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タイにおけるESG動向とサステナビリティ経営

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2021年12月6日)

タイにおけるサステナビリティ動向

2015年に国連本部が採択したSDGs(持続可能な開発目標)と気候変動に関するパリ協定。これらのサステナビリティ・イシューを巡る議論が国際的に大きなうねりを作り出しており、それは東南アジア、そしてタイにおいても例外ではない。

2021年11月に英国で開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第26回締約国会議(COP26)においても、タイのプラユット首相は世界リーダーズサミットでタイ国の気候変動対策への取り組み強化を表明した。首相は、タイは気候変動問題を最重要課題と認識しており、次世代の未来のためと、世界共通の目標を達成するため、世界の全ての国・セクターと協力する用意があることを強調した。

タイはパリ協定を批准した最初の締約国の1つである。その背景にはタイの温室効果ガス(GHG)排出量は世界全体の0.72%と少ないものの、大気汚染が深刻であるワースト国の1つであったことが挙げられる。タイは国別気候変動緩和行動(NAMA)目標により、2020年までにエネルギー・輸送部門からのGHGを最低7%削減するとしていたが、2019年には2倍以上の17%削減を達成。タイは「自国が決定する国別削減目標(NDC)貢献」と「長期低排出発展戦略(LT-LEDS)」を国連事務局に提出しており、これらの計画を国全体と地方自治体の双方で計画を推進していくとした。

首相は今回、2050年までに「カーボンニュートラル」、2065年までに「ネット・ゼロ・エミッション」達成を目指すという新たな目標を述べ、あらゆる手段で気候変動課題に取り組むという強い意志を表明した。適切かつタイムリーな技術移転や国際的な支援、グリーンファイナンス制度の利用促進などにより、NDCを40%まで増加させ、加速させることが可能だという。タイは2022年のAPEC議長国でもあり、バイオ・循環型・グリーン(BCG: Bio-Circular-Green)などをAPECサミットの主要議題に取り上げるものと考えられる(タイ政府発表を筆者仮訳)。

BCG経済モデルはタイ政府の重要なテーマとなっている。COP26に先立って、2021年初に策定された「2021-2026 BCG Strategic Plan」では下記戦略(要旨)が示されており、タイが「中進国の罠」を脱却し、国民(特に農業セクターに従事)の所得を創出することの重要性が強調されている。

  1. 保全と利用のバランスをとることでの生物資源の持続可能性の促
  2. 資源、資本、創造性、技術、生物及び文化的多様性を活用した製品・サービス価値の創出、コミュニティがバリューチェーンを高めることでの地域経済強化
  3. Green Manufacturing にフォーカスした知識、技術及びイノベーションによる、タイBCGインダストリーにおける持続可能な競争力の強化・促進
  4. グローバルな変化に対する回復力(レジリエンス)の構築

同時に国内法整備に向けた動きとして、気候変動への対応および持続的開発を促進すべく “Climate Change Act” の制定準備も進んでおり、現在ONEP(The Office of National Resources and Environment Policy and Planning)がパプリックヒアリング等を進めている。同法案には「企業が温室効果ガスに関するデータ準備及び提出義務(Section 27)」や「正当な理由なく未提出の場合には罰金(Section 48)」が規定されており、今後は、タイ現地法人においても気候変動をはじめサステナビリティに関連する規制対応やディスクロージャー要請が増えてくることが想定される。

他方、日本の上場会社に適用されるコーポレートガバナンスコードの改訂(2021年6月)において、サステナビリティ課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であることが示されている。さらにプライム市場においては、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益に与える影響について、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)等に基づく開示の質と量の充実を進めるべきと示されていることから、上場会社はグループ子会社を含めた対応が要請される。したがってタイ現地法人は上述のサステナビリティ動向と合わせて、親会社のグローバル方針に基づいた対応を推進することが求められている。

サステナビリティ経営実践に向けたアプローチ

グローバル先進企業は、サステナビリティ・イシューを経営戦略上の重要課題と捉え、見直しを進めている。同課題に関して中長期的な観点から「リスク」と「機会」を把握し、サステナビリティ経営を実践に移すためには(1)社会課題に優先順位をつけて経営戦略へ落とし込み(2)同戦略の成功に向けて業務オペレーションレベルで変革、(3)投資家・ステークホルダーとの関係構築に尽力することが重要と考えられる。

