アジアの製造拠点タイにおけるリスク状況と日系企業の取り組み ブックマークが追加されました
ナレッジ
アジアの製造拠点タイにおけるリスク状況と日系企業の取り組み
APリスクアドバイザリー ニュースレター(2023年2月1日)
タイは自動車、電機機器などの重要な製造業の地域生産ネットワークの中で大きな役割を果たしており、今では東南アジア諸国連合(ASEAN)第2位の経済規模とその立地の優位性から交通と物流の要所となっている。このハブ機能により、タイ政府は、今後も製造拠点としての成長を目指す方針であり、具体的には、2030年までに国内の自動車生産に占める電気自動車(EV)の割合を30%に引き上げ、ASEANのEV生産の集積拠点となることを目指している。政府はビジネス環境をさらに改善し、インフラ整備を進める方針であり、今後も国際的な製造ハブとしての強みを確かなものにしていくものと考えられる。
上記のような背景から、既に多くのグローバル製造業がタイに拠点を構えているが、昨今のCOVID-19や国際紛争など、変化の激しい外部環境の中で、リスクマネジメントの重要性は日増しに高まっている。本稿では、デロイト トーマツ グループがアジアに進出する日系企業向けに実施したリスクマネジメントと不正に関するアンケート結果から、東南アジア(SEA: South East Asia)の生産拠点としてのタイにおけるリスクマネジメント概況とその対策を紹介したい。なお、この調査結果は、2022年10月から11月にかけてSEA地域全体(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ベトナム、ミャンマー)で537社、タイで168社の日系企業の経営層や現場社職員にご回答いただいた結果を基にしている。
優先して着手が必要な上位3リスク – SEA
優先して着手が必要な上位3リスク - Thailand
SEAとタイの結果を比較すると、上位5位までのリスクの種類に変わりはない。一方で、SEAでは1位の「原材料ならびに原油価格の高騰」が30%程度に留まるのに対し、タイでは40%を超えている点が国際的な生産ハブとしてのタイの特徴である。また、SEAでは、「テロ、政治情勢」に関するリスク順位が2022年度にかけて急上昇しているが、タイにおいては「サイバー攻撃・ウイルス感染」への関心の高まりが大きい。以上の違いも含め、タイにおける優先して着手が必要な上位リスクに関し、ポイントは3つ挙げられる。
① 原材料ならびに原油価格の高騰(1位)、人件費高騰(4位)とインフレ関連リスクが上位
COVID-19が収束に向かう中、世界各国と同様にタイでも需要が増加する局面であったが、それに加え、近年の国際紛争により、食品やエネルギーを中心に物価上昇が生じた。また、タイでは2022年10月に労働者の最低賃金引上げが実施され、その引上げ幅は過去10年間で最大になった。このようなインフレ関連リスクに対して製造業を中心に懸念が高まっていると見られる。
② COVID-19の収束に伴い、人材流出、人材獲得の困難による人材不足が2位
COVID-19感染拡大時期から、タイでは製造業における外国人労働者の不足が顕在化した。タイの製造現場は、ミャンマーやカンボジアからの労働者が下支えしてきた背景がある。この状況は、製造業だけでなくタイの主要産業の1つである観光業についても同様である。また、タイは東南アジア諸国の中で、最も急速に少子高齢化が進んでおり、今後も継続して国内労働力の確保が難しくなっていくと考えられる。
③ サイバー攻撃・ウイルス感染等による大規模システムダウン(9位)・情報漏えい(10位)が、昨年度から大きく順位を上げてランクイン
タイでは昨年度から大きく順位を上げて10位以内に入ったトピックである。人材不足やコスト高を背景に、タイの製造業ではロボットによる自動化などのOperational Technology (OT)の導入が進んでいる。一方、生産ラインの立上げや稼働継続を優先した結果、セキュリティ対応が遅れ、製造業で不正アクセスによる操業停止やセキュリティインシデントなどの事故が発生している。今後もIT・設備投資が増える中で、確実に伸びていくリスクトピックと考えられる。
