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アジア進出日系企業におけるリスクマネジメントおよび不正の実態調査 2023年版 結果総括 マレーシア編

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2024年5月31日)

#サーベイ公開版は下記のリンクを参照ください
アジア進出日系企業におけるリスクマネジメントおよび不正の実態調査 2023年版

マレーシアは日系企業における電機機器などの主要な製造拠点であり、製造業における主に東南アジア地域、中国、インド向けの輸出拠点として大きな役割を果たしております。またマレーシア政府は、ビジネス環境をさらに改善し、インフラ整備、デジタル化の推進の方針であり、今後も製造拠点としての強みを確かなものにしていくものと考えられます。

上記のような背景から、既に多くの製造業、卸売業がマレーシアに拠点を構えておりますが、昨今の国際紛争やテクノロジーの進展、中国、欧米系企業の投資拡大など、変化の激しい外部環境の中で、リスクマネジメントの重要性は日増しに高まっております。

本稿では、デロイト トーマツがアジアに進出する日系企業向けに実施したリスクマネジメントと不正に関するアンケート結果から、マレーシア拠点における①リスク管理の状況、②不正の発生状況の2つについて紹介します。なお、当該調査結果は、2023年11月から12月にかけてアジア地域で835名(マレーシアは79名)の日系企業の経営層や管理職の皆様からご回答いただいた結果を基にしています。ご協力くださいました企業様には、この場をお借りしまして、改めて御礼申し上げます。

 

1. マレーシアにおけるリスク管理の状況

優先して着手が必要な上位3つのリスク – マレーシア

マレーシアでは「人材流失、人材獲得の困難による人材不足」、「市場における価格競争」、「人件費の高騰」が前年に引き続き上位となっています。特に人材不足については、アジア全体の回答率と比較しても50%程度の回答率であり、またマレーシアにおける過去3年間の優先して着手が必要なリスクの第1位となっており、多くの回答企業において最重要リスクと捉えられております。特に都市部では、経営管理、経理・財務領域等のコーポ―レート部門やエンジニア、ITデジタル領域の優秀な中間管理職層の人材不足が顕著です。当該要因としては、シンガポール等の他国への優秀な人材の流失、欧米、中国企業等の進出、高待遇での人材獲得、30代~40代前半の従業員における日系企業のプレゼンスの低下等が要因として挙げられます。また、日系企業は、教育や福利厚生に重きを置く長期雇用を前提としている傾向が強く、若年層において専門性を高めたうえで、キャリアアップを望む傾向が強いことも理由として考えられます。

また、「事業に影響するテクノロジーの変革」、「サイバー攻撃・ウイルス感染等による大規模システムダウン」について、2021年度、2022年度と比較して増加傾向にあることも特徴として挙げられます。「事業に影響するテクノロジーの変革」については、人材関連リスク等に関連して、今後の業務オペレーションの変革の必要性を感じている日系企業が多く見受けられます。

「サイバー攻撃・ウイルス感染等による大規模システムダウン」についても、ランサムウェアによる攻撃被害、フィッシング詐欺被害を受けている日系企業も増加傾向にあり、サイバーリスクが年々増加していることも要因として挙げられます。

優先して着手が必要な上位3つのリスク – マレーシア(業種別)

次に業種別にみると、全体的には人材関連のリスクが最上位となっておりますが、マレーシア日系企業の大半を占める、製造、卸・商社において、市場の価格競争も上位リスクに位置づけられています。特に中国、台湾企業の進出、および地場の企業等の価格競争に直面しており、厳しい経営環境におかれている日系企業が多いと示唆します。

また、金融については、サイバーリスクが関心事項となっており、先述の通りこの数年でサイバー関連のインシデントが発生していること、サイバーセキュリティ法が可決され情報通信システムへの攻撃に備える、より一層の体制構築等が求められることもあり、情報管理への感度も高まってきていると示唆します。

今後1年程度を見越して必要な上位3つのリスク対策 – マレーシア(年度別) 

次に、今後1年を見越して必要なリスク対策ですが、「新商品・サービス開発」、「コスト削減」、「企業戦略の見直し」および「人材育成計画の見直し」が上位に挙げられております。特にアジア全体と比較して、「新商品・サービス開発」、「コスト削減」の回答率が高い傾向にあり、また、「新商品・サービス開発」について、2021年度から大幅に回答率が増加しております。

これは、前述の通り、マレーシアでの経済や社会の急激な変化への対応、既存業務における業績の先行き不透明感、外国企業との市場競争という課題意識を背景に、今後に向けた事業拡大を検討している傾向が見られます。特に、拡大する機能として、販売の他、高付加価値品生産や研究開発および新規取引先を挙げる割合が相対的に高いと示唆されます。

従って、今後もマレーシアにおける、「新商品・サービス開発」は、増加していく傾向にあると推測されます。

現在不足し改善に取り組んでいる上位3つの機能– マレーシア(年度別)

現在不足し改善に取り組んでいる機能について、1位は「デジタル推進機能」、2位は「新規事業開発機能」、3位は「地域戦略立案機能」となっており、前年度とほぼ同じ順位となっております。当該3つの機能の回答率は毎年大幅に増加傾向にあります。特に、アジア全体と比較して「デジタル推進機能」、「新規事業開発機能」の回答率が高い傾向にあります。

