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M&A会計 企業結合の実務 第24回

企業結合取引に該当するかどうかの判定

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、企業結合の前後で行われる取引と企業結合の会計処理との関係について解説します。

Q:本日は、企業結合の前後で行われる取引と企業結合の会計処理との関係について伺いたいと思います。

まず前提となる取引の概要は、次の通りです。

X社(取得企業:買手)は、8月1日にY氏が発行済株式のすべてを保有するZ社(被取得企業)株式のすべてを取得することでY氏(売手)と合意しました。効力発生日は10月1日とします(効力発生日にZ社株式の引渡しと代金の支払が行われる)。

この買収交渉は同年4月から開始されており、合意成立後の9月に、X社はZ社に対して、a商品を販売しています。なお、効力発生日である10/1現在、Z社はa商品を在庫として保有しています。

 

1. 支配獲得日の決定

-原則は効力発生日

Q:まずこのケースでは、X社はZ社を10/1から連結することで良いでしょうか。

A(会計士):支配獲得日がいつかということですね。このケースでは、10/1にX社はY氏から株式の引き渡しを受け、同日付でその対価を支払い、10/1に法的効力が発生しますので、通常、支配獲得日は10/1になると思います。支配獲得日は企業結合日と同じになりますが、企業結合会計基準では、「企業結合日」とは、被取得企業若しくは取得した事業に対する支配が取得企業に移転した日とされています(企業結合会計基準15項)。

Q:国際会計基準(IFRS)では、どのように扱われるのでしょうか。

A(会計士):IFRS第3号「企業結合」では、取得企業が被取得企業に対する支配を獲得した日(取得日)とは、一般的に取得企業が法的に対価を移転し、被取得企業の資産を取得し負債を引き受けた日、すなわち実行日をいうとされており、日本基準と同様です。ただし、契約書において実行日より前に取得企業が被取得企業の支配を獲得すると規定されているような特別な規定があれば、取得日は実行日より前になることが明記されています。取得日の決定に際しては、すべての関連する事実と状況を検討する、というわけですね(IFRS3.8,9)。 

 

2. 企業結合成立前の取引の取り扱い

-原則として第三者間取引として扱う

Q:このケースでは、支配獲得日前にX社はa商品をZ社に販売しています。支配獲得日より前の取引ですから、この取引は第三者間取引としてX社が作成する連結財務諸表上、内部取引の消去や未実現利益の消去対象外と考えても良いのでしょうか。

A(会計士):はい。支配を獲得したのが10/1ですから、たとえ買収の合意成立後であっても、支配獲得日前の取引は第三者間取引として扱います。支配獲得日前はX社の連結財務諸表上、Z社の財務諸表は含まれていませんので、内部取引の消去という概念がありませんし、連結貸借対照表の作成にあたっては、Z社の資産は支配獲得日の時価で評価されますので(連結会計基準20項)、未実現利益という概念もないと思います。

Q:ただ、10/1に買収されることがほぼ確実であることを踏まえると、第三者間取引として取り扱うことについて、何となく違和感もあるのですが。

A(会計士):それはその取引の経済的実質をどのようにみるのかという問題なのだと思います。例えば、X社は買収交渉以前からZ社に商品を販売していたのか、Z社経由でa商品を第三者に販売することに合理性はあるか、販売条件が第三者と同様の条件であるか、などを考慮することが考えられます。商品の販売先を買収するということは、ある意味、商品を買戻しているとも考えられますので、Z社への販売価格が類似の取引より大幅に高く、それが支配獲得日に販売先の在庫となっているような特別なケースでは、その部分は別途の対応が必要になるのだと思います。逆に言えば、通常の取引である限り、特段の取り扱いは不要と思います。

 

-企業結合とは別個の取引として処理すべき場合がある

Q:企業結合前の取引でほかに留意すべき事項はありますか。

A(会計士):企業結合取引と企業結合以前の取引関係を実質的に清算する取引の区別が考えられます。例えば、取得企業は被取得企業より長期固定契約で原材料を仕入れており、当該契約期間の途中で買収が成立したとします。このような場合には、当該契約が実質的に清算されることがあり、その時点での時価との差額に重要な乖離があるようなときは、当該差額を損益として処理することが適当なケースがあるかもしれません。また、取得企業と被取得企業との間で係争案件があり、被告である取得企業が原告である被取得企業を買収すると、買収対価に係争に係る損失が含まれていることも考えられます。このようなケースでは、被取得企業の事業と交換に支払うべき金額以上の対価が含まれることがあるので、それが多額になると想定される場合には、企業結合とは別個の取引として処理することが適当と考えられます。

 

3. 企業結合後の取引との峻別

-企業結合後の費用として処理すべきものもある

Q:企業結合取引とその後の取引の区別が問題になるケースもあるのでしょうか。

A(会計士):典型的な取引としては、企業結合の対価なのか、それとも企業結合後の報酬なのか、という問題があります。例えば、先程の例で、Y氏はZ社の経営者であり、X社による買収後も経営者として職務を執行し、買収後も業績が一定数値を超えた場合には追加報酬を支払うことが株式売買契約に含まれていたとします。そして追加報酬が支払われた場合には、それを企業結合の対価(条件付取得対価)としてのれんの増加とするのか、それとも成果報酬として企業結合後の役員報酬として処理するのか、という問題です。対価が株式売買契約に規定されていてもその経済的実質を判断することになりますが、このケースでは、Y氏の勤務が条件とされている場合には、通常、報酬として処理されるものと思います。

 

4. 企業結合に該当する取引の峻別

-誰のために実施された取引なのか

Q:このような考え方は、会計基準に明記されているのでしょうか。

A(会計士):企業結合会計基準第3項では「企業結合に該当する取引には、・・・本会計基準を適用する。」とされています。したがって、企業結合に該当しない取引は、企業結合会計基準の対象外であり、別途、一般的な会計基準等に従い会計処理することになるのだと思います。取引の経済的実質をどのようにみるのかに尽きるのかもしれませんね。

Q:この点について、IFRSでは何か規定があるのでしょうか。

A(会計士):IFRS第3号では、「何が企業結合取引の一部であるかの判定」という項があり、そこでは 取得企業は、被取得企業に関する移転された対価および被取得企業に関する交換で取得した資産と引き受けた負債のみを認識しなければならないとされています(IFRS3.51)。すなわち、企業結合で交換したものの一部ではない金額があれば、それを識別して、関連する他のIFRSに従って会計処理しなければならないことが明記されています。また、企業結合の取引に含めるべきか、別個の取引とすべきであるかの区分に関する指針が示されています。IFRSでは、企業結合前に、主として被取得企業(または旧所有者)の便益のためではなく、取得企業の便益のために実行された取引は、企業結合とは別個の取引である可能性が高いとしています。

日本の企業結合会計基準では、これらの点について具体的な定めはありませんが、先ほど申し上げたように「企業結合に該当する取引」を対象としていますので、その判断に当たっては、IFRSの規定は強制されるものではありませんが、参考にすることは可能と考えます。

Q:本日はありがとうございました。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2021.2.16)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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