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地政学リスクに係るシナリオプランニングの進め方

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2024年2月29日)

現代のビジネスはますますグローバル化しており、多くの企業が国際市場で活動しているため、異なる国々の政治的、経済的な状況が自社のビジネスに大きな影響を与えるケースが増えています。例えば地政学的な緊張が高まると、経済制裁や貿易障壁が設けられることで、特定の市場へのアクセス制限や、特定のサプライチェーンの寸断、またはコスト増加の可能性など様々な問題が発生します。

2024年は地政学的な視点からどのような年になることが予想されるでしょうか?2024年は世界的に例年よりも多くの国々で国政選挙が予定されており、史上かつてないほど多くの有権者が投票所に向かうことが予想されます。

今年実施される主な選挙

アジア

ヨーロッパ

中南米

1月13日:台湾総統選挙

2月8日:パキスタン総選挙(下院)

2月14日:インドネシア大統領選挙

4月~5月:インド総選挙

7月7日:東京都知事選

9月:自民党総裁選

3月17日:ロシア大統領選挙

6月6~9日:欧州議会選挙

11月5日:米国大統領選挙

6月2日:メキシコ大統領選挙

(参考:各種報道)

今年は世界中で選挙が実施されることにより、これまでの世界各国のいたるところで政権が変わる可能性があり、その結果国の政策が変わり、ビジネスに大きな影響を与え、想定外の状況を引き起こす可能性も考えられます。近年の地域紛争も含め今年は例年にも増して地政学リスクに対する備えをする必要があるのではないでしょうか。

一方、企業の実務において様々な課題も見られます。例えばシンガポールやタイ、マレーシア等においては、東南アジアのビジネスの重要性や地域内での多様性を考慮し、地域内での意思決定のスピードや精度を高めると共にガバナンスを強化する等の目的で地域統括機能を担うよう本社から求められている会社が多くありますが、その責任を担う会社担当者から「統括機能を担うよう求められているが具体的にどのようなことをしたらよいか分からない」といったお話を耳にします。よく話を伺ってみると、そもそも本社からの指示が明確ではなく、地域統括としてどのような役割、責任が求められているのか、わかり辛い状況が散見されます。本社、地域統括会社、事業会社がある中でそれぞれの会社が地政学リスクを含めたリスクに対してどの会社がどこまでどのようにしてリスク対応をするか十分なコミュニケーションが実施されていないことも一因として考えられます。十分なコミュニケーションが実施されない要因として、言語の違い、文化的な違いが考えられます。組織の構造が複雑である場合、特に大企業では、指示が複数の階層を通過する際に、その内容が変更されたり、曖昧になったりすることがあります。そもそも本社が自らの戦略的方向性について明確でない場合、その不確実性が地域統括会社への指示に反映される可能性があります。または本社が地域統括会社に一定の自律性を与えている場合、意図的に曖昧な指示を出している可能性も考えられます。現代はVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)時代と呼ばれ、テクノロジーの急速な発展、自然災害、グローバル化等が進んだことにより、未来の展望が描き難い時代になっていることも本社からの指示が明確ではない理由として考えられます。ではどのようにしたらこのような不確実で先が見え難い時代に対処できるでしょうか?

 

未来を見える化するシナリオプランニング

シナリオプランニングは、将来の不確実性に対処するための戦略計画の方法の一つです。このアプローチでは、複数の異なる未来のシナリオ(仮想的な将来のシナリオ)を作成し、それぞれのシナリオが現実になった場合に組織が取るべき行動を考察します。シナリオプランニングの目的は、将来起こりうる様々な状況に対して、組織がより柔軟で対応力のある計画を立てることです。未来を確実に予測することは不可能ですが、シナリオ思考により異なる将来への戦略的な備えをすることは可能となります。

シナリオプランニングの歴史は、20世紀中盤にさかのぼります。1970年代に入ると、特にオランダの石油会社がシナリオプランニングをビジネス戦略の一部として採用しました。1973年の第1次オイルショックを乗り越えることができたのは、石油市場の不確実性に対応するために複数の経済シナリオを開発し、リスクに対応することができたためといわれています。

 

シナリオ思考のメリット

「従来の将来予測とシナリオ思考は何が異なるのか?」と疑問に思う方もいると思います。従来の将来予測とシナリオ思考は、未来を考える上で異なるアプローチをとります。主な違いは以下の通りです。

