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SEAにおける地政学リスクを踏まえたサプライチェーンリスクのマネジメント

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2023年1月30日)

地政学リスクの急速な高まりとその備え

貴社は、地政学リスクによるサプライチェーン断絶への備えは万全だろうか?

最近よく耳にすることが多い地政学。だがその意味するところを貴社ではしっかり把握されているだろうか。

まず地政学とは、国の政策について環境や風土などの地理的な観点から研究する学問と理解されることが多い。そして地政学リスクとは、その地理的な位置関係により、ある特定地域の政治的・軍事的・社会的な緊張の高まりが、その特定地域の経済、さらには世界経済全体の先行きを不透明にするリスクを指すと一般的に理解されている。地政学リスクの高まりは、テロや地域紛争を懸念する観点から、原油価格や為替通貨の変動をはじめ、サプライチェーンの断絶などを招き、消費者心理や企業の投資活動など世界経済に悪影響を与える可能性がある。

デロイト トーマツ グループでは、毎年アジアに進出している日系企業を対象に「リスクマネジメントおよび不正の実態調査」を実施しているが、その直近の結果(2022年10月~11月調査)によると、「為替変動」は前年から10ポイント以上、また「中国・ロシアにおけるテロ、政治情勢」・「東南・南アジアにおけるテロ、政治情勢」はともに5ポイント以上上昇する結果となった。本調査は、10か所のアジア地域に進出している日系企業の経営者、または財務・経理部の方、700名以上にご回答いただいた結果であり、貴社としても地政学リスクに本腰を入れた対応を検討することに一考の余地があるだろう。なお調査結果について詳しく知りたい方は、本ニュースレター下部の連絡先までご一報を頂きたい。


優先して着手が必要な上位3リスク (All Asia, 2022年TOP10推移)
(前年との順位比較のために、今年の調査項目を前年の調査項目に合わせて集計)

優先して着手が必要な上位3リスク (All Asia, 2022年TOP10推移)

皆様のなかで最も記憶に新しい地政学リスクといえば、2022年の国際紛争かもしれない。確かにそのインパクトは衝撃的だった。サプライチェーンに与えた影響に限れば、最も喫緊の脆弱性は主要農産物、天然ガス、原油であった。今回の紛争で影響を受けた国は農業大国も含まれており、世界の小麦貿易の25%以上、大麦輸出の30%を占めている。しかし影響はさらに拡大していた。また、世界の白金族元素(パラジウムを含む)の供給量の30%を占めるなど重要な鉱物の大切な供給源が含まれていたこともあり、これらの鉱物には米国内務省が国の経済的・国家安全保障上の利益に不可欠だと考える資源を含んでいた。上記の内容については、デロイト トーマツ グループがグローバルでのインサイトをまとめているプラットフォームに当該国際紛争によるサプライチェーンへの影響を指摘したレポートがあり、そこで詳細が述べられている。オリジナルは英語となり下記サイトから確認が可能だ。

Russia-Ukraine supply chain impact | Deloitte Insights

しかし上記以外の地政学リスクも含め、貴社はサプライチェーン断絶に対するリスクへの備えは万全だろうか?


直近のトレンド

地政学リスクにおける直近のトレンドとして把握しておくべきトピックは何だろうか。もちろん業種や展開地域にもよるが、いくつか代表的な内容を確認しておきたい。

VUCA時代の地政学情勢マップ

VUCA時代の地政学情勢マップ

※ 地政学事象オブジェクトの範囲はイメージであり、各オブジェクトの地図上における展開範囲と、実際の地政学事象の展開・発生範囲が正確に対応するわけではありません
※ 地政学事象はデロイト トーマツ グループ独自の目線で抽出していますが、地政学事象の網羅性を担保するものではありません


SEAでは米中貿易摩擦や台湾有事、習近平体制の確立・一帯一路政策、第3極としてのインド台頭、タイ・ミャンマー軍政問題、インドネシア経済の成長・大統領選・首都移転などが挙げられる。また他には経済安全保障法に基づくサプライチェーン強靭化や、関税・FTA等の再検討なども考えられる。どのトピックを見ても、様々な事象が複雑に絡み合っており、予め注意を払っていなければ迅速な対応は困難だ。


