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サプライチェーンにおける人権リスクと東南アジアにおける実務対応

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2023年10月31日)

サプライチェーンにおける人権リスクと規制動向

地政学リスクの高まりやサステナビリティ規制の拡大を受け、サプライチェーン全体を通じたリスクマネジメント、環境・人権・労働課題の改善に取り組むことがグローバルレベルで求められています。特に、サプライチェーン上の人権課題については、国際連合人権理事会における「ビジネスと人権に関する指導原則(2011年)」や「英国現代奴隷法(2015年)」を皮切りにEU並びに欧州各国においてもデューデリジェンスを義務付ける法制化が進んでおり、それに歩調を合わせる形でESG格付け機関等も各企業での人権に関するリスクマネジメントや取組みを注視しています。

日系グローバル企業においても、自社の事業活動や製品・サービスが人権を侵害している事実が判明した結果、グループ全体やTier1サプライヤーのみならず、Tier2以降を含めたサプライチェーン全体に対して説明責任を問われるような事態も生じています。人権課題への対応の遅れは拠点規模の大小を問わず、グループ全体のレピュテーションや訴訟リスクにつながり、事業継続そのものに大きな影響を及ぼすおそれがあることを改めて認識する必要があるといえます。

 

<人権をめぐる欧州・豪州の法規制>

国・地域

法規制

概要

英国

現代奴隷法に基づく声明の公表(2015年)

  • 一定売上高以上の企業(日本企業も対象)にサプライチェーン上に奴隷労働や人権取引がないことを確実にする対応に関する声明の公表を義務づけ。違反の場合、無制限の罰則となる可能性
  • 2021年3月にレジストリへの声明登録を開始、将来的には義務化される方針

EU

CSDDD(コーポレート サステナビリティ デューデリジェンス指令)案(2022年)

  • 対象範囲は「バリューチェーン」とし販売先まで含まれる方向
  • EU域内で活動する企業が対象となるため日系企業も対象となる可能性がある

企業持続可能性指令案の発表(2021年)

  • 年次報告書で、環境・人権・ガバナンス等に係る情報開示を求める現行の「非財務情報開示指令」を改正し対象企業を拡大

豪州

現代奴隷法(2018年)

  • 適用企業(日本企業も対象)はリスク評価の手法などを報告する義務がある
  • 事業とそのサプライチェーンに存在する現代奴隷のリスクの分析・評価と対処措置、また当該措置の有効性に関する分析・評価の開示が求められる

(参考:日本貿易振興機構(ジェトロ)(外部サイト)「『サプライチェーンと人権』に関する政策と企業への適用・対応事例」(改定第6版)および「米ウイグル強制労働防止法に基づく輸入禁止措置」 (2021年6月))

 

東南アジア拠点における対応の必要性とアプローチ

このような事業環境下、人権法制化を進める欧米や豪州等に輸出取引を有する企業グループにおいては人権課題全体に対する取り組みが要請され始めており、特に東南アジアに製造拠点を有する日系企業においても本件に関する優先度が急速に高まっています。課題全体に対する対応アプローチとしては下図が考えられますが、特に海外拠点においては「人権デューデリジェンス」の範囲に焦点を当て、人権リスクの特定・評価(STEP2)、是正措置(STEP3)、モニタリング(STEP4)を優先的に進めるアプローチが有用と考えられます。

 

<人権課題全体の取り組み>

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【STEP2 人権リスクの特定・評価】

自社従業員のみならず、サプライチェーン全体で発生しうる人権リスクを特定し、誰がどのような影響を、どれぐらいの頻度や大きさで受ける可能性があるのかについて、評価することが求められます。具体的には、国別/セクター別などの客観的なリスク情報に加え、関連部署への書面調査・インタビュー等を実施し、一定基準に基づき人権リスクを評価する必要があります。

 

<人権リスク評価例>

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【STEP3 是正措置】

上述のリスク評価に基づき、問題が発生する潜在的な可能性がある、または問題が顕在化している場合には、ポリシーの整備状況や管理体制・取り組みの有効性を確認しながら、効果的なリスク軽減措置に関するロードマップ策定と実施が必要とされます。

