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Industry Eye 第80回 商社セクター

商社における国内事業投資の動向

昨今の総合商社の業績は資源高などにより堅調であり、また、アメリカの著名投資家であるウォーレン・バフェットが率いる投資会社が総合商社株を買い増す方針を明らかにしていることから、商社は市場の注目を集めています。本稿では、引き続き活況な商社の国内投資を整理し紹介します。

I.はじめに

昨今の総合商社の業績は資源高などにより堅調であり、また、アメリカの著名投資家であるウォーレン・バフェットが率いる投資会社バークシャー・ハサウェイが総合商社株を買い増す方針を明らかにしていることから、市場の注目を集めている。また、日本国内に留まらず、投資したアセットに対する保有期間や売却方針などに関してプライベートエクイティファンドよりも柔軟性がある安定株主として、商社に対する関心は世界的に高まりつつある。一方で、現在も続くロシアによるウクライナ侵攻などの地政学リスクの高まり、脱炭素化のためのエネルギー転換対応など、商社を取り巻く事業環境は大きく変化している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を契機に見直された国内投資だが、為替影響もあり日本企業にとって海外投資は割高感が生じている中、引き続き注力エリアとなっている商社の国内投資の動向を本稿では整理し、紹介する。

II.国内投資の背景

地政学リスクの顕在化・高まり

2022年2月に始まったロシア軍によるウクライナへの侵攻は現在も続く。北朝鮮は繰り返しミサイルを発射し、また、台湾を取り巻く環境は緊張状態にある。GDP世界第1位のアメリカと第2位の中国においては、2018年の貿易摩擦から始まった経済対立とデカップリングが常態化している。海外事業を幅広く展開する商社にとって、地政学リスクの高まりは海外投資の難易度を上げ、新型コロナウイルス感染症の影響が落ち着きつつある今でも、国内への投資意欲が継続しているものと推察される。
 

脱炭素による石炭事業の縮小、撤退

2015年に採択されたパリ協定では、産業革命時代と比較して世界の気温上昇を1.5℃以下とすることを努力目標としている。気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2030年までの行動によってCO2排出量の削減を推進していく必要がある。日本においては、経済産業省が2021年に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を具体化し公表している。このような脱炭素化の流れの中で、商社は中長期的にCO2排出量を削減する目標を掲げているが、特にCO2排出量の大きい石炭火力発電事業にかかるビジネスは縮小または撤退することを余儀なくされている。グローバルにビジネスを行っている商社にとって脱炭素化に対応していくことは社会的使命であるが、石炭権益や石炭火力発電事業は商社の伝統的な収益源の一つであったことから、新たな収益源を探求していると考えられる。

III.国内投資の動向

商社による投資について、国内案件の割合は以下のグラフのとおり増加傾向にある。日本は地政学リスクが低く為替影響を受けづらいなど、相対的に割安かつ魅力的な投資対象である国内市場を注視していると考えられる。日本は経済成長率こそ低迷しているものの、政治、為替、法令などの投資リスクを許容できる国と位置付けられることに加え、いわゆる非資源セクターの観点から、消費マーケットそのものとしても現時点では1億人超の人口を抱える魅力的なマーケットと位置付けられているのではないかと考えられる。

図表 国内投資の割合推移
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IV.国内投資の実例

実際に、国内の様々な分野のM&Aにおいて、商社の名前を目にする。ここでは、①脱炭素に関連する再生可能エネルギー分野の投資、②内需への投資、③新規事業・次世代事業への投資について整理したい。


国内再生可能エネルギー分野においては、2050年カーボンニュートラル宣言を受けた再エネ電源の拡充を企図する日本政府の政策を背景に、商社は国内再生可能エネルギーの持分容量を拡大していく絵を描いている。そうした中、海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(再エネ海域利用法)に基づいた洋上風力事業者入札への参画、水素やアンモニアを始めとした次世代燃料にかかる事業化検討などを推し進めている。一方で政府としては民間投資の呼び水としてグリーンイノベーション基金設立や規制改革などを行っており、今後はより一層、脱炭素化に資する大型インフラ案件事業の拡大と脱炭素化関連のバリューチェーンの随所において付加価値を提供する商社の参画が見込まれる。


内需への投資は幅広く行われている。例えば、食品関連は菓子製造事業、植物肉事業、給食事業、またヘルスケア関連は調剤薬局事業、介護業務支援事業、バイオテックなどの会社への投資が開示情報から確認できる。これらは関連ポートフォリオ強化という点に加えて、情報ネットワークとデジタルトランスフォーメーション(DX)機能を掛け合わせ、さらに資金力、マーケティング力や事業開発力など正に商社の総合力を活用することで、高付加価値化、効率化、省人化などにより企業価値を向上することを目指しており、今後も拡大していくものと考えられる。


新規事業や次世代事業においても投資が行われている。例えば、2025年に大阪で開催される日本国際博覧会(大阪万博)において準備が進んでいる “空飛ぶクルマ”は空での移動革命となるかもしれない。また、物流業界の2024年問題に対して、自動運転配送技術や倉庫ロボットを含めた物流DX関連がある。さらには、過疎地域での交通インフラ問題には、自動運転システム、オンデマンド交通やライドシェアなどがあり、高齢化地域でのデジタル技術を活用した地域活性化や地域創生などにも取り組んでいる。通常のM&Aに比して新規事業や次世代事業に関連する投資は成功確率が低く、また長期的な関与が必要となるために商社内の投資判断の仕組みや社内体制にかかる課題はあるものの、このような社会課題の解決につながる商社の投資は今後も期待される。

V.おわりに

以上見てきた通り、商社は事業フロンティア開拓者としての使命感を元に、地政学リスク顕在化や脱炭素指針を発端として国内への事業投資に注力している感がある。長い歴史の中で、日本経済や世界経済とともに成長かつ進化し、「三綱領」、「三方良し」、「自利利他公私一如」、「正・新・和」などの経営理念や事業精神に代表されるように、より良い社会づくりに貢献してきた商社であるが、今後も社会におけるメガトレンドを掴み、またはトレンドを自ら創造し、新たな事業創出とその裾野を広げていくものと思われる。一方で、リスク管理の徹底により一般事業会社と比して短期的な視点で投資採算性が求められる商社において、使命感と経済合理性のバランスをどのように取るのかは今後も注視して行きたい。

本稿では商社の新たな国内投資の一部について触れたが、当社がこうした商社の事業拡大に貢献し、国内産業の成長と拡大の一助となれることを執筆者一同願っている。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
商社セクター
パートナー 西野 友洋
シニアヴァイスプレジデント 道田 茂貴
ヴァイスプレジデント 三塚 智史
シニアアナリスト 西川 真由
アナリスト 市川 裕真
アナリスト 荒畑 達

(2023.10.12)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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