地政学リスクを踏まえたSEAにおけるサプライチェーンリスクのマネジメント

特にSEAは各国の歴史的背景やビジネス慣習、規制や法律が異なる地域であり、一口に地政学リスクといっても、その意味合いも、貴社のサプライチェーンに与えるインパクトも異なると想定される。これらのリスクを事前にアセスメントしておかなければ、いざ有事が発生した際、貴社(日本本社や地域統括会社等含む)としてその状況に迅速かつ適切に対処することは現実的に厳しいのではないだろうか。

さらに東南アジア各国は法令改正の頻度が高いことや、その執行状況自体も不透明なケースがあり、現地での情報収集すら困難な場合がある。上記の状況を踏まえると、事前の適切なリスクの管理が極めて重要である

国際紛争を題材にしたデロイト グローバルのインサイト

Deloitte Insights

地政学リスクに対する危機意識は、世界各地で急速に高まっている。その事例の一つとして、先ほど本文にて紹介もしたが、デロイト トーマツ グループがグローバルでのインサイトをまとめているプラットフォーム(Deloitte Insights)に、国際紛争によるサプライチェーンへの影響を指摘したレポートがあり、本ニュースレターでも触れることとしたい。

本レポートの筆者であるJimは、今回の紛争によるサプライヤーの混乱は、グローバルなサプライチェーンをさらに弱体化させると述べており、そのリスク対応のカギはサプライチェーンの全体像の把握だと述べている。しかし貴社では、その実態がどのようになっているのか、確実に把握出来ているだろうか。

彼は、デロイトが最高調達責任者を対象に実施した最新の年次調査結果について次のように述べている。
「回答者の70%がTier1サプライヤーのリスクを十分に把握していると考えていましたが、Tier2以降について同様の自信を持っている回答者はわずか15%でした。」

つまり、直接取引のあるサプライヤーでさえ十分に把握している企業は70%しかなく、2次以降のサプライヤー管理についてはほとんどの企業が出来ていない状況(15%)ということだ。Tier2以降のサプライヤーも含めそのデータを収集し、リスクを評価・管理し、モニタリングできる体制を構築していく必要があるのではないだろうか。

貴社がこれまでに構築してきたサプライチェーンについて、すぐにその設計や運用を変更することは現実的ではないかもしれない。もし変更するとしても、その実現には何年も要することが容易に想像できる。しかし今すぐ実行できるアクションとして、Jimは10のリスクについて今すぐ管理を始めることを提案している。詳細は彼のレポートをご覧いただきたいが、今回はその中から3 つのリスクをピックアップしポイントを記した。貴社における大局的な観点からのリスク検討に役立てて頂ければ幸甚だ。


3つのリスク

  • リスク管理の枠組みとシステム

ほとんどの企業は、COVID-19に対応する事前の準備ができていなかった。そのことを振り返り、サプライチェーンリスクのマネジメントに関する打ち手を整理された企業もあったかと想定するが、果たして今回の国際紛争による影響に対し、適切なリスク管理の仕組みが整っているだろうか。

  • テクノロジーを使用したTier2以降のリスク理解

レジリエントなサプライチェーンを構築には、サプライチェーン全体像の見える化が重要だ。前述のデロイトのCPO(最高調達責任者)調査によると、Tier1サプライヤー層のリスクを予測できると感じている企業は比較的少ない(26%)。これらのリスクの特定には人工知能や機械学習、高度な分析の活用が効果的であり、適切なタイミングでのデータの見える化、プロアクティブなアラートなどを通じて、俯瞰した洞察とともにリスクの高いサプライヤーなどを把握することが必要だ。

