私立大学経営に求められるマーケティング戦略 ~選ばれる大学になるために~ ブックマークが追加されました
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私立大学経営に求められるマーケティング戦略 ~選ばれる大学になるために~
マーケティング手法を用いた基礎的分析(第1回)
主に国内の大学等における新入学生の多くを占める18歳人口の減少など、大学を取り巻く環境が大きく変わる中で、これまでと同じように、大学が教育や研究の観点において社会に価値を提供し続けるためには、大学にとってのステークホルダーから「選ばれる大学となる」ことが重要となります。そのためには、大学においてもマーケティングの考え方を取り入れていくことが有効だと考えられます。
1. 背景・目的
大学におけるマーケティングという言葉に、どのようなイメージを持たれているでしょうか。一般的に「売れる仕組みを作ること」をマーケティングと呼ぶことが多いため、「営利企業のためのもの」「大学には縁がないもの」といった印象を持たれているかもしれません。
しかし、国内の大学等における新入学生の多くを占める18歳人口の減少など、大学を取り巻く環境が大きく変わる中で、これまでと同じように、大学が教育や研究において社会に価値を提供し続けるためには、大学にとってのステークホルダーから「選ばれる大学となる」ことが重要となります。そのためには、大学においてもマーケティングの考え方を取り入れていくことが有効と考えられます。
ここでは、マーケティングという言葉を「選ばれる大学になる仕組みを作るため、市場や顧客の状況を踏まえた取り組みを実施すること」と定義します。また、大学にとっての多くのステークホルダーの中でも、最たる存在と言っても過言ではない「学生」にまずフォーカスをあてます。
本レポートでは、その手法を応用しながら、大学が置かれている環境について基礎的な分析を実施していきます(第1回)。そして、そこから得られた示唆をもとに、今後、どのような取り組みが求められるかに焦点を当て、考察します(第2回)。
なお、本レポートの内容は大学等現場で働かれている方にとっては、当たり前のように感じることも多いかもしれません。思考の整理に役立てていただくとともに、デロイト グローバルの多くのクライアントである大学等においても実践(運用方針、業務フロー、テクノロジー化など)されている内容を、是非参考にしていただけると幸いです。
2. 大学事業の特性を再認識する
マーケティングを実施する上では、「事業の特性」や「市場環境」、「顧客の特徴」などを改めて理解することが最初の一歩になります。これらのことは、大学で働かれている方々からすると、当たり前の内容と思われるかもしれません。しかし、当たり前のことを整理する中から、教育や研究において持続的に価値提供をするために、外してはいけないルールや共通となる法則の存在が明らかになります。そのためにおいても、まずは基礎的な分析を行い、押さえるべきポイントを抽出していきます。
はじめに、日本の私立大学の経営に、どのような特徴があるのかを確認していきたいと思います。以下は支出・収入の面からその特徴を整理したものです。
<支出面>
- 人件費や施設関連費用等、固定費が多くを占めている
<収入面>
- 入学金や授業料が収益の7割程度を占めている
- 国からの補助金に一定程度依存している
これらの特徴から、日本の私立大学の経営において押さえるべきポイントが見えてきます。それは、稼働率を高めることが非常に重要であるということです。支出面の特徴にあるとおり、大学の支出の多くの割合を人件費や施設関連費用等の固定費が占めています。固定費とは、学生の増減にかかわらず、一定にかかる費用のことを言います。すなわち、学生数が増えたとしても、施設や教職員にかかる費用はそれほど増加しません。同様に、学生数が減ったとしても、施設や教職員にかかる費用を同じ比率で減らすことはできません。このことは、損益分岐点を境に、高稼働の大学は採算がとてもよく、低稼働の大学は大きく損失を出すということを意味しています。大学経営を進めるうえで、施設や人材の稼働率をいかに高く保ち続けるのかという視点は欠かすことのできないポイントと言うことができるでしょう。稼働率を高めるための方策として、使っていない空間に企業を誘致するなどの新たなアイデアも考えられますが、一番重要になるのは学生数の確保に他なりません。これは、大学経営における収入面の特徴として入学金や授業料が収益の7割程度を占めていることや、一定の学生数を満たすことが交付条件となる国からの補助金に一定程度依存していることからも明らかです。
【大学事業の特性として押さえるポイント】
大学の事業は稼働率が重要であり、そのためにも学生数の確保が欠かせない
3. 大学を取り巻く市場環境の特徴について再認識する
続いて、大学を取り巻く市場環境について考えていきます。