  1. 未来像:従来の将来予測はデータやトレンド分析に基づいて、一つの特定の未来像を提供することが多いです。これは「最も可能性の高い未来」と見なされることがあります。一方、シナリオ思考は、複数の異なる未来シナリオを考慮します。これにより、未来の不確実性と多様性に対処することができます。
  2. アプローチ:従来の将来予測は、数値データや統計モデルを用いて、将来の特定のアウトカムを予測します。一方、シナリオ思考は物語やストーリーテリングを通じて、異なる未来の可能性を探求します。これにより、量的データだけでは捉えられない要素を考慮に入れることができます。
  3. 思考:従来の将来予測は、過去のデータや現在のトレンドを基に未来を予測します。そのため、予測は過去の延長線上にある未来を示す傾向があります。一方、シナリオ思考は、異なる要因が相互にどのように作用するかを考慮します。これにより、より複雑で相互依存的な未来の可能性を探求することができます。
  4. 不確実性:従来の将来予測は、未来が予測可能であるという前提に基づいています。そのため、不確実性や予期せぬ変化に対しては柔軟性が限られていることがあります。一方、シナリオ思考は、未来が本質的に不確実であり、予測不可能であることを受け入れます。そのため、組織が予期せぬ変化に対してより柔軟に対応できるようにします。

従来の将来予測は「何が起こるか」に焦点を当て、単一の未来像を提供するのに対し、シナリオ思考は「何が起こりうるか」に焦点を当て、複数の未来像を探求し、不確実性を前提とします。シナリオ思考は複雑で変化が激しい環境において、より包括的かつ戦略的な意思決定をサポートするのに適しています。

 

シナリオプランニングの全体像

地政学・安全保障、人権、サプライチェーン等、リスクインテリジェンス対応として想定されるテーマは多岐にわたりますが、ここでは地政学・安全保障に係る「A国有事」を例にシナリオプランニングをご紹介します。「A国有事」に関するインテリジェンス理解を出発点として、事業戦略達成の前提条件を左右する可能性のあるドライバー、シナリオ素案を策定の上、各シナリオの展開の中でドライバーに生じうる変化の幅から、インパクトの大きなシナリオや事業領域を検討します。

事業戦略達成の前提条件に対して、重要な影響を与える要素=ドライバーD1~D5を抽出します。

ドライバーを検討する際に、以下表内①でA国有事の際に影響があるA国事業、B国事業の財務構成を分解し、それぞれの売上、コストが現状のビジネスからどのような影響を受けるか考慮し、ドライバー案を設定します。例えば「特定企業との取引に注力し、売上拡大をしようとしている」状況が現在あれば、「主要顧客への依存」をドライバーとして策定することが考えられます。同じ要領でその他の現状のビジネスについても照らし合わせてドライバー案を検討します。

参考:ドライバー案検討イメージ 上記で抽出したドライバーのうち、事業戦略達成のための前提条件に影響を与える可能性のあるドライバーを特定します。例えば事業戦略達成のための前提条件として「2030年までに海外売上高1000億円、海外売上高比率50%達成」があるとすると、前提条件を左右する可能性があるドライバーは「D1主要顧客への依存」、「D3 B国半導体国産化政策に関連した顧客との関係」、「D4B国・大手ゼネコンとの関係」、「D5重要戦略資材の調達」があげられます。

シナリオはメインシナリオ・サブシナリオに整理の上、各シナリオにおけるドライバーへの影響を精査します。例えばメインシナリオのA国における一定の軍事衝突がある場合、「D1主要顧客への依存」への影響として、「A国における事業展開の困難」があげられます。また「D4B国・大手ゼネコンとの関係」、「D5重要戦略資材の調達」への影響として、それぞれ「B国系企業との取引への制裁」、「海上輸送の混乱に伴う資材調達の遅延」があげられます。

変化の速い現代社会において、四半期~年次などの従来型のPDCAサイクルのみに依拠するのではなく、作成したシナリオは即時に陳腐化する自覚を持ち、変化を短期サイクルで捉え続ける仕組みを持つことが重要です。

 

シナリオプランニングを用いたワークショップ

シナリオプランニングの進め方について解説してきましたが、聞いただけではなかなか実際の業務に落としこんで対応するところまで進めることは難しいことが想定されます。話を聞いただけでは「良い話を聞いた」で終わってしまい、その後のシナリオプランニングを活用した具体的なリスク対策に進めることができずに終わってしまう懸念があります。リスクシナリオを用いたワークショップを実施することにより、ワークショップ内では参加者自身がリスクシナリオを作成し、そのリスクシナリオに基づいて、ステークホルダーの動向を整理し、例えば売上・原価にどのような経路で影響するのかご検討いただきます。参加者自身が作成したリスクシナリオが事業にどのような影響があるか検討し、どう対処するか参加者自身が熟考することにより、地域統括会社の担当者が対応すべきリスクの理解につながると考えています。マネジメントの重責に日々向き合っている皆様の取り組みの一助になれば幸いです。

参考:ワークショッププログラム

参考:ワークショップイメージ

 

著者:川門 正幸

※本ニュースレターは、2024年2月29日に投稿された内容です。

アジアパシフィック領域でのリスクアドバイザリーに関するお問い合わせは、以下のメールアドレスまでご連絡ください。

ap_risk@tohmatsu.co.jp

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