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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第6回
コマーシャルDDのプロジェクト推進上における留意点とは ~実施フェーズ編~
第5回では準備フェーズにおける留意点を説明しましたが、今回は実施フェーズにおいて気を付けるポイントについて解説します。
I.はじめに
前回はキックオフミーティングまでの準備フェーズについて解説を行ったが、今回は実際にM&Aの対象会社にQ&A/資料依頼/インタビュー実施等の資料依頼を行って、コマーシャルデューデリジェンス(以下、コマーシャルDD)の報告書を作成するまでの主な留意点を解説をする。
⑥ Q&A/資料依頼/インタビューの実施
コマーシャルDDでは、既存資料のデスクトップ調査だけではなく、対象会社にQ&A、資料依頼、インタビューの依頼を行う。その際に対象会社はコマーシャルDDだけでなく、財務、税務、法務、IT、人事、(場合によっては環境、オペレーションも含む)等の数々の依頼に対して対応をする必要があるため、売り手側の担当者の負荷を減らす配慮も必要である。必要な情報は可能な限り依頼するのが望ましいが、一方で当然のことにも思えるが、優先順位の高い順に対応を依頼するようにしたい。
買い手側側としては、M&Aに対するリスクを逓減するために出来る限り分析を行った方が良いというのは至極当然ではあるが、対象会社の担当者に過度な負担を掛けることで逆効果になることもあり得るため、過剰な負担は避けた方が良いだろう。Q&A(メールベースでの質問および回答)も同様の取り扱いである。質問数が多すぎると、回答できる数には限りがあり、一日に質問できる数が制限されることもあり、買い手側も各プロジェクトチームが同じような質問をしていないか確認することも全体の負荷を減らすために重要となる。
そのため、Q&A/資料依頼/インタビューの実施では、M&Aを実施する目的からコマーシャルDDで検討すべき事項を明確化し、それをQ&A/資料依頼/インタビューで明らかにしていくという形で対応して、網羅性を重視せず、効率的に作業を進める必要がある。
⑦ 情報収集/保管
~まとめサイトの三次情報は使用しない~
情報収集過程で注意すべきポイントとして、三次情報の利用は避けるべきである。通常、有識者や対象会社のマネジメントに対してのインタビューの情報は一次情報として定義付けられる。二次情報とはWebサイト情報、調査レポート、新聞、雑誌記事等が該当する。三次情報とは二次情報のポイントだけをまとめた記事やコラムであり、結果が得られた過程が省略されていることが多く、前提条件が抜けた状態での結果だけが一人歩きしており、ミスリーディングに繋がるリスクがあるため、情報ソースとしては不適切である。そのため、三次情報で見つけた情報は二次情報まで遡り、内容を理解したうえで使用するようにする。
~入手した情報は権限者のみがアクセスできるようにしておく~
また、対象会社の機密情報は権限者のみがアクセスできる形で保管しておくのは当然のことながら、公表情報についてもプロジェクト成果物の参考情報として保管しておくことを強く推奨する。後々、情報を再度探そうとして探せなくなるケースやウェブサイトが削除されてしまうこともあり、参照したウェブサイトなどはURLやページ自体をPDFにして保存しておく方が良い。
⑧ 分析作業
情報が得られた後は、実際にコマーシャルDDの分析作業に入るが、網羅的に分析するのは避けるようにする。買収後にも追加調査は可能であり、M&Aプロセスのタイトな時間軸の中で本当に実施する必要がある分析項目に限定した方が有益な分析結果が得られると考えられる。そのためにはM&Aの目的をきちんと定義し、その目的を達成するために必要な検討項目についてコマーシャルDDの中で分析をするように心掛ける。
~コマーシャルDDの限界を予め認識~
プロジェクトを当初設定したタスクに基づいて進めていくと、どうしても情報が手に入らず、検証が難しい局面に遭遇する。例えば、競合や顧客の動向に関して大まかなものは調査過程で判明はするものの、機密情報に該当するようなデータは、入手が不可になる。これは不当競争防止法の観点から営業機密の侵害を行ってはならないからである。その場合には入手可能な情報に基づいて分析を行いつつ、最後はビジネスジャッジメントが必要になる場合があることは事前に認識しておく必要がある。また、分析結果は将来を予測している訳ではない。現状分かっている材料をもとに合理的に考えられるシナリオを洗い出しており、前提条件が変わるような事象が起こると当然のことながらシナリオも変化しうるというコマーシャルDDの限界については予め理解をしておきたい。
