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M&A会計 企業結合の実務 第28回

PPA(取得原価の配分)

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、取得の会計処理のうち、PPA(パーチェス・プライス・アロケーション、取得原価の配分)について解説します。

Q:本日は取得の会計処理のうち、PPA(パーチェス・プライス・アロケーション、取得原価の配分)について伺いたいと思います。

 

1. 企業結合前に被取得企業の財務諸表にのれんが計上されていた場合

-当該のれん相当額は取得企業の無形資産またはのれんに包含される

Q:「取得」の会計処理では、被取得企業から受け入れた識別可能な資産・負債に対して、取得企業は企業結合日の時価を付すことになりますね。ここで疑問があるのですが、買収前に被取得企業はある事業を譲り受けており、そのときに1億円ののれん(償却期間:10年)が発生し、企業結合日直前の未償却残高が70百万円(残存償却年数は7年)あるとします。こののれんはどのように受け入れればよいのでしょうか。

A(会計士):取得企業が被取得企業から受け入れた識別可能な資産・負債に時価を付すということは、取得企業の帳簿価額と被取得企業の帳簿価額との関係は切断されていることを意味し、基本的には、取得企業は被取得企業の帳簿価額を見なくても取得の会計処理ができるはずです。買収前の被取得企業の財務諸表にのれんが計上されているとのことですが、被取得企業の会計帳簿(試算表)を見なければ、被取得企業の財務諸表にのれんが計上されていること自体が分からないわけですから、そのようなのれんを考慮する余地はなく、のれんの償却期間を継続するかどうか、といった論点も存在しません。もし、当該のれん価値が取得企業の目線で識別可能な資産(分離して譲渡可能な無形資産など)に該当すれば、取得企業は無形資産として受け入れることになりますし、該当しなければ、取得企業が行う取得原価の配分の結果として差額で算定されるのれんに包含された形で受け入れることになります。なお、被取得企業の帳簿価額の存在が前提となるその他有価証券評価差額金や退職給付債務に係る数理計算上の差異などの未認識項目についても取得企業では承継できないことになります。

 

2. 識別可能資産・資産の時価評価

-一定の要件を満たすものは被取得企業の適正な帳簿価額での受入れが可能

Q:取得企業は、実際に被取得企業の帳簿価額を見ないで、すべての資産・負債を時価評価するのでしょうか。

A(会計士):帳簿価額を見なくても取得の会計処理ができるというのは、概念的に、という意味です。M&Aを実行する前に被取得企業の財務データを入手して帳簿価額を検討する、いわゆる財務デューデリジェンスは実務上不可欠な手続きといえます。また被取得企業のビジネスは継続されますので、その会計システムの活用は通常、不可欠です。そして実際に多くの資産・負債は、被取得企業で付された適正な帳簿価額で受け入れられていると思います。適用指針54項では、取得原価の配分額の算定における簡便的な取り扱いが定められており、被取得企業が、企業結合日の前日において、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って資産および負債の適正な帳簿価額を算定しており、かつ、その帳簿価額と企業結合日の時価との差異が重要でないと見込まれる場合には、被取得企業の帳簿価額をそのまま利用できるとされています。

Q:例えば、売上債権であれば、金融商品会計基準に従い、回収可能性を適切に評価した帳簿価額であれば、それを時価とみなすことができるというわけですね。

A(会計士):そうですね。ただ、逆にいえば、「帳簿価額と企業結合日の時価との差異が重要でないと見込まれる場合」以外の場合には、時価評価しなければならない、ということになります。

Q:時価評価する場合についても伺いたいのですが、それは次回のテーマとしたいと思います。

 

3. 取得企業と被取得企業との会計方針の統一

-収益認識会計基準の適用にも留意

Q:企業結合が行われた場合の論点の1つとして、取得企業と被取得企業の会計方針の統一の問題があります。まず、会計方針の統一に関するルールをご説明いただけますか。

A(会計士):原則的な考え方としては、取得企業は、時価で評価された被取得企業の資産・負債を受け入れたうえで、取得企業の会計方針は、連結会計基準17項及び監査・保証実務委員会実務指針第56号「親子会社間の会計処理の統一に関する当面の監査上の取扱い」に企業結合日から準じることになります。すなわち、同一環境下で行われた同一の性質の取引等には、取得企業および被取得企業が採用する会計処理の原則および手続は、原則として統一します。会計方針は、通常、取得企業の方針に統一することになると思いますが、被取得企業で採用されていた会計処理の原則および手続が、結合後企業の財政状態および経営成績をより適切に表示すると判断される場合には、取得企業が被取得企業の会計方針に統一することもありえます。

Q:先程のように、取得企業は被取得企業の適正な帳簿価額により資産・負債を受け入れることが認められています。ただ取得企業と被取得企業との間で会計方針が異なる場合には、被取得企業では「適正な帳簿価額」であっても、取得企業の「適正な帳簿価額」にはならない場合もあるように思います。

A(会計士):「適正な帳簿価額」はあくまで時価の代替値として許容されているものですので、被取得企業から受け入れた資産・負債に関し、企業結合日後に取得企業において会計方針の変更が行われることは想定されていないと考えられます。このため、ここでいう「適正な帳簿価額」とは、原則として、被取得企業が取得企業の会計方針に統一するために一定の修正を行った後の帳簿価額を指すものと考えられます。

Q:上場企業では、2021年4月以後開始年度から収益認識会計基準が適用されていますが、取得の会計処理とも関係があるのでしょうか。

A(会計士):上場企業が非公開企業を買収するケースが多いわけですが、通常、非公開企業はこれまで通り、企業会計原則に基づく実現主義の原則により収益を認識していると思います。しかし、当該企業を買収した場合には、取得企業は当該事業に対して収益認識会計基準を企業結合日から適用する必要があります。例えば、非公開企業では完成基準により収益を認識していても、収益認識会計基準を適用すると、進行基準を適用すべき、というケースもあるでしょう。そうなると、未成工事支出金(仕掛品)の計上は認められなくなるなど、資産・負債の識別などにも影響がある場合もあると思います。したがって、できるだけ早いタイミングで被取得企業の事業に収益認識会計基準を適用した場合の影響などを調査しておく必要があると思います。

Q:本日はありがとうございました。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2021.6.15)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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