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M&A会計 企業結合の実務 第26回

取得企業の決定と連結範囲

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、組織再編に関連して、日本基準と国際会計基準(IFRS)の「支配」の考え方を取り上げます。

1. 取得企業の決定方法

-日本基準もIFRSも枠組みは同じ

Q:本日は、組織再編に関連して、日本基準と国際会計基準(IFRS)の「支配」の考え方を取り上げてみたいと思います。まず、第三者間で合併や株式交換などの企業結合が行われると、結合当事企業のうち1社を取得企業(買収者)とし、それ以外の企業(被取得企業)から受け入れた資産・負債に対してパーチェス法(取得法)を適用することになります。そしてその取得企業の決定方法は、2008年(平成20年)改正の企業結合会計基準からIFRSと同様になったと理解しています。

A(会計士):そうですね。取得企業の決定は、大まかにいえば、まず、連結会計基準(IFRS10号「連結財務諸表」)の支配の考え方を適用して取得企業を決定しますが、それでは取得企業が明確でない場合には、結合後企業に対する相対的議決権、最も大きな議決権を有する株主の存在、取締役会の構成、相対的規模などを総合的に勘案して判断することになりますね(IFRS3.6,7、B14~18)(企業結合会計基準18)。

Q:最初に連結会計基準(日本基準)やIFRS10号の考え方に従って、取得企業を決定するというのですが、そもそも、両基準の「支配」の考え方が違っていると聞いたことがあります。

A(会計士):確かに会計基準の作り方は違っていますね。ただ会計基準の違いがどの程度、実務に影響があるのか、というと必ずしも大きくはないかもしれません。ちなみに企業会計基準委員会(ASBJ)が2019年10月に公表した「中期運営方針」では「「連結範囲」については、・・途中省略・・日本基準とIFRSは、支配力基準に基づく点では同様であり、より一層の国際的な整合性を図る緊急性はさほど高くないと考えられる。今後、国際会計基準審議会(IASB)は IFRS第10号「連結財務諸表」等の適用後レビューを予定しており* 、その終了後に、我が国における会計基準の開発に着手するか否かを検討することとする。」とされています。

 

*IASB は、2020年12 月、情報要請「IFRS 第 10 号『連結財務諸表』、IFRS 第 11 号『共同支配の取決め』および IFRS 第 12 号『他の企業への関与の開示』の適用後 レビュー」を公表している(コメント期限:2021年5月10日)。

 

2. IFRS10号「連結財務諸表」

-「関連性のある活動」(利益にインパクトのある活動)は誰が決定しているのか

Q:支配力基準という点では同じ、ということですが、もう少し具体的にご説明していただけますか。

A(会計士):両基準の差異を説明するのは、簡単ではないのですが、ここではベンチャーキャピタルや特別目的会社(SPC)といった事業体ではなく、一般的な事業会社を前提とします。

IFRS10号では、投資者が、①投資先に対するパワー、②投資先への関与により生じる変動リターンに対するエクスポージャーまたは権利、③投資者のリターンの額に影響を及ぼすように投資先に対するパワーを用いる能力の3要素をすべて有している場合にのみ、投資先を「支配」している、とされています(IFRS10.7)。 

そして、特に「①投資先に対するパワー」の検討に当たっては、「関連性のある活動」を識別し、それを指図する権利は誰がどのように決定しているのかを十分に検討することを求めています。

Q:「関連性のある活動」とは何ですか。

A(会計士):「関連性のある活動」とは、投資先のリターンに重要な影響を及ぼす活動をいい、要は投資先の利益等に最もインパクトのある活動といって良いでしょう。もちろんビジネスにより異なりますが、財・サービスの販売・購入、新製品または工程の研究・開発、資金調達などがあり(IFRS10.B11)、その関連性のある活動の意思決定には、投資先の運営上の主要な意思決定(予算を含む)や投資先の経営幹部等の選任と報酬決定などがあります(IFRS10.B12)。投資先の「関連性のある活動」がどのように決められているのかを見極める必要があるわけです。