今後一年程度を見越して必要なリスク対策 - Thailand
具体的な今後一年程度を見越して必要なリスク対策は、以下の3つが上位にランクインした。
① コスト削減
インフレ関連リスクが重要視される中で、タイの製造拠点においてもIT・設備投資によりオペレーションの効率化を図っている。一方で、コストが圧縮されるほどの削減は難しいのが現状で、コスト増の一部を軽減する程度に留まっているケースも少なくない。また、コストという観点では、COVID-19や国際紛争を背景に、目先のコストを増やしても「調達先の分散化や製造工程のロバスト性向上」といった、事業継続性の向上を優先する動きも見受けられる。
② 人員育成計画の見直し
タイの製造業では、安価な労働力に頼ったオペレーションが組まれてきた側面がある。一方で、昨今の人件費の高騰や人材不足を背景に、人員の”質”を高め、生産性向上に繋げようという企業が増えている。同時に、標準化やデジタル化による人手に頼らないオペレーション構築と人員計画見直しに取り組む企業も多い。
③ 企業戦略の見直し及び新商品・サービス開発
タイはEV生産のハブとなることを目指しており、国際的なビジネスハブとしての魅力を高めてきている。それと同時に、自動車産業を中心に競争が激化していくことが見込まれており、アジア域における企業戦略の見直しや、EVをはじめとした新たなマーケットへの新商品・サービス開発にも取り組む企業が増えている。特に、これまでは日系企業が製造業のマーケットの中心を占めてきたが、中国系自動車メーカーがバッテリー電動車(BEV)の現地生産計画を相次いで発表するなど、中国系製造業の存在感が目立っている。
アジアにおける不正の発生状況 – SEA, Thailand
SEA全体に関して言えば、年々不正発覚の有無は減少傾向にある(表1)。勿論、日系各社の内部統制・不正コンプライアンス強化も改善要因として考えられるが、不正が巧妙化したことで、発覚されないケースも存在する。実際にタイの結果では、内部統制強化は、昨年から引き続きリスク対策として上位(5位)に位置しており、依然として改善の余地が残されている状況が示唆される。
また、不正の種類(表2)に目を向けると、製造拠点が多いタイでは、在庫・購買・経費といった物理的な金銭・物品が伴う不正が多い。また、2022年の結果の特徴としては、賄賂、談合・カルテル、現預金の窃盗が増えていることが挙げられる。COVID-19が収束し、オフィスワークが戻ってきたことで、対面による不正機会が増加したものと考えられる。
タイにおける不正発見は内部通報が多い。最近では、内部窓口を外部に移管することで匿名性を高める仕組み作りや、デジタルツールを活用し効率的に通報可能な仕組みを取り入れる企業が増えてきている。加えて、業務プロセスによる統制により、データを活用した不正モニタリングを実施するケースも増えている。このように、海外の日系企業においてもデジタルを活用したアプローチが浸透し始めている。
最後に、デロイトではタイの製造系日系企業をはじめとして数多くのリスクマネジメント支援を行ってきた。タイは、冒頭にも記載したように、今後もASEANの製造拠点として発展していくと考えられる。一方で、これまで日本が存在感を示してきた自動車産業を主として国際的な競争環境が激化、インフレやサイバーセキュリティなど検討すべき経営課題は昨年から変化し、日系企業は新たな局面に立たされている。本稿は、SEA地域、特にタイに進出している日系企業を対象に実施したアンケート結果から得られた示唆やエッセンスを抽出したものであり、今後の皆様の取り組みの一助になれば幸いである。
著者:畠山 多聞 ・ 多知 裕平
※本ニュースレターは、2023年2月1日に投稿された内容です。
アジアパシフィック領域でのリスクアドバイザリーに関するお問い合わせは、以下のメールアドレスまでご連絡ください。
その他の記事
アジアパシフィック地域のリスクアドバイザリー
アジアパシフィック地域の最新情報|日系企業支援チームのご紹介
Asia Pacific Japanese Services Group (AP-JSG)
アジアパシフィックにおけるサービス体制のご紹介