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M&A会計 企業結合の実務 第29回

PPA-取得原価の配分の考え方(IFRSとの比較を含む)

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、前回に続いて企業結合の会計処理のうち、「PPA-取得原価の配分」について解説します。

Q: 本日は、前回に続いて、企業結合の会計処理のうち、「PPA-取得原価の配分」について伺いたいと思います。

 

1. 識別可能資産・負債

-一般に公正妥当と認められる企業会計の基準で認識されるもの

Q:企業結合会計基準では、「被取得企業の企業結合日前の貸借対照表において計上されていたかどうかにかかわらず、企業が対価を支払って取得した場合、原則として、我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準の下で認識されるものは、識別可能なものとなる。」と定めています(企業結合会計基準99)。

A(会計士):「被取得企業の企業結合日前の貸借対照表において計上されていたかどうかにかかわらず」という部分は、無形資産など取得企業が認識する資産・負債と被取得企業で認識されていた資産・負債の範囲が異なることを意味しています。そして「原則として、我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準の下で認識されるもの」という部分は、取得企業で認識される資産・負債は、企業結合の局面以外の通常の取引でも認識される資産・負債に限定されることを意味しています。

Q:「原則として」ということは、例外もあるということでしょうか。

A(会計士):実は企業結合の局面だけに計上される負債として「企業結合に係る特定勘定」があります。企業結合会計基準では「取得後に発生することが予測される特定の事象に対応した費用又は損失であって、その発生の可能性が取得の対価の算定に反映されている場合には、負債として認識する。」(第30項)とされています。もっとも実務上、この負債の計上要件を満たすことは稀なので、この負債が認識されるケースはあまりないと思います。

 

2. 分離して譲渡可能な無形資産を識別

-企業結合の目的や監査対応にも留意

Q:先程、無形資産について触れられましたが、企業結合会計基準では、「法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、識別可能なものとして取り扱う」(第29項)と定めています。この無形資産の中には企業結合の局面に限り認識されるものもあるのではないでしょうか。

A(会計士):確かに研究開発の途中段階の成果については、通常の取引による取得であれば、研究開発費等会計基準に従い、支出時に費用処理されることになりますが、それ以外の無形資産は、企業結合の局面以外(個別の取引で取得した場合)でも無形資産に計上されることになります。ただ、企業結合の場合には、他の諸資産と一体として取得され、さらにのれんが認識されるなど、個別の取引で認識される場合より無形資産の識別はとても難しく、日本では無形資産に関する包括的な会計基準も存在しないので、無形資産の識別要件を定めているわけです。

Q:「法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合」といっても、企業や事業を取得すると、識別要件を満たす様々な無形資産が含まれる可能性があり、どこまでコストをかけて識別するのかは難しいですね。

A(会計士):企業結合会計基準では「例えば、当該無形資産を受け入れることが企業結合の目的の1つとされていた場合など、その無形資産が企業結合における対価計算の基礎に含められていたような場合には、当該無形資産を計上することとなる。」(100項)とされ、その適用指針でも「特定の無形資産に着目して企業結合が行われた場合など、企業結合の目的の1つが特定の無形資産の受入れであり、その無形資産の金額が重要になると見込まれる場合には、当該無形資産は分離して譲渡可能なものとして取り扱う。」(59-2項)とされ、企業結合の目的の1つが特定の無形資産の受入れであるような場合には、当該無形資産は分離して譲渡可能なものとして取り扱い、取得原価を配分することになります。本日の冒頭のコメントにある「企業が対価を支払って取得した場合」とも関係しますが、企業買収するときはその目的があるはずで、顧客関係資産、技術関係資産(特許権など)、市場関連資産(商標権など)など無形資産の取得が目的の1つとされているのであれば、量的にも質的にも重要性があると想定されますので、そのような場合には無形資産の識別は任意ではなく、識別しなければならないということになります。買収に関するプレスリリースや、有価証券報告書等に注記される企業結合の目的と整合的な無形資産が識別されることが考えられます。

Q:無形資産を識別したり、それを評価したりするのは容易ではありませんよね。

A(会計士):ですので、通常、財務諸表の作成責任のある企業側では無形資産などの評価専門家を利用し、また監査責任のある監査人も別途、評価専門家を利用して、無形資産の識別と評価について検証することになります。また、2021年3月期以降の金商法監査から監査報告書には監査意見のほかに、「監査上の主要な検討事項」(Key Audit Matters:KAM)の記載が義務付けられましたが、企業結合の会計処理や関連して無形資産の識別やその評価は、KAMに該当することが多く、これに対する監査手続が記載されることが多いようです。

 

3. IFRSにおける識別可能資産・負債

-日本基準と概念的には差異はない(概念フレームワークの定義を満たすもの)

Q:日本基準で「取得原価の配分」として定められている事項について、国際会計基準では、どのように定められているのでしょうか。

A(会計士):国際会計基準(IFRS)では企業結合の会計処理はIFRS3号「企業結合」で定められており、「識別可能な資産及び負債が、取得日時点で、「財務諸表の作成及び表示に関するフレームワーク」における資産と負債の定義を満たす場合に、のれんとは区別して認識する。」とされています(IFRS3.10、11)。会計基準の枠組みとしては、日本基準と同じといってよいと思います。ただIFRS3号では、偶発債務など企業結合の局面だけに特別な会計処理を求めていたり、補償資産など日本基準では定めのない事項に関する会計処理を定めています。

 

4. IFRSにおける無形資産の識別

-日本基準より詳細なガイダンスがある

Q:企業結合で取得した無形資産については、違いがあるのでしょうか。

A(会計士):IFRSでは、包括的な無形資産に関する会計基準(IAS第38号「無形資産」)があり、「識別可能」とは、分離可能であること(分離可能性規準)、契約またはその他の法的な権利に起因するものであること(契約法律規準)のいずれかを満たす場合とされており(IAS38.12、IFRS3.B31、33)、日本基準と識別要件は基本的に同じです。ただし、IFRSでは、識別可能な無形資産は常に信頼性をもって測定できるとされ、識別可能資産に関するより詳細なガイダンスや多くの設例が示されているなど、日本基準よりも、無形資産の識別要件は、厳密に定められているといえます。IFRSでは、のれんは非償却、無形資産は原則として償却となることも影響しているのかもしれません。ただし、前述のように、日本基準でも企業結合の目的に含まれるような重要な無形資産は、IFRSと同様、識別しなければなりませんし、またこのような場合には評価専門家の関与が想定されますので、日本基準の定めに従っている限りにおいては、実務上の差異は限定的となることも多いと思います。

Q:本日はありがとうございました。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2021.7.9)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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