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Industry Eye 第57回 ヘルスケア

第三者の資金を活用した病院の建替え~開発型病院建替投資ストラクチャーの組成~

我が国の病院は、以前より厳しい事業環境にあり、多くの病院が赤字運営に陥っていました。足下、新型コロナウイルス(以下、COVID-19)の打撃を受けて、実態としての業況はさらに悪化しており、COVID-19関連の補助金や制度融資により、一時的に経営を維持できている状況にあります。そのような中、建物老朽化や耐震性の問題から、建替えを迫られている病院の経営者は難しい判断を迫られています。本稿では、病院建替えの一手法として注目されている第三者の資金を活用した病院建替え(開発型病院投資ストラクチャー)についてポイントをまとめています。

厳しさを増す病院経営環境

我が国の病院は、COVID-19前から中小病院の乱立という供給側の構造的な問題を抱え、医療資源の分散、同質競争による消耗戦により、多くの病院が赤字経営に陥っていた。さらに財政事情による医療費抑制政策や生産可能人口の急速な減少による働き手不足、医師の働き方改革への対応といった事業環境の変化は、さらに病院経営を難しいものにしていた。

出所:厚生労働省「病院経営管理指標」よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー作成

もともと厳しい経営環境にあった病院だが、COVID-19による受診控えによる患者数減少や感染者受入による病棟機能の制限等により、実態としての業況は悪化傾向にある。足下は、COVID-19関連の補助金、助成金や福祉医療機構(WAM)等政府系金融機関の制度融資に支えられ、どうにか経営を維持できている状況といえるが、それらは我が国の財政事情を考えると持続可能な支援措置ではない点に留意しなければならない。

そのような中、今後、医療需要がピークアウトし、かつ、中小病院の割合が高い都道府県においては、民間の中小病院を中心に淘汰・再編が進むものと予測される。当社業務提携先であるグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンによるDPCデータ解析結果に基づき、COVID-19の受療動向の変化を踏まえた医療需要予測と中小病院割合が特に高いエリアを示したので、ご参考いただきたい。

出所:厚生労働省「平成29年患者調査」、「令和元年医療施設概要」、国立社会保障・人口問題研究所、当社業務提携先であるグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンによるDPCデータ解析結果(COVID-19の受療動向の変化を医療需要予測に反映)からデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー作成

重い設備投資負担

先述の通り、厳しい病院経営環境の中、特に舵取りに悩まれているのは、建物の老朽化や耐震性の問題から、建替を迫られている病院である。

我が国では、病床規制が盛り込まれた第一次医療法改正(1985年成立)の駆け込み需要で、1980年前後に新病院建設が急増した。そこから40年程度経過し、民間中小病院を中心に建替えの必要な病院が多く存在している。

 

図表1:病院着工件数の推移

出所:国土交通省「建築着工統計調査」よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー作成

一方、病院建替えに伴う投資額は、以前に比べて大きく増加している。一つは、工事単価の上昇である。東日本大震災からの復興需要、東京オリンピックに向けた施設整備等を背景に上昇してきた工事単価は、都心部の大規模再開発やリニア新幹線等の大型プロジェクトによる需要に加え、現場の職人不足や働き方改革(週休二日制導入)による人件費負担の増加から当面高止まりする見通しである。また、療養環境の改善、リハビリテーションスペースの確保等、従前に比べて1床あたりの必要面積が増加していることも投資額を引き上げている。

我が国では、病院建替えのための資金調達のほとんどをWAMや市中金融機関からの借入に依存している。病院建替えに伴って多額の債務を抱えることは、財務の健全性を損なうリスクを生じさせることはもちろん、後継問題を抱える病院にとって、債務の大きさやその経営者保証が嫌厭され、円滑な承継の支障になりかねない。特に、COVID-19の影響もあり、中長期的な病院経営リスクが高まっている上、建替えに伴う投資額も増大している現在の環境下においては、建替えが必要であっても、意思決定が難しい状況となっている。

図表2:病院建物の平米当たり建築単価の推移

出所:国土交通省「建築着工統計調査」よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー作成

第三者の資金を活用した病院建替え

そのような中、課題解決のための一つの選択肢として注目されているのが、第三者の資金を活用した病院建替えである。個別案件によって形態はやや異なるものの、病院の事業用不動産(土地、建物)を第三者であるデベロッパー等の事業者が所有し、病院は事業者と長期安定的な賃貸借契約を締結することで運営を行うものになる。移転新築における土地の手当てや建物の建築は、病院と事業者が協議した上で、事業者が行う。

このような、所謂、開発型投資ストラクチャーの手法は、ホテル、商業施設、物流施設等の事業用資産で数多くの実績があり、近年、介護施設での適用も多い。また、海外では、米国を中心に病院不動産の所有と病院の運営を分離した経営形態が普及している。

