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経営戦略策定・改定マニュアルの改定について

地方公営企業における「経営戦略策定・改定マニュアル」等の改定内容を解説

令和4年1月に「経営戦略策定・改定マニュアル」および「経営戦略の策定に関するQ&A」が改定されています。地方財政措置への影響もあることから、改定内容を理解し、取組を進めることが重要です。

はじめに

公営企業を取り巻く経営環境は、サービス提供に必要な施設等の老朽化に伴う更新投資の増大、人口減少に伴う料金収入の減少等により、いっそう厳しさを増しているところです。そのため、総務省では、「公営企業の経営に当たっての留意事項について」(平成26年8月29日付総財公第107号、総財営第73号、総財準第83号総務省自治財政局公営企業課長、公営企業経営室長、準公営企業室長通知)により、「中長期的な経営の基本計画である「経営戦略」を策定」することを各公営企業に求めています。

また総務省は、平成28年1月に、令和2年(通知等の表記は平成32年。以下、本稿では通知等が平成表記のものも令和で記載)までに経営戦略の策定率を100%とするように要請するとともに、円滑な策定を促進するため、「経営戦略策定ガイドライン」を公表していました。このガイドラインは平成29年3月に改訂され、その後、平成31年3月には、経営戦略策定の一定の進捗が見られる一方で、取組が不十分な公営企業が一定数存在することを踏まえ、取組を後押しするために再改訂が行われています。このとき、今後、公営企業が取り組むべき「経営戦略の改定」も見据えて「経営戦略策定・改定ガイドライン」として策定されるとともに、事業ごとの具体的な策定・改定のための手順書となるように「経営戦略策定・改定マニュアル」が位置付けられました。

今般、令和2年の策定期限が過ぎ、10%程度の公営企業は未策定であるものの、多くの公営企業が策定完了し、改定のフェーズに移ることから、「「経営戦略」の改定推進について」(令和4年1月25日付総財公第6号、総財営第1号、総財準第2号総務省自治財政局公営企業課長、公営企業経営室長、準公営企業室長通知)(以下、「改定推進通知」という。)により、PDCAサイクルを通じて経営戦略の質を高める見直しが必要とし、「経営戦略策定・改定マニュアル」の改定が行われています。

本稿では、改定されたマニュアル及び「経営戦略の策定に関するQ&A」のポイントについて解説します。

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改定のポイント

経営戦略については、先に記載したとおり、中長期的な「経営」の基本計画であり、公営企業として事業を継続的に行っていくうえでは、今後の経営課題等を的確に分析し、それに対する取組を反映させていくことが重要です。当初経営戦略を策定した段階では、とりあえず作ってみる、という公営企業もあったかもしれませんが、その後、新型コロナウイルス感染症の影響などにより経営環境が変化していること、下水道事業などでは公営企業会計の導入を行い得られる財務情報が充実したことなどの変化があることから、現状を踏まえた適切な見直し、経営戦略の質を高め、実行していくための取組が重要になります。

今回のマニュアル及びQ&Aの改定では、質を高めるための取組のポイントとして、以下の3点が挙げられています。

 

(1)経営の基本方針についての記載充実

「経営の基本方針」の記載は、団体内の総合計画等の他の計画、公営企業の現状分析、将来の事業環境等の把握を踏まえ、「公営企業として事業を継続する上での経営理念、基本方針(将来ビジョン)等を検討」することとし、「当該将来ビジョンを住民にも分かりやすく親しみやすいスローガン、キャッチフレーズなどの形で打ち出すことも住民の理解向上、意識の醸成の他、職員のモチベーション向上にも有効」であるものとされています(経営戦略策定・改定マニュアル 5~6ページ)。今回の改定では、それに加えて、「計画期間内における具体的な取組・目標等の記載を図ることが必要」とされています。

経営戦略は、公営企業の経営の基本計画である点は先に触れた通りですが、計画に基づいて経営を実行していき、その結果を評価する、すなわちPDCAサイクルを回すことが重要です。従来も、投資目標、財政目標の設定は求められてきたところですが、今回の改定により、経営の基本方針との関連性を示したうえで、具体的な取組や数値目標等を記載し、事業の実行可能性を高めることが求められていると考えられます。

なお、「具体的な取組・目標等」の記載例については、経営戦略の策定に関するQ&AのQ7に記載されており、

  • 経費削減:維持管理費△3%の実現
  • 人口減少への対応:汚水処理人口普及率97.5%の実現
  • 安定した下水道経営:接続率95%の実現
  • 経営の明確化・透明化(令和○年度から地方公営企業法の財務規定等を適用し、企業会計へ移行)

などが挙げられています。

 

(2)原価計算表

今回の改定では、総務省に設置された人口減少社会等における持続可能な公営企業制度のあり方に関する研究会における議論も踏まえ、特に水道事業、簡易水道事業及び下水道事業については、料金水準が適切なものであるか、将来の料金改定の必要性等について議会や住民の理解に資するように、料金回収率や経費回収率に関する目標設定を行うことが明示されています(経営戦略策定・改定マニュアル 7ページ)。

また、「原価計算の内訳などを記載し、見える化を図ること」とされており(同ページ)、経営戦略ひな型様式では、水道事業(簡易水道を含む)および下水道事業のひな型に、原価計算表様式が追加されています。