  • グローバルなシナリオ計画

2023年現在、紛争の期間と規模は未だ不確実な状況であり、サプライチェーンに与える影響だけでなく、さらなる制裁や政府介入の可能性への影響も同様である。企業は、この紛争に関するシナリオを評価し、中長期的な行動方針を決定する必要がある。

 

SEAにおける該当リスクとその具体的対応

SEAでのインパクト

特にSEAでは、リスク管理の枠組みとシステム、グローバルなシナリオ計画は勿論だが、テクノロジーを使用したTier2以降のリスク理解が重要である。冒頭でも述べたが、SEA各国の歴史的背景やビジネス慣習、規制や法律はマーケット毎に異なっており、また法令については改正の頻度が高いだけでなく、その執行状況も不透明なケースがある。そのため有事の際にいざサプライチェーンに関する情報を集めようとしても、迅速な対応は厳しい可能性が高い。サプライチェーンリスクに確実に備えるためにも、これら3つのリスク管理は具体的に検討することが重要である。


具体的なリスク管理に向けて

例えば「リスク管理の枠組みとシステム」や「グローバルなシナリオ」については、外部環境の大きな変化に潜むサプライチェーンリスクや、内部環境として企業の戦略・経営に潜むサプライチェーンリスクへの対応を明確にすることが肝要だ。外部・内部の情報分析により、サプライチェーンのどこでリスクが起きうるのか把握し、そのリスクが常に想定内に収まるようモニタリングをすることにより勝ち筋を見出すことが必要だ。

サプライチェーンリスクの考え方(イメージ)

サプライチェーンリスクの考え方(イメージ)

具体的には、今後想定される地政学リスクのうち、特に貴社のサプライチェーンへの影響が大きいと思われる要因を中心に分析を進める必要がある。そしてこれらのリスクシナリオをもとに、サプライチェーン上のリスクを抽出し、対応することが重要である。

サプライチェーンに影響を与えるリスクシナリオ(イメージ)

サプライチェーンに影響を与えるリスクシナリオ(イメージ)

次に「テクノロジーを使用したTier2以降のリスク理解」については、サプライチェーンリスクの可視化・透明化が肝要だ。これまで述べてきたように、今後はTier1のみならず、Tier2以降のサプライヤー管理まで求められてくる可能性が高い。そのためにはリスクを可視化し、その評価とモニタリングが重要だ。

具体的には、サプライチェーンに関するデータ収集やリスク評価を行い、最適な管理ツール導入のための検討が必要だ。リスク評価は、収集した各種データやリスクデータに評価ロジックを組み合わせて実現し、ダッシュボード管理できるようにすることでTier2以降のリスクをしっかり把握することができる。

サプライヤー管理の現状・課題

サプライヤー管理の現状・課題

 

ネクストアクション

本ニュースレターでは多様なリスクを指摘してきたが、いかがだったろうか。サプライチェーンを取り巻く環境は常に変化し、その全てに完璧に対応することは難しいことかもしれない。

大切なことは、自社にとって重要なリスクは何かを特定し、そのうえで対策を検討・実装することだ。不確実性を含むからこそ、状況を自社なりにコントロールできるように備えておく必要がある。またリスクを特定・評価したあとは、現場を巻き込んでその仕組みを実装する必要がある。日本本社内の調整に加え、東南アジア各国の法律や商習慣を踏まえたインプリメンテーションは、非常に困難かつ負担の大きいものになると想定される。

貴社での取組みにおいて、プロフェッショナルの第三者目線での意見交換や、様々な業種・業態の事例などが必要になった際は、いつでもデロイト トーマツ グループに問い合わせを頂きたい。私たちはSEA各国に駐在員を配置し、貴社の日本本社とSEA各国拠点の双方を、ONE TEAMで支援することが可能だ。興味がある方はぜひお気軽にご連絡を頂戴できれば幸いだ。

著者:渡辺 佑己
※本ニュースレターは、2023年1月30日に投稿された内容です。

アジアパシフィック領域でのリスクアドバイザリーに関するお問い合わせは、以下のメールアドレスまでご連絡ください。

ap_risk@tohmatsu.co.jp

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