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スポーツがコロナ禍を乗り越えるために
新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響で、東京オリンピック・パラリンピックや各国のプロスポーツが軒並み中止・延期となり、地球上からほとんどのスポーツ興行が消える事態となっています。スポーツに携わる企業・組織はこの危機を乗り越えられるのでしょうか。
I. コロナ禍のスポーツマーケットへの影響
新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の影響で社会が一変して数か月が経つが、その影響を最も受けている業界の一つがスポーツではないだろうか。2020年東京オリンピック・パラリンピックが1年間延期となったことをはじめ、国際大会や各国のプロスポーツリーグが軒並み中止・延期となり、地球上からほとんどのスポーツ興行が消えるという前代未聞の事態となった。
一方で、日本ではひとまずCOVID-19第一波の感染拡大が収まりつつあり、政府が発令した緊急事態宣言は5月25日に全面的に解除された。また、スポーツに関しても、サッカーのドイツBundesligaや韓国Kリーグが無観客ながらも再開し、野球の台湾職業棒球では観客を入れての試合を開始した。日本でもプロ野球とJリーグが無観客で再開する見込みとなるなど、明るい兆しも見え始めている (2020年5月末現在)。
とはいえ、スポーツマーケットが受けたダメージは甚大だ。関西大学の宮本勝浩名誉教授の分析によると、2020年1-6月に国内プロスポーツ界の受けた経済的損失は約1,270億円にも上り、興行が再開した後もこれを取り返すのは容易なことではない。また、今後、第二・第三波の到来や世界的な景気の悪化等が予測されており、事業環境は未だに不透明な状況にある。このような未曾有の状況下で、スポーツに携わる企業・組織はどのように生き抜いていけば良いのだろうか。
II. コロナ禍を経て、何が起こるのか
1. 歴史から変化を考える
コロナ禍を通じ、社会が変わる・人々の価値観や行動が変わるということが盛んに叫ばれている。例えば、スポーツについては、ソーシャルディスタンスを取るためにスタジアム・アリーナのような多人数が集まる場所で観戦するスタイルが廃れる、移動を避けるためアウェーに応援で遠征するスタイルが廃れる、といったドラスティックな変化の可能性が挙げられている。しかし、感染症というものは必ず終息する。永遠に今の状態が続くわけではなく、終息した暁には元通りになるものもある。
実際、歴史を紐解くと、大きな感染症禍の際には、実際に起きた変化と起きなかった変化があったことがわかる。
例えば、14世紀に欧州でペストが大流行し、人口の30-40%が失われた際には、労働力の急減に伴い、領主と農民との力関係が崩れ封建制度が崩壊した。それまでと全く違うことがペスト禍を機に起きたわけであり、明確な変化と言えるだろう。一方、変化が起きなかったケースもある。19世紀後半、江戸では米国のペリー艦隊が持ち込んだコレラが大流行し20万人以上が死亡した。これに伴い、コレラは開国が招いた災禍だとして、攘夷運動が大いに高まったという。しかし、結局、開国・文明開化の大きな潮流を覆すには至らなかった。
また、感染症禍は既に起きている変化を加速させることもある。例えば、2003年に起きたSARS禍においては、中国において外出を避ける動きが高まったことでEC (Electronic Commerce: 電子商取引) が爆発的に普及したと言われている。EC自体は既に勃興していたので、全く新たな変化が起きたというよりはSARS禍によって普及の流れが加速したものと考えられる。
このようなファクトに鑑みると、今回のコロナ禍においても、何が変わり、何が変わらないのか、何が加速するのかを冷静に見極め、進むべき方向性を見誤らないことが大切であると考える。
2. スペイン風邪禍の時、スポーツマーケットに何が起きたか
スポーツマーケットにおいては、感染症禍における集客への影響という点で、100年前にスペイン風邪 (インフルエンザ) 禍を経験した野球の米MLB (メジャーリーグ) のケースが参考になりそうだ。米国では、スペイン風邪が流行すると感染拡大防止のため、現在と同様にソーシャルディスタンシングやマスク着用が推奨された (選手がマスク着用でプレーをしたという記録も残されている)。この影響で、MLBのスタジアム平均入場者数は約4,200人 (1917年) から約3,000人 (1918年) にまで激減した。人々は“密”なスタジアムを避けたわけである。ところが興味深いことに、その翌年には一転、約5,800人にまでV字回復を遂げ、2年後には7,300人を超えて当時の動員記録を樹立するに至っている。スペイン風邪禍を経て“超回復”を遂げたのである (図1)。要因は明確にはされていないが、人々がスポーツの価値に改めて気づいたのかも知れない。現在と100年前とでは社会経済情勢が大きく異なるため安易に同一視することはできないものの、スポーツが人々の娯楽や生活の一部として確固たる地位を築いている今、同じように“超回復”を遂げる可能性は大いにあると言えるのではないだろうか。 (なお、1918年の入場者数減少には、スペイン風邪禍に加え、第一次世界大戦も影響していると見られる)