公営企業は、かかったコストを料金収入で賄い、新たな投資、または更新事業を行いながら事業を継続していく事業スキームであり、多くの事業が総括原価に基づいて料金設定するものとされています。すなわち、料金設定に当たっては、原価を回収できているかの視点が重要であり、経営戦略の策定に関するQ&AのQ8においても、「料金改定の際には、その必要性・妥当性について議会や住民の理解が重要であり、このために適切な情報提供が必要」であり、「直近の料金算定期間内における原価計算の内訳などを詳細に記載し、見える化することが考えられる」としています。

総務省からは、これまでも、大規模な更新投資時期の到来により、適切な財源確保が求められてきたところですが、下水道事業における社会資本整備総合交付金のように、経費回収率の改善が要件になっている例もあります。各地方公共団体においては、料金改定の検討等において総括原価の計算などを行っている団体も少なくないと考えられますが、今回のマニュアル改定により原価計算表の様式が示されたことから、これまで原価計算が適切に計算されていなかった事業においても、積極的に取り組むことが望まれます。

なお、今回の改定では、水道事業、簡易水道事業および下水道事業において原価計算表の様式が公表されていますが、その他の事業においても、原価を料金で回収するという基本的な考え方は共通ですので、原価計算の見える化を図っていくことが適当と考えます。

 

(3)投資・財政計画に盛り込む事項

投資・財政計画は、持続可能なサービス提供のために策定されるものであり、改定推進通知では、特に次の4点を盛り込むことが不可欠とされています。なお、いずれの項目についても、今回のマニュアル改定で追加されたものではなく、従来から記載されていたところ、改定推進通知で強調されたものとなっています。

 

① 今後の人口減少等を加味した料金収入の的確な反映

これまでも、特に水道事業、簡易水道事業および下水道事業においては、人口減少が料金収入に大きく影響する事業であることから、多くの公営企業において人口減少等を加味した料金収入の見通しを立ててきたものと考えられます。そのため、従来から人口減少等を加味している場合は、今回の改定により追加で対応すべきものではないと考えられますが、経営戦略の改定の都度、最新の人口動向等に基づいて見通しを立てることが重要です。

 

② 減価償却率や耐用年数等に基づく施設の老朽化を踏まえた将来における所要の更新費用の的確な反映

水道事業を中心に大規模な更新投資時期が到来していることに加え、装置産業が多い公営企業においては、更新費用の見積りが重要となります。更新費用は、令和4年1月25日に行われた全国都道府県・指定都市公営企業管理者会議においても、広域化について強調されていたように、各団体内における更新投資の反映にとどまらず、広域的な視点での更新投資の反映が望まれます。また、民間代替性の高い事業においては、事業継続の要否についても検討したうえで、必要な更新費用の見積りを行っていくことが重要と考えられます。

 

③ 物価上昇等を反映した維持管理費、委託費、動力費等の上昇傾向等の的確な反映

維持管理費、委託費、動力費に限らず、あらゆる経費は物価変動等の影響を受けることが想定されます。人口減少により料金収入の減少が見込まれるなか、適切な料金設定のためには、物価変動等の影響も踏まえたうえで検討することが重要です。一方、物価変動については中長期の見通しにおいては的確に反映することは難しいと考えられます。経営戦略は3~5年ごとに見直すこととなっていることから、策定・改定の時点で把握可能な情報を適切に反映し、見直しの都度、更新していくことが考えられます。

 

④ ①②③等を反映した上での収支を維持する上で必要となる経営改革(料金改定、広域化、民間活用・効率化、事業廃止等)の検討

公営企業における更なる経営改革の推進方策として、経営戦略の策定・PDCAと、抜本的な改革の検討が両輪と位置付けられてきました。経営戦略に、広域化、民間活用、事業廃止等の抜本的な改革の取組を記載し、実行していくことが強く期待されています。特に、水道事業、簡易水道事業および下水道事業においては、民間活用を除いて地方公共団体が実施する事業とされており、かつ装置産業であることから、更新投資が過剰になると、長期にわたって住民や使用者に負担を強いることになりかねません。そのため、料金改定の必要性や、広域化の方策等について、更新投資を実施する前に検討していくことが重要です。また、その他の事業においても、民営化や事業廃止なども踏まえた検討を行い、経営戦略に反映して実行していくことが重要です。

 

その他の改定

改定推進通知によれば、経営戦略策定・改定マニュアルが改定されたことに合わせて、経営戦略への記載事項として示されている「経営戦略確認リスト」についても見直しが行われています。

また、地方財政措置のうち、現在、経営戦略の策定を要件とされている高料金対策、高資本費対策等については、令和8年度からは必須項目を盛り込んだ経営戦略の改定が要件となる予定とされています。見直し後の経営戦略確認リストは、総務省のウェブサイトでは公表されていないものの、令和4年1月25日に行われた全国都道府県・指定都市公営企業管理者会議において、上記2(3)で列挙した事項の取組を反映した経営戦略の改定が、地方財政措置の要件となる予定であるとされていることから、これらの項目が必須項目に追加されていると考えられます。経営戦略は令和7年度までに改定を行うことが要請されているところですので、今回のマニュアル改定等を踏まえて着実に取組を進めていくことが重要です。

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