~フレームワークに頼りすぎて意味のない分析になっていないか?~
フレームワークに当てはめるあまり目的から検討課題を洗い出して分析を行っていない場合には、一見網羅性はあるようにも見えるが、論点がずれた分析となっていることがある。そのため、フレームワークを使用する際には意味のある分析が出来ているか常に考えながら分析を進める。
ここでは、フレームワークを完全否定している訳ではなく、分析した結果をフレームワークで整理することは有効であるため、必要な場面では活用した方が良い。
コマーシャルDDではでは、PEST分析、SWOT分析、5 Forces分析を使用するケースが多い。PEST分析はマクロ環境を分析するフレームワークとして活用される。政治的要因(Politics)、経済的要因(Economics)、社会的要因(Society)、技術的要因(Technology)の視点からマクロ環境を分析するものである。
SWOT分析は強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)を分析するもので強みと弱みは内部環境、機会と脅威は外部環境になり、内部と外部の両面に焦点を当てている。
5 Forces分析は既存プレイヤーとの競合環境、新規参入の脅威、代替品の可能性、売り手(サプライヤー)、買い手(顧客)から業界構造の中での事業環境を分析するフレームワークである。
なお、フレームワークの使用は必須ではない場合がある。例えば、政治的要因、技術的要因の影響を受けにくい業種であれば、無理をしてPEST分析を行う必要はない。
⑨ 他チームとの連携
コマーシャルDDでは限定的な範囲ではあるものの、競合企業との比較分析や顧客属性の分析のために対象会社の分析が必要となるが、非常にタイトなプロジェクト期間およびリソースの中対応を行うためには他のプロジェクトチーム(主にオペレーショナルDD、財務DD、バリュエーション)との情報連携が重要となる。
逆に情報提供依頼を受けるケースもある。これは重複して対象会社への質問を避けることに繋がるため、対象会社の負担を減らすことができ、全体最適の観点で連携は積極的に行った方が良いだろう。
⑩ コマーシャルDD報告書の作成
報告書は目的に応じて様々な形式をとる。例えば、論文は研究目的、先行研究、アプローチ手法、分析結果の考察という流れになり、新聞は大量の情報を簡潔に伝えるために短い見出しがあり、その説明を簡潔に記載するという形式をとる。また、財務諸表は会社の業績数値を報告するという目的のため、フォーマットが固定されている。
それではコマーシャルDDの報告書はどのような形式を採用するのか。買収側のマネジメントもコマーシャルDDの報告書を読むことを想定し、背景と目的、検討論点および作業設計、エグゼクティブサマリーを最初に作る。買収を行う際にはコマーシャルDDだけではなく、その他様々なことをカバーする必要があり、意思決定者がレポートの隅々まで目を通さずともレポートの要点が分かるエグゼクティブサマリーを最初に配置する。その後、エグゼクティブサマリーの各論点に関して分析した過程を記述する。
~コマーシャルDD報告書は構造化して、モレなく、ダブりなく作成する~
報告書が完成したら、構造化されて、MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)になっているか確認する。MECE(読み方:ミーシー)とは、「モレなくダブりなく」という意味であり、MECEではない場合には報告書の内容が構造化された章立てになっていない可能性がある。モレがないというのは構造化されているという観点で必要ではあるが、重要性が低い論点に関してはコマーシャルDDの中で掘り下げる必要はないということを補足したい。
~読み手に合わせて粒度を工夫する~
また、読み手が誰か考えることも必要である。業界知見の浅い方が対象になる場合には、略語を使用する際には一覧で略語説明ページを作成する。極端な例にはなるが、財務部門の方でBS、PLという略語を知らない方は居ないと思うが、それ以外の部門の方になると、説明が必要なケースが生じるだろう。また、部門だけでなく個々人の知識レベルにもばらつきがある場合には、知見のある方が退屈しないように、かつ、知識の少ない方がストレスを溜めず読めるという書き方をするように心掛ける必要がある。
~コマーシャルDD報告書の最終チェックのコツ~
最後に細かい点ではあるが、誤字脱字および「てにをは」のミスが無いか確認する。実際の報告書は大量の文字量になり、確認するのが大変になるため、初期的にはパワーポイントの機能の「スペルチェックと文章校正」を使用する。また、プロジェクトチーム内の別の担当者に最初から最後まで通しで確認してもらうことも重要である。各章で担当者が違う場合に、言葉の使い方や略語の使用有無が違う場合があるからだ。また、細かいテクニックにはなるが、電子ファイルでは気付けないミスも印刷をして紙ベースで確認すると気付けることもある。また、夜遅くに確認すると疲れもあり、集中力が低下してミスに気付けない場合もあるため、午前中の方が好ましい(夜型の方の場合には例外)。