図1
3. コロナ禍を通じて加速する変化とスポーツマーケットへの影響
今回のコロナ禍を通じて加速する変化としては、在宅勤務の浸透が挙げられるだろう。LINE社の調査によると、一都三県の職場の在宅勤務対応割合は、2020年3月2日時点では14%であったが、4月16日には35%にまで上昇している。5月25日に緊急事態宣言が全面解除された後も複数の企業が一部従業員の在宅勤務を推奨する方針を示唆しており、在宅勤務は今回を機に浸透する可能性が高い。企業側にはオフィススペース削減による賃料削減による固定費圧縮の効果が、従業員側には満員電車の苦痛の回避や通勤時間削減の効果があるなど、労使双方に経済合理性があることが理解されつつあるものと見られる。このことはスポーツ界にとってはプラスである。なぜなら、在宅勤務によって人々の可処分時間が増えると、そのいくらかはスポーツ実施・観戦を含む娯楽・趣味に投資されることがデータ上も明らかになっているからだ (図2)。
図2
さて、ここまでの議論を踏まえると、現在の危機を乗り越えることができれば、スポーツマーケットは“超回復”を遂げられる可能性がある。もっとも、“超回復”は、財務が安定していることが前提であり、即ち現在のスポーツを資金面で支えているオーナーやスポンサーからの支援を継続して受けられることが必要である。コロナ禍の影響で厳しい状況に立たされている企業が多いことを踏まえると、従前通りの価値提供では支援を打ち切られてしまうケースも出てくるであろう。スポーツを支援する意義をこれまで以上に感じられる新たな価値や活用方法を見出し、スポーツとオーナー/スポンサー企業とがともに回復・成長を遂げられる仕組みを構築することが急務と考える。
III. 危機を越え、“超回復”へと繋げるために
では、スポーツマーケットに対峙する企業・組織が現在の危機を乗り越え“超回復”を遂げるためにはどのようなアクションを取ったら良いのだろうか。デロイト トーマツ グループでは、コロナ禍による危機を乗り越えるためにRespond (対処)・Recover (回復)・Thrive (飛躍)の3段構えでの対策が効果的だと考えている (図3)。
図3
1. Respond (対処): このフェーズでは危機への緊急対応として、選手・関係者・観客の安全を確保し、在宅勤務等への切り替え等を行う(我が国ではコロナ禍第一波におけるこのフェーズは既に終わったものと考えられる)
2. Recover (回復): 次に緊急対応後、段階的に事業を復旧させていくフェーズへ移行する。復旧への道筋を確かなものとしながら、同時に“超回復”のための準備を進めなければならない。このフェーズにおいては以下のような論点が考えられる。
- 無観客・一部観客受入を経て段階的に再開する中で、どのようにファンの繋ぎ留めを行い、マネタイズへと繋げるか
- 全面的な試合再開が難しい中、どのようにスポンサーに貢献し、繋ぎ留めを行うか
- 在宅勤務を活用する中で、どのように効果的な組織マネジメントを行うか
- キャッシュの流出に歯止めを掛け、どのように当面の稼働に必要な資金を確保するか (融資、補助金の活用等)
- コロナ禍での取り組みを一時的なものとせず、如何に持続的な収益に繋げるか
- コロナ禍後には、どのような姿を目指すのか。そのための成長戦略はどのようなものか
3. Thrive (飛躍): “超回復”を遂げると同時に、来るべき次の感染症禍への備えを行うフェーズであり、以下のような論点が考えられる。
- Recoverフェーズで立てた成長戦略を、限られたリソースの中、どのように実行するか
- コロナ禍第二波・第三波や新たな感染症禍が到来した時に、今回のような実質的な事業停止を避け、持続的な経営を行うためには何を行うべきか (BCP策定、事業ポートフォリオ分散等)
- 本フェーズに必要な資金をどのように獲得するか (増資、M&A等)
デロイト トーマツ グループでは、Respond・Recover・Thrive各フェーズにおいて求められる、クライシスマネジメント、経営/事業戦略構築・実行、資金調達 (M&A等)の専門家を多数擁しており、スポーツマーケットに携わる企業・組織の包括的な支援を実施している。詳細については以下連絡先よりお問い合わせ下さい。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ
シニアアナリスト 太田 和彦
(2020.6.3)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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