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M&A会計 企業結合の実務 第27回
共通支配下の株式交換
企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、共通支配下の取引のうち、株式交換の会計処理を取り上げます。
目次
- 1. 適用指針に示されていないパターン
- 2. 株式交換の適正な帳簿価額
- 3. 株式交換完全子会社の株主資本の額
- 4. 効力発生日が完全子会社の決算日以外の日の場合
- 5. 無対価株式交換の増加資本の取扱い
1. 適用指針に示されていないパターン
-経済的実態を重視する
Q:本日は共通支配下の取引のうち、株式交換の会計処理を取り上げたいと思います。会計基準上、親会社が非支配株主から株式を取得する株式交換は、非支配株主との取引として処理することは明らかですから、ここでは完全支配関係にある共通支配下の株式交換、具体的には、以下のように、親会社→子会社→孫会社という垂直系の関係を親会社のもとで兄弟会社という水平系の関係にする場合と、逆に水平系の関係を垂直系の関係にする場合の会計処理を取り上げたいと思います。
「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(以下「適用指針」)では、共通支配下の株式交換について、親会社が子会社を株式交換完全子会社とする場合の会計処理は236項以下で定められていますが、上記のように、それ以外のパターンについては明示的には示されていません。
A(会計士):適用指針では、企業結合会計基準の定めに従い、共通支配下の取引は「適正な帳簿価額」を基礎として会計処理することを前提に「組織再編の形式が異なっていても、組織再編後の経済的実態が同じであれば、連結財務諸表上(合併の場合には個別財務諸表上)も同じ結果が得られるように会計処理を検討」し、「本適用指針では、企業結合会計基準により会計処理が定められている株式交換等の会計処理を共通支配下の取引等の会計処理の基本とし、この他の代表的な組織再編と考えられる取引について、それと整合的な会計処理を検討」したとされています(適用指針437項)。したがって、親会社が子会社を株式交換完全子会社とする場合の会計処理はもちろん、形式が類似する株式移転の会計処理の考え方も参考にしながら、会計処理を考えることになると思います。
2. 株式交換の適正な帳簿価額
-株式交換完全子会社の適正な帳簿価額による株主資本の額を指す
Q:共通支配下の株式交換の会計処理を理解するうえでのポイントは何でしょうか。
A(会計士):共通支配下の取引ですから「適正な帳簿価額」を基礎として処理しますが、その簿価とは株式交換完全子会社の「適正な帳簿価額による株主資本の額」となる点でしょう。例えば、上図の水平系→垂直系への株式交換では、S1社(株式交換完全親会社)は株式交換の効力発生日直前のS2社(株式交換完全子会社)の個別財務諸表の株主資本の額をS2社株式の帳簿価額とするわけです。
Q:水平系→垂直系の関係にするだけなら、P社が保有するS2社株式をS1社に現物出資しても同じですよね。この場合の会計処理はどうなりますか。
A(会計士):現物出資の場合には、資産の移転元で付された適正な帳簿価額、すなわち、P社で付されていたS2社株式の簿価でS1社はS2社株式を受け入れることになります。
Q:そうすると、S1社とS2社との間で実施される株式交換の場合と、P社からS1社への現物出資の場合とでは、S1社がS2社株式に付すべき帳簿価額が異なるのでしょうか。
A(会計士):そのようになります。株式交換は株式交換完全親会社(S1社)と株式交換完全子会社(S2社)との間で締結される株式交換契約が基本となり、当該契約がそれぞれの株主総会で承認された場合には、組織再編行為として一括して処理されます(包括的に承継される組織法上の行為)。このため、株式交換完全親会社(S1社)は(S2社の株主が保有するS2社株式の帳簿価額を基礎とするのではなく)株式交換完全子会社(S2社)の適正な帳簿価額による株主資本の額を基礎として処理することになります。逆に、現物出資は、あくまでP社とS1社との間で行われた取引ですから、対象資産(S2社株式)の移転元であるP社で付された適正な帳簿価額により会計処理することになります。
なお、会社計算規則でも、会計基準と同様、株式交換完全親会社と株式交換完全子会社が共通支配下関係にあり、株式交換の対価の全部又は一部が株式交換完全親会社の株式である場合の株主資本等変動額は、株式交換完全子会社の財産の株式交換の直前の帳簿価額を基礎として算定する方法に従い定まる額とされています(39条1項2号)。なお、資本の内訳は株式交換契約により資本金または資本剰余金、もしくはその組み合わせになり、利益剰余金の額は変動しません。