(1) 社会課題に優先順位をつけて経営戦略へ落とし込む

経営戦略にサステナビリティを統合するため、まずはマテリアリティ(重要課題)として自社が解決に貢献できる社会課題を特定する必要がある。戦略統合に際しては、グローバルでの大きなトレンドとして市場で競争力を発揮する要素が「機能・品質・価格」などの商品・サービス特性から、「大義力」「ルール形成力」にシフトしてきている点に留意すべきであり、先行する欧米企業がこれらのトレンドを機会と捉え、着々と新たなゲームチェンジを進めていることを認識しておく必要がある。

(2)業務オペレーションレベルで変革

戦略的施策が失敗に至る多くのケースは、組織の末端まで「明確な方向性が見えていない」あるいは「トップマネジメントが戦略達成に本腰が入っていない」と受け止められる場合である。社会課題の中から自社にとって重要な課題(マテリアリティ)を特定した上で、経営ビジョン、事業戦略、イノベーション・新規事業戦略、コーポレートブランド戦略、研究開発戦略や調達・サプライチェーン戦略等と各KPIを設定し、各事業・機能の業務オペレーションのレベルまで落とし込むための変革の必要がある。また、同責任を果たすメカニズムを組織全体に広げるためには取締役会の下、適切な役割・責任・権限を付与した担当部署を設置することが重要であり、先行企業ではサステナビリティを取締役会の役割や幹部報酬に組み込んでいる事例も見受けられる。  

(3)投資家・ステークホルダーとの関係構築

ESG格付のみを追求することは避ける必要があるが、株主/投資家との「エンゲージメント」は引き続き重要である。R&D活動を重視する企業がESG課題を戦略に組み込み、その成果報告を約束することで、長期保有を前提とした株主構成へと顔ぶれを変化させた取り組みは大変に興味深い。また、サステナビリティ・イシューを一社単独で推進することは難しいため、取引先・政府組織・NGO等と協働することで「エコシステム」を構築することも重要となる。例えば、環境負荷の高い原料を取り扱うセクターでは、ビジネス慣行を問題視する行政・NGO等と協調して調達ルール形成を主導しつつ、自社サプライヤーともいち早く連携しサステナブルな調達方法を確立することで、課題解決と競争優位性の構築の両立を実現している現実を直視する必要がある。加えてアジア諸国では、人権デューデリジェンスに関する知識不足や対応の遅れに起因して、日系企業が現地ビジネスから締め出されるといったリスクがあることにも十分に留意すべきである。

上述のアプローチは、グローバルレベルの企業グループ全体として実践することが重要である。すなわち、戦略策定や業務変革モデルのデザインはグローバル本社がリードする一方、現地法人においてはASEANビジネスの前線における情報収集や事業インパクトの評価、投資実行、そして現地政府機関・取引先との関係構築といった役割を分担したうえで、グループ体として機能させていくことが必要である。特に、社会課題の前提となる目前の現実認識、そして社会情勢の流れや地域固有のトレンドの把握(例:人口動態、政治、人種・宗教、環境問題など)に関しては、日本とASEAN・タイとの間で大きく異なるケースも想定されることから、冷静かつ客観的にアンテナを張り続けることが重要となる。改めてASEAN・タイのマーケットを俯瞰したときに、自社のマテリアリティ(重要課題)は何なのか。グローバル本社と現地法人が連携し、サステナビリティ経営変革に向けた歩みが強く望まれるところである。

デロイト トーマツ グループではこれまで数多くのサステナビリィ経営実現に向けた支援を行ってきた。本稿もグローバルレベルでの戦略立案、業務変革及びマルチステークホルダーとの関係構築に向けたプラクティスから得られた示唆やエッセンスを抽出したものであり、皆様の取組みの一助になれば幸いである。

 

本稿に関連するデロイト トーマツ グループのサービスのご紹介

  • サステナビリティに関する各国政策、規制等の調査
  • 気候変動シナリオ分析支援
  • マテリアリティ分析、ロードマップ策定支援
  • TCFD対応及びディスクロージャー支援
参照:

東南アジア地域におけるESGに関する動向(1)

著者:畠山多聞
※本ニュースレターは、2021年12月6日に投稿された内容です。

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