第1位の「デジタル推進機能」については、マレーシア拠点を含むグループ全体のERPシステムの刷新、またはアップグレード、生産管理から物流・在庫管理等のレガシーシステムの刷新、ペーパーレス化に向けたRPA導入、データを活用した不正リスクの早期検知などを検討している日系企業が増加しております。先述した人材不足、人件費高騰を背景に、今後のオペレーションの平準化、効率化、生産性の向上に向けた取り組みと示唆されます。また最近はAIを活用した業務改善のニーズも高まっており、積極的に情報収集を行う日系企業も増加しております。

第2位の「新規事業開発機能」については、先述の通りであり、第3位の「地域戦略立案機能」について、地域統括機能の在り方等の議論も活発になっており、近隣のシンガポールから機能移転を実施または移管をすることを検討している日系企業も増加しております。

 

2. マレーシアにおける不正の発生状況

マレーシアにおいては、過去3年間に「顕在化した不正」(またはその懸念あり)と回答した割合が、前年の10%から25%に大幅に増加しております。これは、潜在的な不正リスクは以前より存在したものの、パンデミックの状況下で表面化していなかった問題が業務オペレーションの見直し、主要人材の退職、統制環境の強化等により表面化、発覚していると考えられます。

不正の種類(地域別・年度別)

発生した不正の種類内訳について他国と比較すると、マレーシアの特徴として「在庫・その他資産の横領」の不正が圧倒的に多く発生しております。年度別で比較しても同様な調査結果となっております。

当該不正においては、特に製造業で発生している傾向にあり、発生要因の分析から、対応施策として、施設出入口における従業員の荷物検査の徹底、在庫品管理置き場の明確化、周知、防犯カメラの設置、高付加価値品管理場所へのアクセス制限、スクラップ等の管理の厳格化等の対応が必要と考えられます。また24時間操業の会社においては、警備体制が甘くなる夜間において、運送業者と結託したスクラップ等を持ち運び、キックバック等を受け取るケースもあり、留意が必要です。

いずれにせよ、統制機能、牽制機能の強化の一環として、上記の物理的な管理方法の強化に加えて、不正防止の啓蒙活動や、コンプライアンス研修の定期的な実施、業務運用ルールの見直し、強化、モニタリング活動の実施等、包括的な運用が必要と考えます。

次に不正に関与した犯行者の職位について触れておきます。アジア全体の調査結果を掲載しておりますが、管理職が関与した不正は40%程度あり、非管理職もあわせると90%程度となります。経営層の立場からすると、管理職と一般社員が結託した不正行為も多く発生しており、管理職の不正行為に留意した不正防止の取り組み、ガバナンスの構築を検討する必要性があることが当調査結果からわかります。特に、購買における副材等の調達活動においては、購買の調達ルールは存在するものの、長年の取引慣行、商慣習から、現地管理職、従業員の親族との取引が継続的に行われており、キックバックを受け取っている事例や、人事関連における現職者への給与不正支払、退職者への不正支払、総務領域における業者との購買不正等多く発生している状況であり、統制活動の強化、牽制機能の強化が必要となります。

次に、このような不正はどのように発覚するのか、こちらもアジア全体の調査結果を掲載しておりますが、圧倒的に内部通報から不正発覚が多い結果となっており、最も重要な不正の発覚経路と考えられます。不正は共謀や、巧妙に隠されているものが多く、統制環境、統制活動と有効的な内部通報制度の構築は会社の健全性を守るためにも非常に重要な仕組みとなると考えられます。

また、業務における統制活動と内部監査の実施が挙げられておりますが、マレーシアの日系企業では、本社または地域統括会社からの内部監査、業務監査等で対応しているケースが多く、現地子会社においては、ヒト・カネ等のリソースが制限されることから、十分に対応できていない企業も多く見受けられます。一方で、マレーシアのグループ会社を統括する内部監査室を立ち上げ、マレーシア国内現法統一の内部監査プログラムの設計、運用を実施している会社も多くなってきております。また、デジタルを活用した統制強化、牽制機能の強化の取り組みを進めている日系企業も増加傾向にございます。

 

最後に

デロイト トーマツではマレーシアの日系企業に対して、様々なリスク管理やガバナンス強化の活動を支援しています。マレーシアにおける事業環境が激化するなかで、新規事業推進、デジタル推進、不正防止の強化、サイバーセキュリティ等検討すべき経営課題の優先順位が変化し、日系企業は新たな局面に立たされております。

本稿は、東南アジア地域、特にマレーシアに進出している日系企業を対象に実施したアンケート結果から得られた示唆やエッセンスを抽出したものであり、今後の皆様の取組みの一助になれば幸いです。

 

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著者:岡本 保治

※本ニュースレターは、2024年5月31日に投稿された内容です。

アジアパシフィック領域でのリスクアドバイザリーに関するお問い合わせは、以下のメールアドレスまでご連絡ください。

ap_risk@tohmatsu.co.jp

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