三者間の企業結合である「取得」が行われた場合の注記事項について解説します。

Q:本日は第三者間の企業結合である「取得」が行われた場合の注記事項について伺いたいと思います。取得が行われた場合、「企業結合の概要」の記載が求められ(財務諸表等規則8条の17)、そのガイドラインでは、「企業結合を行った主な理由」が概要に含まれるとされています。財務諸表の注記事項として、会計方針や財務数値以外の項目の記載が求められることは珍しいですね。

A(会計士):確かにそうですね。組織再編のような桁違いに投資額が大きくなることがある場合には、それを実行した理由などの説明を財務諸表の注記として一緒に記載することは、財務諸表利用者の理解に役立つことになりますね。

 

1. 企業結合を行った理由と無形資産の識別

-整合性にも留意

Q:次に企業結合に関する会計処理と注記との関係で、留意すべき点はありますか。

A(会計士):企業結合を行った理由と無形資産の会計処理との関係が挙げられます。企業結合会計基準では、「受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱う。」(29項)とされ、「平成20年改正会計基準では、当該無形資産が識別可能なものであれば、原則として識別して資産計上することを求めることとした(第28項及び第29項参照)。したがって、例えば、当該無形資産を受け入れることが企業結合の目的の1つとされていた場合など、その無形資産が企業結合における対価計算の基礎に含められていたような場合には、当該無形資産を計上することとなる」(100項)とされています。

適用指針でも「特定の無形資産に着目して企業結合が行われた場合など、企業結合の目的の1つが特定の無形資産の受入れであり、その無形資産の金額が重要になると見込まれる場合には、当該無形資産は分離して譲渡可能なものとして取り扱う。したがって、このような場合には、企業結合会計基準第28項及び第29項により、当該無形資産を識別可能資産として、取得原価を配分することとなる」(59-2項)とされています。

Q:なるほど。企業結合会計基準が開発された当初は、のれんから分離して無形資産を識別することは任意であるとの解釈もありましたが、平成20年改正により、企業結合の理由が、例えば顧客基盤、技術力、ブランドなどの無形資産の獲得に関連するような場合には、顧客関連、技術関連、市場関連の無形資産を識別すべき場合が多いということですね。

 

2. 監査報告書との関係

-KAMとして企業結合に関する記載が多い

A(会計士):それから2021年3月期決算から上場会社に強制適用される「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)との関係にも留意が必要だと思います。この制度は、監査プロセスの透明性を向上させ、監査報告書の情報価値を高めるために「当年度の財務諸表の監査の過程で監査役等と協議した事項のうち、職業的専門家として当該監査において特に重要であると判断した事項」を監査報告書に記載するという制度です。2020年3月期では早期適用した企業は50社弱ありますが、組織再編やのれんの評価に関する領域をKAMとした事例が多く、その中でも無形資産に触れている例も多くありました。

Q:KAMとされた項目については、それぞれ「監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由」と「監査上の対応」が記載されますね。

A(会計士):「監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由」では、会社側の実施した手続なども記載され、例えば、取得原価の配分手続では「会社は公正価値測定にかかる外部専門家を利用し・・」などの記載が見受けられます。また、「監査上の対応」では、「当監査法人は、公正価値評価専門家を利用して各無形資産の公正価値測定に採用された評価モデルの合理性の検討を行った」などの記載も見受けられます。

Q:重要な企業結合が行われた場合には、財務諸表の作成責任のある会社側と財務諸表の監査責任のある監査人の双方で、それぞれ公正価値評価専門家の関与が必要になるわけですね。

A(会計士):はい。作成者側も監査人側も取得原価の配分手続やのれんの評価手続など、そのプロセスについても留意する必要があると思います。

 

3. プロフォーマ情報の開示

-影響の概算額の算定方法についても留意

Q:次に、いわゆるプロフォーマ情報について伺いたいと思います。財務諸表等規則では、重要性が乏しい場合を除き「企業結合が事業年度の開始の日に完了したと仮定した場合の当該事業年度の損益計算書に及ぼす影響の概算額及びその算定方法」の記載を求めており、「当該注記が監査証明を受けていない場合には、その旨を記載しなければならない。」とされています(8条の17)。財務諸表の注記事項であっても、監査を受けないことが想定されているわけですね。

A(会計士):「企業結合が事業年度の開始の日に完了したと仮定した場合」の情報ですので、仮定計算が必要になります。概算額の算定方法については適用指針で一定の考え方が示されていますが、監査を受けるという観点では、必ずしも十分なルールとはいえないかもしれません。また、影響の概算額が重要な場合の注記ですから、規模が大きく、年度末近くで実施された企業結合が注記の対象になる可能性が高いので、実務上、監査が困難な場合も多いことが配慮されていると思います。もっとも監査を受けない場合であっても、利用者にとっては重要な情報ですから、会社と監査人は算定方法の考え方を協議しておくことが適当だと思います。ちなみに会社法では、計算書類の注記事項は全て監査対象になってしまうので、プロフォーマ情報を開示するとすれば、事業報告など監査対象外の情報とすることになります(監査・保証実務委員会実務指針第85号「監査報告書の文例」25項)。

 

4. 国際会計基準における改正動向

-企業結合に関する開示の拡充が検討されている

Q:現行の日本基準から離れますが、国際会計基準審議会(IASB)からディスカッション・ペーパー「企業結合 ― 開示、のれん及び減損」が2020年3月に公表され、12月31日までコメント募集が行われています。このペーパーでは、のれんの減損損失の認識が遅すぎるとの課題に対して、企業結合後ののれんの会計処理として、のれんの償却処理を再導入すべきかが論点の1つとして取り上げられています。ただし、このペーパーでの提案は、現行ルールと同様、非償却+減損となっています。その代わり、「取得」に関する開示の改善が提案されており、特に「取得」のその後の業績の開示の追加などが検討されています。その中には、先程の「企業結合を行った主な理由」をさらに進め、当該取得を行った戦略的根拠や、取得年度において取得の目的が果たされているかどうかをモニターするために経営者が使用する指標、さらにその後のモニターしている期間にわたり、当該指標を使用して取得の目的が果たされている程度など、開示の大幅な拡充が提案されています。

A(会計士):現状、この提案に対しては、おおむね財務諸表利用者は賛成、作成者は競争上の不利益を被るリスク等から反対、監査人は監査可能性の観点で懸念を示しています。このように各利害関係者の意見の隔たりが大きく、現時点では、どのような方向になるのか分からない状況だと思います。ただ監査の直接的な対象にはならない財務諸表以外での情報(例えば「経営者による説明」)として開示することも考えられるわけですので、今後の動向には留意する必要があると思います。

Q:本日はありがとうございました。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2020.12.7)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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