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Industry Eye 第81回 政府・公共サービス
世界を駆け巡るユニコーン誕生に向けたスタートアップ動向
日本のスタートアップ(SU)の資金調達額は右肩上がりで増えており、2022年は過去最高となりました。しかし1兆円台には届いておらず、SU先進国である米国との差は依然として大きいままです。ただ、政府は10兆円規模まで拡大する方針を掲げ、シリコンバレーや欧州などへ起業家を派遣するプロジェクトを推進するなど、機運が急速に高まっています。本稿では世界で勝負するSUの輩出に向けた課題などについて探ります。
I.はじめに
日本のスタートアップ(SU)を取り巻く環境は、この10年で急速に進化を遂げており、政府の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2023」では2027年度のSU投資額について、10兆円規模まで拡大することを改めて表明した。これは現在の10倍超に相当する数字である。個人マネーを成長につなげるための規制緩和も行われる見通しで、圧倒的な存在感を示すSUの輩出に向けた動きは加速している。
II.スタートアップを取り巻く環境
1.新しい資本主義の一つに
SU向けの各種支援施策は2012年に安倍晋三政権が誕生したのをきっかけに、大きく加速した。ただ、これまでは日本経済を担う中核的な存在として、SUは明確に位置付けられていなかった。
しかし現在は、岸田文雄政権が掲げる政策「新しい資本主義」の柱の一つに掲げられており、日本経済を再興する牽引役として存在感が増している。また、1兆円規模の予算で関連施策を提示するなど、複数年度にわたる支援に国が明確にコミットする状況へと、大きく変化を遂げつつある。
出典:経済産業省資料(2023年7月)「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」(p.8)(https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/meti_startup-policy.pdf)
2.スタートアップ躍進ビジョン
こうした背景には、2022年3月に経団連が公表した提言「スタートアップ躍進ビジョン~10X10Xを目指して」(SU躍進ビジョン)の存在がある。経団連が、SUの起業数と成功レベルを5年後に10倍にするとした同提言の公表に至ったのは、諸外国のトップ自らがSU育成の重要性を説き、支援策を通じて大きな成果を相次いで残したのが理由だ。
例えば、フランスの場合、2016年からわずか6年で、評価額が10億ドル以上の未上場企業であるユニコーンが、1社から25社へと大幅に増加した。インドも2018年から4年で54社と、8倍近い伸びを示した。韓国も着実に社数を増やしている。(*1)
*1 参考:ジェトロ「フランスのユニコーンが急増、25社の目標を前倒しで達成」(2022年01月24日)https://www.jetro.go.jp/indexj.html
III.スタートアップ育成に向けた課題
1.起業家教育
海外でSUが躍進している要因の一つが活発な起業家教育だ。例えば欧州では、小・中・高で一貫した起業家教育が導入されており、その成果もあってか、若者(15~29歳)の47%が「すでに起業経験があるか将来的に起業したい」と考えている。これに対し日本では、卒業後5年以内に起業家を目指す大学生の割合は8.8%にすぎない(*2)。教育に対する姿勢の差が、起業意識の開きに直結していると考えられる。こうした実態の反省を踏まえ、東京などでは小中学生を対象に起業家教育に取り組む動きが顕在化しており、全国に広がることを望む。
また、SU先進国では国、自治体、大学などが連携してインキュベーション施設を整備しているケースが多い。米国やカナダの施設は、ハード面だけではなく、先輩起業家、メンター、ベンチャーキャピタル(VC)、特定分野の大企業が入居するなどソフト面も充実しており、SUの成長に必要なリソースを施設内にてワンストップで入手できる環境を実現している。成功した起業家がさらなる起業家を生み出すような好循環を形成していくことも課題だ。
*2 参考:法政大学イノベーション・マネジメント研究センター イノベーション・マネジメント No.15「大学生の起業意識調査レポート -GUESSS2016 調査結果における日本のサンプル分析-」(2018年3月) https://hosei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=21795&file_id=22&file_no=1(PDF)
2.資金調達
資金調達をめぐる環境の整備も急がれる。日本のSUの資金調達額はこの10年、ほぼ右肩上がりで増えており22年は9,459億円と過去最高となった。米国では投資が落ち込んだとはいえ、日本との差はあまりにも大きく、結果としてユニコーンの社数は差が開くばかりであるからだ。SUが米国のように国力を高める存在となるためには、事業会社からの資金供給をさらに増やすだけでなく、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)等によるリスクマネー供給量の引き上げが喫緊の課題だといえる。
データソース:株式会社ユーザベース INITIAL 2023年上半期 Japan Startup Finance - 国内スタートアップ資金調達動向 – (https://initial.inc/enterprise/resources/japanstartupfinance2023h1)
3.海外との接点
日本のSUと海外ベンチャーキャピタルやエコシステムプレーヤーとの結節点となる仕掛けをつくることも重要である。海外からの東京への注目度を高めることを目的として、2023年2月に都内で開催された日本最大級のグローバルSUイベント「City-Tech.Tokyo」は好例だ。国内外のSUやSUエコシステムプレーヤーをはじめ、2日間の参加者は延べ2万6746人と、日本では最大級のイベントとなった。2024年4月には「Sushi Tech Tokyo2024」と名称を変え、さらに大々的に展開する。このような海外と国内をつなぐプラットフォームの整備に向けた取り組みも不可欠である。
国内SUがいきなり海外展開をねらうのは、言語・文化などの障壁もあってハードルが高い。そのため、世界で勝負するSUの輩出には公的機関からのバックアップも望まれる。例えば、経済産業省は、起業家をシリコンバレー、欧州やイスラエルへ派遣する「J-StarXプロジェクト」を推進している。これは、海外市場展開を志す起業家を海外現地のエコシステムプレーヤーと連携させることで、新たな成長モデルを描くための施策である。
出典:経済産業省資料(2023年7月)「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」(p.10)(https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/meti_startup-policy.pdf)
IV.おわりに
かつて世界市場を席巻した日本製の自動車や家電は、その高い技術力で勝負していた。技術力を基礎とした製品は、言語や文化などの障壁を越え、優れているものであれば世界中に広まっていくものである。
これからの世界進出を考えるうえでも、グリーンなど、高度な新技術が求められる分野は、言語や文化の障壁に影響されないことから、日本にも勝ち筋があると考えられる。核融合など、今のエネルギー問題を解決する技術を確立すれば、必ず世界中から大きな注目を集めるであろう。
日本からSUがどんどん生まれ、さらに大きく成長し、グローバルで活躍するには、社会全体を転換する必要がある。SU関連施策を一元的に担う「SU庁」の設置や、SU業界で働く人を支援するための健康保険組合「VCスタートアップ健康保険組合」の新設が検討されるなど、わが国SUエコシステムの体制整備が官民問わずさらに盛り上がりをみせている。近い将来、日本も米国のように多くのユニコーンを輩出、時価総額トップ10が今日のSUに入れ替わる日が到来し、日本経済の真の牽引役を担うことを確信している。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
スタートアップ事業部
マネジャー 西村 晋
シニアアナリスト 伊藤 俊祐
(2023.11.6)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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