東南アジア各拠点における改善措置の一環として、「人権教育・トレーニングによるリテラシー向上」が挙げられますが、同プラグラムの中で人権尊重の重要性や意義、侵害リスクの理解を深めることを目的とし、自社従業員に加え、取引先やサプライヤーも対象とするケースも増えております。また、人権取り組みの実効性を高めるためには、人事・労務・調達・法務など組織横断的な仕組みづくりが鍵となることから、「デジタル技術を活用したサプライヤーリスク管理の高度化」などに取り組む企業も出始めています。

 

<デジタル技術活用によるサプライヤーリスクの分析例(人権リスクを含む)>

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【STEP4 モニタリング】

さらに人権取組みを持続的に維持していくためには、上述の是正措置の進捗状況をフォローアップするとともに、内部統制や苦情処理メカニズム(内部通報システムなど)の仕組みにも人権リスクの視点を含めていくことが必要です。

各拠点の販売・購買・人事労務などの業務プロセスにおいて人権リスク及びコントロールを整備することに加え、地域統括会社やグループ本社とも連携しながら、定期的なモニタリング体制を構築していくことが有用と考えられます。

 

まとめ

英国や豪州の「現代奴隷法」に代表されるように、サプライチェーン上の人権に関する取り組みの開示を義務化する動きに加え、欧州委員会は2022年に公表したCSDDD(コーポレート サステナビリティ デューデリジェンス指令)案においてバリューチェーンにおける人権の負の影響の特定・対応・開示を求めており、企業への人権尊重の要請はますます高まりを見せています。特に、上記のような動きが進んでいる地域と取引がある東南アジア拠点においては、今後人権リスクへの対応は必要不可欠となってきます。

デロイト トーマツ グループではこれまで数多くのサステナビリティ経営の実現に向けた支援を行ってきました。本稿もグローバル及び各地域における人権方針の策定、人権デューデリジェンス対応、人権リスク開示に関する支援・プラクティスから得られた示唆やエッセンスを抽出したものであり、皆様の取組みの一助になれば幸いです。なお、本文中における見解は特定の組織を代表するものではなく筆者の私見であることをお断りさせていただきます。

 

<参考情報:人権をめぐる各国の法規制>

国・地域

法規制

概要

オランダ

児童労働に関するデューデリジェンス法(2019年)

  • 市場に製品やサービスを提供・販売する全企業(日本企業も対象)に、児童労働防止のサプライチェーン上のデューデリジェンス実施を示す表明文の提出を義務付け
  • 2021年3月にはより広範囲な人権デューデリジェンス法案が国会に提出されている

ドイツ

デューデリジェンス法(2023)

  • 一定規模以上の企業(日本企業も対象)に、間接的な取引先を含め自社のサプライチェーンに関わる全ての企業が人権や環境をリスクに晒されないよう注意義務を課す
  • 強制労働や児童労働、ハラスメント等の「人権侵害リスク」を企業が特定して、予防・軽減策を取ることが求められる

米国

強制労働に依拠する製品への措置、「違反商品保留命令(WRO)」/「ウイグル強制労働防止法」を発動

  • 1930年関税法307条に基づき、中国新疆ウイグル自治区での強制労働に関与していることが疑われる製品に対して、輸入貨物引き渡しを保留する違反商品保留命令(WRO)を発令
  • 新疆ウイグル自治区が関与する製品の輸入を原則禁止する法律「ウイグル強制労働防止法」が2022年6月施行

カナダ

カナダ強制労働に関する法案(2024年1月1日発効見込み)

  • 特定の政府機関や民間企業に対し、自社または自社のサプライチェーンにおける強制労働または児童労働のリスクを防止・低減するために取られた措置を報告する義務を課している

ニュージーランド

同国版の現代奴隷法を新たに導入する意向を表明(2023年)

  • 年間収益が2,000万ニュージーランド・ドル以上の企業などに対しては、確認された現代奴隷や労働者の搾取への対応について、年次報告書の作成と公開が求める内容を検討中

(参考:日本貿易振興機構(ジェトロ)(外部サイト)「『サプライチェーンと人権』に関する政策と企業への適用・対応事例」(改定第6版)および「米ウイグル強制労働防止法に基づく輸入禁止措置」 (2021年6月))

著者:畠山 多聞・安岡 由依

※本ニュースレターは、2023年10月31日に投稿された内容です。

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