3. 株式交換完全子会社の株主資本の額
-個別上の適正な帳簿価額により算定
Q:親会社が子会社を吸収合併する場合には、連結財務諸表上の帳簿価額を基礎として会計処理することとされています。株式交換の場合にも、(株式交換完全子会社の個別上の帳簿価額ではなく)連結財務諸表上の帳簿価額を基礎とした株主資本の額という考え方はないのでしょうか。
A(会計士):適用指針では、親会社が非支配株主及び中間子会社(株式交換完全子会社以外の子会社)が存在する子会社を株式交換により完全子会社とする場合の会計処理が定められていますが、そこでは「親会社が中間子会社から追加取得する株式交換完全子会社株式の取得原価は、株式交換完全子会社の株式交換日の前日の適正な帳簿価額による株主資本の額に、株式交換日の前日の持分比率を乗じた中間子会社持分相当額により算定する」(適用指針236-4項)とされています。これを踏まえると、連結財務諸表上の帳簿価額を基礎とした株主資本の額ではなく、個別財務諸表上の適正な帳簿価額による株主資本の額によることになります。事業を直接受け入れる合併や会社分割とは異なるためだと思います。
4. 効力発生日が完全子会社の決算日以外の日の場合
-簡便的な取扱いの適用も可能
Q:先程、水平系→垂直系の株式交換の場合、S1社(株式交換完全親会社)は株式交換の効力発生日直前のS2社(株式交換完全子会社)の財務諸表の株主資本の額を基礎として会計処理するとのことでした。上場子会社を株式交換により完全子会社とする場合には、非支配株主との取引として株式交換効力発生日直前の株価を算定することは容易ですが、株式交換効力発生日(例えば4/15)が、株式交換完全子会社の決算日(例えば3/31)と異なる場合には、効力発生日の帳簿価額を算定することは大変だと思うのですが、どうしたらよいのでしょうか。
A(会計士):連結財務諸表上は、株式交換日が子会社の決算日以外の日である場合には、当該株式交換日の前後いずれかの決算日(みなし取得日)に株式交換が行われたものとみなして処理することができますが(連結会計基準(注5)、適用指針238項)、単体上の子会社株式の取得原価は、親会社と子会社が共同で株式移転を行った場合の簡便的な取り扱い(適用指針239項(1)①イ、404-3項)※に準じて処理することも容認されると考えます。
※ 株式移転完全子会社(旧親会社)の株式移転の効力発生日直前における適正な帳簿価額による株主資本の額と、直前の決算日において算定された当該金額との間に重要な差異がないと認められる場合には、株式移転設立完全親会社が取得する子会社株式(旧親会社の株式)の取得原価は、当該子会社(旧親会社)の直前の決算日に算定された適正な帳簿価額による株主資本の額により算定することができる。重要な差異がないと認められる場合とは、株式移転完全子会社(旧親会社)の直前の決算日後に、多額の増資、自己株式の取得等の資本取引や、重要な減損損失の認識がないなど、株式移転日の前日までの間に適正な帳簿価額による株主資本の額に重要な変動が生じていないと認められる場合をいう。
5. 無対価株式交換の増加資本の取り扱い
-会社法で定められておらず株式を交付すべき
Q:完全支配関係にあれば、水平系→垂直系への株式交換は、S1社はS2社の株主であるP社に対価を交付しないことも、会社法768条1項2号により許容されているように思いますが、この場合、S1社の増加資本の内訳項目はどのようになるのでしょうか。
A(会計士):会社計算規則では、無対価株式交換が行われた場合の増加資本の取り扱いは定められていません。この論点は、2015年7月に開催された財務会計基準機構・基準諮問会議において取り上げられたものの、2017年7月開催の基準諮問会議において、そのような事例は比較的多くはないと想定され、仮にテーマアップされても会社計算規則との整理が必要となり、結論を得ることは容易ではないとして、ASBJ(企業会計基準委員会)の新規テーマとして採り上げるには至らないとされています。したがって、無対価株式交換が行われた場合には、増加資本の取り扱いについては法律の専門家と慎重な協議が必要になると思いますが、そうであれば、株式を1株でも交付すれば良いのではないかと思います。
Q:本日はどうもありがとうございました。
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎
(2021.5.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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