ナレッジ

アジア地域におけるリスク総括と展望-中国・東南アジア・インドにおけるRisk Surveyを踏まえて-

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2024年3月29日)

昨今、国際情勢、テクノロジーの進展など、変化の激しい外部環境の中で、リスクマネジメントの重要性は日増しに高まっている。本稿では、デロイト トーマツがアジアに進出する日系企業向けに実施したリスクマネジメントと不正に関するアンケート結果から、アジアリスクの総括と今後の展望を紹介したい。なお、この調査結果は、2023年11月から12月にかけてアジア地域(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、フィリピン、マレーシア、ベトナム、ミャンマー、中国、台湾及びインド)で835社の日系企業の経営層や現場社職員にご回答いただいた結果を基にしている1

 

優先して着手が必要なリスク

55のリスク項目からTop3を選択いただく方式で、優先して着手が必要な上位3リスクについて回答をいただいた。昨年調査に引き続き、「人材流失、人材獲得の困難による人材不足」が1位。「人件費高騰」が順位を上げて2位、「市場における価格競争」は昨年に引き続き3位という結果になった。また、「原材料・原油価格の高騰」は割合が昨年から低下し、「従業員の不正・贈収賄等」「グループガバナンスの不全」等、企業統治やコンプライアンスに関するリスクが改めて認識されている。アジア全域における優先して着手が必要な上位リスクに関し、ポイントは3つ挙げられる。

 

① Human Resource、ヒトに関するリスク(1位、2位)

過去は比較的安価な労働力であったアジア地域であったが、一昨年、経済産業省から公表された「未来人材ビジョン2でも話題になったように、足下、部長職レベルを比較した場合、日本よりもタイ企業の給与の方が高いという結果も示されており、多くの日本企業が人材マーケットの中で、人手確保に苦労している状況が伺える。

② 不正、ガバナンス不全(5位、9位)

不正の内容としては、経費・在庫・購買に関連する資産着服やキックバックといった海外アジアにおいて従前からリスクが見られる領域に加え、ここ2-3年の情報の不正利用といった回答が多く、 具体的には、顧客情報や設計情報といった機密情報の持ち出しが、ここ数年で急増しているという傾向が見られる。

こういった想定外の不正発生により、社内全体のモラルが低下するリスクも考えられることから、事前の備えとして内部通報システムや、従業員の利益相反関係の洗い出すことは勿論、発生した時には厳正で首尾一貫した対処、再発防止策が極めて重要と考えられる。

③ テクノロジー変革、サイバー攻撃等による情報漏洩(7位、8位)

テクノロジー変革については、競合企業に対して、現地拠点でのテクノロジー投資が追いついていない場合や、生成AI活用なども現地では未検討といった声を耳にすることが増えている。また、デジタル化の進展に呼応して、サイバー攻撃等による情報漏洩やインシデントも増加傾向にある。現地拠点では十分なIT・セキュリティ要員が確保できていないことも多く、依頼に基づきデロイト トーマツの専門チームがオンサイトに駆け付け、原因究明やシステム・データの復旧をサポートのケースも増えている。

 

中国・東南アジア・インドにおける優先リスク(3地域における異同点)

 

アジア地域は、文化・産業構造・経済発展状況など極めて多様であり、国・地域ごとにリスクも異なるが、“ヒト”に関するリスクは共通的な課題として認識されている。以下は各地域の特徴である。

【中国】

  1. 国内成長がスローダウンする中で、市場における価格競争が最優先リスクとなっている。
  2. 隣接するロシア・ウクライナ情勢の悪化が長期化する中で、中国としての地政学リスクも上位にランクイン。
  3. 本年末に米国大統領選が予定されており、貿易、安全保障の観点で米中対立の構造は日本企業にとっても引き続き大きなリスクとなっている。

【東南アジア】

  1. 自動車EV市場を中心に中国・韓国企業の攻勢がさらに強まり、シェア確保のために大胆な価格戦略が採られている。
  2. 多くの製造業が進出しており、原材料並びに原油価格の高騰は利益逼迫要因として、引き続きリスクとなっている。
  3. ASEAN各国が自国通貨を有し、かつ円安、マクロ環境の変動性が高まる中で、そのかじ取りがさらに難しくなっている。

【インド】

  1. 駐在員に対するGST課税により、追徴課税リスクが生じており最優先リスクとなっている。
  2. インド・ベンガルールを中心に、スタートアップ集積が進んでいるものの、現地法人における意思決定の権限範囲やスピードの問題から出遅れのリスクを感じている。

 

Risk Surveyから考える、アジア地域におけるリスク展望

 

上述に説明した結果を基にアジア地域における中長期的なリスク展望について5つの側面から見ていきたい。 

【経済】

  • 中国の成長鈍化は特に隣接する東南アジアにとって大きな影響が考えられる。東南アジアにおいてCOVID-19後の持ち直しはばらつきが出ているが、その中でも経済成長や人口成長を基にインドネシアやベトナムへの関心が高まっている。
  • インドは世界最大の人口というバックグラウンドから、内需主導での成長が顕著に維持されている点が評価される。また、グローバルサウスへの橋頭堡としてのインドの位置づけ、インド戦略見直しも今後の重要なポイントとなってくる。

【環境】

  • 欧州に比べると消費者意識は高くなく、関連規制の制定も遅れが出ている状況。他方で欧米への輸出拠点と位置付けられている場合には、同国規制への対応が必要となってくる。人権やサイバーなど様々な欧州規制の対応が今後のポイントとなる。 

【地政学】 

  • 国際情勢等不安定さを増す政治情勢の中、安全保障やエネルギー問題等の地政学リスクが高まっている。 
  • 本年末に予定されている米国大統領選に伴う米中対立のゆくえは、アジアにおいては米中との距離感も国によってさまざまであるため、結果に注視し、必要なアクションの検討が必要と考えられる。 

【社会】 

  • アジア地域は多様な言語、文化、宗教、労働法制や人権規制の違いがあるが、賃金上昇に伴う人材流失、人材獲得の困難による人的資本の不足は共通した課題として認識されており、日系企業にとって重要な問題となっている。
  • 従業員の不正・コンプライアンスに対する対策も不十分であるといった声もあり、組織風土、意識醸成が重要になってくる。 

【技術】

  • 域外へのテクノロジー/データ関連規制への対応、特に中国のデータ越境規制への配慮が必要。
  • サイバー犯罪やセキュリティ脅威も高まっており、管理レベルが低い場合には、海外拠点は格好のターゲットとなるため、セキュリティへの対策が必須となってくる。
  • また、生成AIなどのテクノロジー活用とガバナンスについても今後検討が必要な領域である。

米中対立、テクノロジー進展によりリスク環境は大きく変わっている中で、多くの企業において、海外アジア戦略を見直すべき変曲点を迎えているものと考えている。本稿は、アジア地域日系企業を対象に実施したアンケート結果から得られた示唆やエッセンスを抽出したものであり、今後の皆様の取組みの一助になれば幸いである。

 

1 アジア進出日系企業におけるリスクマネジメントおよび不正の実態調査 2023年版

2 2030年、2050年の未来を見据え、「旧来の日本型雇用システムからの転換」と「好きなことに夢中になれる教育への転換」を! (METI/経済産業省)

著者:畠山 多聞

※本ニュースレターは、2024年3月29日に投稿された内容です。

アジアパシフィック領域でのリスクアドバイザリーに関するお問い合わせは、以下のメールアドレスまでご連絡ください。

ap_risk@tohmatsu.co.jp

お役に立ちましたか?