最新動向/市場予測

出口の見えないコロナ禍:ワクチン頼みの限界

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.73

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

日本のコロナ禍は出口の見えない状況が続いている。新規感染者数や入院者数は過去最高を更新し続け、重症者数も前回ピークを上回った。緊急事態宣言は期間の延長や対象地域の拡大が繰り返されている。今年の1月1日から8月末までの243日間のうち、東京都に対して緊急事態宣言が発令されていたのは実に4分の3に当たる181日間に及んでいる(しかも、残り62日間のうち、34日間はまん延防止等重点措置の対象)。

ワクチンの接種自体は比較的順調だ。接種の開始こそ主要国から出遅れ、接種が本格化するまでも時間を要したが、その後は他国のようにペースが減速することなく、接種率の上昇が続いている(図表1)。都市部の若年層を中心に予約したくてもできない人は依然として多いものの、全体としてみれば足元の接種ペースは早い部類に入ることとなる。

図表1 ワクチン接種ペースの比較

ワクチン接種ペースの比較
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それにも関わらず状況の改善を感じることができないのは、日本の新型コロナ対応がワクチン接種の進展に注力しがちであった一方、医療資源の適正な配分が実態として十分に進まなかったためだろう。確かに感染力の強いデルタ株が蔓延したことは誤算であり、デルタ株さえなければ今頃はワクチン接種率の向上が威力を発揮していた可能性が高い。しかし、ウイルスの変異自体は昨年から相次いでおり、厄介な変異株の出現は本来想定しえた話と言える。

病床や医療従事者の確保が思うように進まず、他方でメリハリの効いた療養体制の構築も不十分だったことで、デルタ株の蔓延による感染者数の増加は医療キャパシティをあっという間に逼迫させた。結果として、社会・経済活動を抑制するほかないという過去1年半と同じ状況が繰り返されることとなった。しかも、1年の4分の3が緊急事態宣言下にある中では、人々の緊張感は緩まざるを得ず、人流の抑制も不十分な状況だ。6月頃までは小売・娯楽施設における人出と感染者数には緩やかな相関がみられたが、その後は感染者数が増え続け緊急事態宣言が発令されたにも関わらず、人出は落ち込んでいない(図表2)。両者の乖離が目立つ中、現在の感染第5波が早期に収束する目処は立っていない。

図表2  新規感染者数とモビリティ

新規感染者数とモビリティ
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リスクインテリジェンス メールマガジン2021年5月号では、標準的な疫学モデルにモビリティ(人出)を組み込んで各種の試算を行ったが、その枠組みを用いて当面の新規感染者数を予測したのが図表3だ。前提の置き方によって結果は大きく変わることに留意が必要だが、人出が足元と比べて抑制されれば感染のピークは9月中旬となる一方、人出が足元から変わらなければピークは9月下旬に後ずれする。いずれにしろ、現在の緊急事態宣言の期限である9/12時点では感染者数は高水準にあると予想され、解除は望み薄という結果となる。

図表3  当面の新規感染者のモデル予測値

当面の新規感染者のモデル予測値
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他国と比べて胸を張れるペースで進めたワクチン接種が威力を発揮するには、医療資源の適切な配分を同時に進めることが不可欠だ。例えば、8月下旬時点における米国の1日あたりの新規感染者数は日本のおよそ7倍に上る一方、入院している患者数は日本が米国の2倍強となっている。両国のワクチン接種率の差は10%程度であり、日本の入院者数の多さは入院を巡る方針の違いによるところが大きいと考えられる。もちろん、米国の療養体制が最善であり、日本はそれを模倣すべきだと言いたいわけではない。むしろ、死亡率(ここでは、一定期間内の新規感染者の合計と新規死者数の合計の比率)でみると日本は米欧と比べて低位にとどまっており、全員入院を原則としている日本の方が、これまでの療養体制は有効だった可能性がある。しかし、現状のように感染爆発が起こってしまうと、入院できなかった人は十分なケアを期待できなくなり、日本の療養体制は途端に脆弱性を露呈する。単に入院者数を絞るといった機械的な対応ではなく、宿泊施設や自宅療養でも十分なフォローアップができるような体制構築などが求められる。

今後、さらに強い感染力をもつ変異株や、ワクチンが一層効きづらい変異株が出現しないとも限らない。まずは現下の第5波を収束させることが先決だが、その後には、感染者が増加してもある程度社会・経済活動を回していけるよう、ワクチン接種と医療資源の適正化を両輪で実現することが必要だ。

執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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