最新動向/市場予測

感染収束見通しに下方リスク

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.73

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
 

新型コロナウイルス感染症の収束見通しにリスクが出てきている。2021年6月付当レポートでは、新型コロナ感染拡大に出口が見えつつあるとの当方の見方を示した。この中期的な見通しに変更はないが、昨今の感染者再拡大、特にデルタ株感染拡大の状況に鑑みれば、収束に至るまでのハードルが高まってきた。新型コロナ感染による入院患者数の増加が特に日本において顕著であり、米国でも入院患者数の再増加がみられることがその理由である。死亡者数は過去の波に比べて低位にとどまっているものの、より先行性の高い入院者数の増加は、これらの国において医療ひっ迫のリスクが再度高まっている可能性を示唆している。

この状況が、経済回復に与える影響を考えてみる。まず、日本、米国、欧州など主要国では、今後人の移動や経済活動が大幅に低下する可能性は低いとみる。米国・欧州では全体的な移動制限が解除または緩和されていること、日本においては緊急事態宣言が継続されているものの現実には人流の抑制が限定的にとどまっていること、また主要国ではワクチン接種者への経済活動制約が大幅に緩和されることがその背景である。さらに各国政府としては、ワクチン普及を踏まえて政策を経済回復優先にシフトしていくバイアスがかかるであろう。また、ワクチンの効果が主に感染症の重症化を抑制するものだとすれば、新規感染者数の増加自体は従来ほどには深刻な状況とは言いにくい。

一方で、今後の経済回復に悪影響を与えうる要因は、医療崩壊リスク顕在化による厳格な移動制限の再発動である。移動制限の再発動があるとすれば、ワクチンの重症化抑制効果がデルタ株により制約されて重症患者あるいは入院患者数が増加し、医療ひっ迫度が高まった場合である。新規感染者数全体の数字もさることながら、入院患者数の動向が今後の経済動向を見る重要な指標となるだろう。当方の分析では、入院患者数が過去最高になっているのが日本、過去ピークに近い水準にまで増加しているのが米国である。欧州では、現状入院患者数の増加は明確には見られないものの底入れの兆しがある。特に日本においては著しい医療キャパシティのひっ迫に対し、いわゆる「日本型ロックダウン」の法制化を求める意見も政府や民間の一部から出ている。私権制限にかかる議論はあるものの、感染収束への手段として日本型ロックダウンによる経済活動の大幅制限の可能性も考慮はしておくべきであろう。

かかるリスク認識にも関わらず、当方では経済が中期的には回復基調にあるとの経済見通しのベースラインを現状では大きく変更していない。中期的には米国では引き続きインフレリスク、金利上昇リスクが高いとの見方も維持する。また、ワクチン接種の遅れている一部新興国は回復の更なる遅れが見込まれることも同様である。ただ、上述の通り医療キャパシティの状況によっては再度の移動制限発動による経済への下方リスクの可能性があることには留意しておきたい。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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