大きな変化として、2018年度からの日本の18歳人口の減少が挙げられます。下図は18歳人口と進学率の推移を示しています。18歳人口は、1992年をピークに2009年ごろまで減少を続けていますが、進学率が上昇傾向にあったこともあり、入学者数への影響を抑えることができていました。2018年から再度始まる減少フェーズでは、進学率の上昇は期待できません。そのため、大学入学者数にダイレクトに影響が生じ、学生数確保にむけた大きなハードルとなることが予想されています。このような環境においては、従来以上に競合大学との競争が激化していくことが予想されます。
また、「大学全入時代」と言われるように、大学市場は十分に成長した成熟市場ということができます。そのような市場では、顧客のニーズは多様化する傾向にあります。すなわち、「大学で充実した学びが得られる」という価値は当たり前のものとなってしまい、それに付随する「手厚い就職・資格取得支援」、「充実したキャンパスライフ」というような価値が強く求められるようになります。これも大学が置かれている市場の特徴として挙げることができるでしょう。
【市場環境の特性として押さえるポイント】
市場は縮小が予想され、競合大学との競争が激化する。
学生に訴求するためには、充実した学びの提供だけでは足りず、付随価値が重要となる。
4. 顧客の特徴について再認識する
最後に、大学の顧客となる人たちについて考えていきます。以下は大学の顧客の特徴を挙げたものです。
- 入学の意思決定に複数の人が関与する
- 大学が提供している価値は入学前には伝わりにくい
- 大学入学は高額な買い物であるとともに、人生に関わる決定であり、長期にわたる比較検討を経て意思決定がなされる
まず、入学の意思決定に多様な人が関与することが特徴の一つとして挙げられます。例えば、保護者や高校の先生、予備校など補助教育関係者といった人々のことを指しています。マーケティングにおいて、これらの人々はDMU(Decision Making Unit)と呼ばれ、それらの人が持つニーズについても、学生本人のニーズと同じように満たしていくことが重要になります。特に、近年は大学進学に保護者が積極的な関与をするようになったことや、学部が多様化し、学生本人では情報収集がしきれなくなったことから、DMUが意思決定に与える影響が大きくなる傾向にあります。この傾向は、あまり知られていない小さな大学になればなるほど強くみられるようです。顧客を考えるうえで、学生だけでなく、DMUのニーズを把握することが、大学においては特に重要となります。
そのほかの特徴として、大学が提供している価値が、入学前では伝わりにくい点が挙げられます。外部の人が正確な情報を把握しづらいという特徴を持つ場合、顧客はある程度抽象化された分かりやすい情報を好む傾向があります。そのため、詳細な文章・数字による情報提示以上に、人による説明や実際に体験するといったコミュニケーションが重要になります。また、信頼できる大学として、ブランドを築き上げていくことも大切です。
さらに、長期間にわたる比較検討を経て意思決定がなされる点も特徴の一つと言えます。顧客の比較検討を支援するために、他大学と差別化できる分かりやすい情報を提供するとともに、長期にわたる意思決定にしっかり並走していくことが重要になります。
【顧客の特性として押さえるポイント】
学生はもちろん、DMUについてもニーズを踏まえ、分かりやすく他大学と差別化できる軸を持ち、顧客と並走したコミュニケーションを図ることが重要となる。
5. 基礎分析の振り返りと大学が取り組むべき施策
ここまでの基礎分析を振り返るともに、第2回レポートで取り扱う施策について頭出しをして第1回レポートを終えたいと思います。
まず、基礎分析では大学事業の特性を収支の構造から考えました。そこから、大学事業を持続可能なものにするためには、施設や教員等の稼働率を高く維持すること、またそれには入学者数の確保が重要であるというポイントが見えてきました。
続いて、市場環境としては、18歳人口の減少等、厳しい環境から競合大学との競争が激化するであろうことや、学生に訴求するためには、付随価値を高める必要があることを見てきました。
最後に、顧客分析からは、学生はもちろん、保護者や高校教員といった意思決定に影響を与える方々についてもニーズを踏まえることが重要であることを確認しました。そして、他大学と差別化できる軸を持ったうえで、分かりやすい情報を届け続けるといった、顧客と長期並走するコミュニケーションが求められている旨を見てきました。
第2回レポートでは今回ポイントとして見えた「差別化」や「分かりやすいコミュニケーション方法」に焦点を当て、その取り組みの具体的な方策について論考を進めていきます。
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