シンガポールにおける人材流出・人材獲得の困難による人材不足リスクについて ブックマークが追加されました
ナレッジ
シンガポールにおける人材流出・人材獲得の困難による人材不足リスクについて
APリスクアドバイザリー ニュースレター(2023年2月27日)
2022年11月に弊社が実施したサーベイによると、シンガポールにおいては2年連続「人材流失、人材獲得の困難による人材不足」が優先して着手が必要なリスクNo.1となりました。
優先して着手が必要な上位3リスク (TOP3回答)– シンガポール
このリスクについて、シンガポールで様々な経営管理者の方々とお話する中で、下記のような声が聞かれています。
- 採用候補者に提示すべき給与の上昇率が激しいため、期待にマッチする人材を適切な給与で獲得できない。
- 採用候補者に高額の給与を提示せざるを得ないが、その結果、既存の社員との大きなギャップが発生しており、社員の不公平感やモチベーションダウンが発生しかねない状況である。
- 担当者クラスの採用にもかかわらず、給与はマネジャークラスになるケースもある。
- 競合他社が給与を引き上げているため、自社も追随せざるを得ない。追随しない場合は、急激な離職率の増加を覚悟する必要がある。
- コロナ後から人材の流動性が高まっており、自社社員の離職率も上がってきている。また離職者の穴埋めとなる人材が獲得できず、既存業務負荷が高くなっており、その結果社員が辞めるという悪循環が生じている。高スキル者ほど流動性が高く、苦労している。
- 離職者の引継ぎが十分でないため、離職後に既存社員がその対応に追われ、業務効率が下がる。
- Living costとして特に家賃の上昇率が激しく、会社として一時的な手当の増額などの検討を迫られている。
- 就労ビザの発給要件が年々厳しくなってきており、日本からの駐在員や研修生の派遣が難しくなっている。
コロナ後の外出制限解除等で企業活動が活発になり多くの企業でリソース不足が発生する中で、上記の状況がさらに人材不足に拍車をかけている状況が見られます。
これらの状況への対策は非常に難しく、各社で頭を悩まされているという声を聴くことが非常に多くなってきています。シンガポールで地域統括機能や現地法人を運営することの最大のメリットの一つに「優秀な人材を獲得できる」という認識が長らく共有されてきましたが、最近は適切な給与・待遇という条件が満たされなくなってきていることから、その認識を改める必要性も指摘され始めてきています。また、今後の景気動向や大手企業等における雇用環境の変化に大きな影響を受ける可能性が高く、将来を確実に予測することは困難ではあるものの、このような流れは短期的に、例えばコロナ前の状況にまで元に戻ることは考えにくいと言えるでしょう。
このため、これらの状況を一時的な対策のみで場当たり的にしのぐのではなく、中長期的に継続あるいは悪化することも念頭に置いた対策が望まれます。この人材不足のリスクにどう対処すべきか、という点についても多くのお問合せをいただくことが増えていますが、考えられる対策として下記のようなものが挙げられます。
<社員の流出を防ぐ仕組み>
- 適切な評価に基づく適切な処遇
- 昇給・一時的、あるいは恒常的な手当ての増額
- 賞与の増額
- 昇格
- 異動(希望の部署へ)
- 社員のエンゲージメント向上策の強化
- 教育研修機会の充実
- 社内イベントの充実:クリスマスや旧正月等のお祝い行事、社員の家族を呼んでのイベント等
- 社員モチベーション調査による社員の生の声の収集・社員と経営層との対話
- 人事評価制度の見直し(給与テーブルの見直しを含む)
- 従業員の報償制度
- Purposeの設定と浸透、風通しの良い社風づくり
- オフィスの改装・移転
- Diversity &Inclusion 等
特に日系企業においては社員を大事にし、経営層や管理職・社員の距離感を縮めることで社員の帰属意識(エンゲージメント)を高めることや、様々な行事やイベント通じて家族も巻き込んだ一体感を醸成することに腐心されてきた会社も多く、近年は改めてその重要性を認識し、コロナ後から積極的にこのような機会を設けている例もよく聞かれるところです。
また、社員流出後の影響を減らすことを目的とした以下のような取り組みも行われているようです。
<社員の流出した後の影響を最小化する仕組み>
- 自社の機能見直し:地域統括機能等
- 組織における適正人員の見直し(求めるスキル要件や人数、人員構成等について)
- 業務プロセスの標準化・デジタル化による省力化・自動化
- 地域内での機能分散:東南アジア内の他国への機能配置の見直し
- アウトソーシングの活用
- 日本との機能共有
上記の施策は単独で導入すべきではなく、それぞれが連動し合って効力を発揮するものです。シンガポールにおいてどのような機能を持つことが自社にとっての今後の全社的な戦略の中で重要なのかだけではなく、地域を統括することの意義やその際のビジネスモデルについてあらためて検討することも望まれます。
また業務の標準化やデジタル化についても近年非常に関心が高まってきています。これまで、東南アジアでは投資に見合うほどの人件費削減が見込めない等の理由でデジタル投資がなかなか進みにくかった状況もありました。しかし、最近は単なる人件費の削減ではなく、人材流出等を踏まえた事業継続性を確保するための投資であるとの認識が広まってきており、急速にオペレーションのデジタル化の流れが加速してきています。
最後の日本との機能共有については、複数の企業から現在実行段階にある、あるいは検討中、と伺っているものです。シンガポールでの地域統括会社機能などを東南アジアの他国に移管または共有するには相応の準備や移行に関するリソースが必要で、その後の期待効果を実現することへの一定のリスクも想定されます。一方、日本への移管については、業務の内容や特性によってはコストも含めて実現性が高いと考えられている企業が出始めているとの印象です。この施策が今後の大きな潮流となるのかは現時点では見通すことが難しいですが、コロナ以前にはあまり聞かれなかった動きであるため、今後の動向が注視されます。
最後に
上記の通り、この状況への打ち手は様々なものが考えられ、かつ単独ではなく複数の施策を組み合わせた検討が望まれます。前述のサーベイの結果の通り、今やこのリスクはシンガポールおよびアジア全体における日系企業の経営管理者の方々の最大の懸念の一つであるため、短期的な打ち手を講じつつも、当該リスクが長期化することによる自社の競争力低下のリスクに備えるため、腰を据えた対策を講じることが望まれます。
著者:森本 正一
※本ニュースレターは、2023年2月27日に投稿された内容です。
アジアパシフィック領域でのリスクアドバイザリーに関するお問い合わせは、以下のメールアドレスまでご連絡ください。
その他の記事
アジアパシフィック地域のリスクアドバイザリー
アジアパシフィック地域の最新情報|日系企業支援チームのご紹介
Asia Pacific Japanese Services Group (AP-JSG)
アジアパシフィックにおけるサービス体制のご紹介