 

3. 日本の連結会計基準

-「意思決定機関」の支配

Q:日本基準では、企業の財務および営業または事業の方針を決定する機関(意思決定機関)を「支配」しているかどうかの判断がポイントであり、「関連性のある活動」とは何かを特定する必要はないですよね。

A(会計士):もともと日本基準には「関連性のある活動」という用語はありません。ただ営利を目的とする事業体では、まさに投資先の「関連性のある活動」を左右する力を得るために意思決定機関を支配している、ともいえますね。ですので、一般の企業であれば、株主総会の議決権の過半数を保有すれば、取締役会を支配し、「関連性のある活動」も決定できることになります。今回は、SPCなどを検討対象外としていますが、IFRS10号は、様々な事業体に一貫した考え方を適用することを想定しているので、「議決権」だけで、様々な事項を定めることはできなかった、とも考えられます。

 

4. 日本基準における「緊密な者」等の取り扱い

-IFRSでも「事実上の支配」を考慮

Q:日本基準では、株主総会の「議決権の過半数」を基本としつつも、「同意している者」や「緊密な者」を定義し、それらが保有する議決権も考慮することになります。最終的な判断では議決権比率が40%以上とか過半数という定量的なルールもありますが、支配の判定にあたっては、実質をとても重視しています。この点、IFRSではどのようになっているのでしょうか。

A(会計士):実はIFRS10号でも、投資先の議決権の過半数を有する投資者は、一定の場合を除いて、パワーを有するとしています(IFRS10.B35)。したがって、一般的な企業であれば、議決権の過半数=支配になるのだと思います。そしてIFRS10号では、さらに投資先の議決権の過半数を保有していなくても、パワーを有する可能性があるとして、「他の議決権保有者との契約上の取決め」(おおむね日本基準の「同意している者」に相当)や事実上の代理人(おおむね日本基準の「緊密な者」に相当)、そして潜在的議決権なども考慮することを求めています(IFRS10.B38)。「事実上の支配」がなされているかどうかの検討ですね。

Q:なるほど。そうすると、日本基準の考え方とも近いのですね。ただ日本では、先ほど述べた通り、議決権の過半数など、ある意味、量的基準が示されていたり、潜在的議決権を考慮する旨の規定はありません。

A(会計士):そうですね。確かに日本基準では、他の会社を支配するには、少なくとも、自己、同意している者および緊密な者の合計で、40%以上または過半数という一定数の議決権を所有する必要があるわけですが、この議決権は、「株主総会において行使し得るものと認められている総株主の議決権の数」(連結範囲適用指針5項)とされ、潜在株式を含まない量的基準が示されています。他方で、一定の議決権の保有+αの要件において、そのαでは潜在的議決権を考慮してはならない、とされているわけではありません。特に「その他他の企業の意思決定機関を支配していることが推測される事実が存在すること」という、いわばバスケット条項の存在にも留意する必要があります。さらに「緊密な者」は、連結範囲適用指針において、一般的に該当する7つの例示が記載されていますが、「上記以外の者であっても、出資、人事、資金、技術、取引等における両者の関係状況からみて、自己の意思と同一の内容の議決権を行使すると認められる者は、「緊密な者」に該当することに留意する必要がある。」(連結範囲適用指針9)とされ、定量的なルールはなく、実質判定です。このように考えると、会計基準の枠組みの違いは相対的なものともいえそうです。したがって、「支配」の有無を判定した結果、連結範囲に差異が生じたとすれば、会計基準の差異に起因する場合もあるでしょうが、運用面に依存する場合もあるのかもしれませんね。

Q:なるほど。ASBJから公表された「中期運営方針」に記載された内容の意味が分かりました。

本日はありがとうございました。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2021.4.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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