 

(1) 病院にとってのメリット、デメリット

この手法を採用するにあたっての病院におけるメリット、デメリットは次の通りである。

病院にとっては、多額の債務と経営者保証の負担から免れ、賃貸借条件によるものの金融機関借入の元利弁済より支出を抑制できる点が最大のメリットになる。それ以外に、不動産開発の実績と経験豊富なデベロッパーと組むことで、鉄道駅や商業施設、公共施設等と複合開発を行い、駐車場や食堂、会議室、休憩室等スペースを共有化する取り組みも行われており、実現できれば、病院部分の投資額を抑制し、賃料負担額の軽減を図れるメリットがある。複合開発は、財務面だけでなく、人の流れを変え、集患力を高める効果を享受できるメリットも考えられる。

また、多くの病院においては、少数の営繕担当または総務等が兼務する形態にて建物管理を行っているケースが多く、能力含めた人的リソースに課題を有している。その点、この手法によれば、不動産所有者において、自らの賃貸物件である病院建物の価値の維持は大きな関心事であるため、計画的な修繕等により、自己所有に比べて長期にわたって建物を安全で快適に使用できる可能性がある。

デメリットとして取り上げている、将来的に他の事業者に売却され、不動産所有者(賃貸人)が変わってしまう点については、病院から特に心配する声がある。この病院側の懸念を解消するため、過去の事例では、病院側からの申し入れにより、賃貸借契約の中に、将来的に賃借人である病院による買取りオプションの特約や、他の事業者への売却の際に病院と事前に協議する規定を設けたものがある。

 

(2) 課題

信頼できる事業者の選定

この手法を採用するにあたって、病院不動産所有者となる事業者は、病院の非営利性を害さないようにストラクチャーを組成する必要がある。この点、国土交通省「病院不動産を対象とするリートに係るガイドライン」(2015年7月1日適用)が参考になる。

同ガイドラインにおいては、資産運用会社(不動産所有者)は、医療の非営利性及び地域医療構想を含む医療計画の遵守という病院の事業特性並びに病院開設者以外の者が経営に関与することはできないという「病院の事業特性等」を十分に理解しなければならないと定められている。賃借人となる病院側においても、経済条件だけでなく、病院の事業特性等を十分に理解し、経験豊富な事業者を信頼できる開発パートナーとして選定する必要がある。

 

賃料負担能力の維持

病院不動産は、その建物を使用する病院のために設計、建築された個別性の高い不動産であり、流動性、他用途への転用可能性も限定的である。そのため、事業者にとっては、他業種の事業用資産と比較して投資リスクが高く、対象病院の中長期的な賃料負担能力を厳しく見定める。  

病院がこの手法による建替えを進める場合、過去の実績だけでなく、地域での自院のポジショニングの再考とそれに合致する診療機能再構築の検討を踏まえた新病院のあり方、それに基づく緻密な事業計画の策定を行い、その実現について、強いコミットメントを示す必要がある。

診療機能の転換、再構築による多額の構造改革費用の発生やプロジェクト遂行上の組織力が必要となる場合、単独で対応できないケースもあり得る。過去の事例では、地域内の他病院と統合した上で、診療機能を強化し、建替えを実現した病院やファンド等外部協力者の支援を受け、短期間で構造改革を進め、収益性を引き上げた上で、開発型投資ストラクチャーによる建替えを実現した病院もある。

 

専門的かつ多岐にわたる論点

病院の建替え、特に第三者の資金を活用して建替えを行う場合においては、病院事業以外に、ファイナンス、不動産・建築、税務等、専門的かつ多岐にわたる論点を整理し、関係者との調整を図りながらプロジェクトを進めなければならない。各論点に精通した人材が病院内にいない場合、専門性の不足から病院の要望をプロジェクトにうまく反映できない、情報の非対称性から事業者に対して交渉力が弱い等の問題が生じる。

 

まとめ

開発型病院不動産投資ストラクチャーの手法は、病院建替えにおける一つの方法として、我が国においても徐々に広まりつつあり、病院や事業者からの相談も足下では増加している。ただ、同手法は、専門的かつ多岐にわたる論点を整理し、事業者と対等に交渉しながら、プロジェクトを進めていく必要がある。そのため、病院単独での対応には専門性やマンパワー面で限界があることから、経験豊富な外部アドバイザーの選任が成功のために不可欠と考える。

以上、病院建替えの一つの手法として、第三者の資金を活用した建替えについて説明した。本稿が病院建替えにかかる投資負担の重さに悩まれている病院経営者やそれら病院を支援する金融機関その他周辺産業の企業において、参考になれば幸甚である。

執筆

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケア担当
シニアヴァイスプレジデント 吉村 和也

(2021.08.16)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

 

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