II.チェックリスト ~コマーシャルDDを進めるうえで確認すべきポイント~
コマーシャルDDでは相当量の分析タスクが存在するため、重要な検討事項に漏れがないか確認する目的で以下にチェックリストを記載する。なお、M&A当事者や事業内容の特性によって分析すべき項目は異なるため、M&A案件別に調整が必要になるという点はご留意いただきたい。
【市場環境分析(第3回から再掲)】
- 市場規模(数量、価格)はどのようになっているのか?
- 過去および将来の成長率はどの程度と見込まれるか?(可能であれば数量、価格別で把握)
- 需要の構成要素、その構成要素の変動ドライバーは何か?
- マクロ経済指標や業界内で一般的に使用される指標との相関性はあるか?
- 製品サイクル、マーケットサイクルはどのようになっているか?
- 市場のサプライチェーンはどのようになっているか?
- 規制緩和や強化は見込まれるか?見込まれる場合の市場に対する影響はどのようなものが想定されるか?
- セグメント別の市場規模、成長性、トレンド、リスクはどうなっているか?
- 各セグメント間での相関性はあるか?
【競合環境分析】
- 対象企業および競合企業群のポジショニングは把握したか?
- 成功要因やその企業の財務諸表の特徴について把握をしたか?
- 対象会社の競合企業群と比較した場合の差別化要素について把握をしたか?その差別化要素は継続可能なものか分析を行ったか?
- 間接的に競合する企業群は存在しているか?
- 競合企業群と比較した場合に品質、価格、サービスはどのような評価になるか把握したか?対象会社が顧客に対して提供しているメリットは競合企業による模倣が容易なものなのか?
- 将来的に品質、価格、サービスは改善可能なものなのか?
- 対象会社が新しい製品やサービスにより、新しい需要や潜在的な需要を獲得できる可能性はあるのか?
- 新たな競合企業や代替製品が登場する可能性は検討したか?
- M&A等による業界構造の変化の可能性や競合環境の変更に関して可能性があるか検討を行ったか?もし、可能性がある場合には、どのような変化が想定されるかシナリオを検討したか?
- 競合企業のマネジメント陣と比べて、対象会社のマネジメントの能力はどのように定義されるか?
【顧客動向分析】
- 現状の顧客群はどのようになっており、今後ターゲットになりうる顧客群はどこになるのか?
- 成長性や収益性の高い顧客群はどこになるのか?また、M&A対象会社がその顧客群をターゲットにできるのか?
- 対象会社は既存顧客に対してどのようなメリットを提供しているのか?また、顧客との関係性はどのようになっているのか?
- 顧客セグメント別の主要購買決定要因は何になるのか?
- 消費スタイルはどのようになっているのか(契約期間が定められているのか?、リピート販売を行っているのか?、購入頻度はどのぐらいなのか?、等)
- アンメットニーズ(潜在的な顧客の予九・需要)は存在しているのか?
- 規制動向によって顧客の嗜好や消費スタイルが変化することは考えられるか?
III.総括
本稿ではコマーシャルDDのプロジェクト推進上での留意点について解説を行ったが、M&A当事者や事業の特性によって留意すべき事項に関しては変化する可能性があり、ケースバイケースで検討が必要になるケースもある。
次回はコマーシャルDDの重要性について解説する。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
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DD:デューデリジェンス(Due Diligence)
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜
※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中
コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃
主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。
(2019.11.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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