最新動向/市場予測

日銀金融政策と賃金動向:日本の金利上昇への備え

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.94

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎 
 

当方では、日本銀行は量的・質的金融緩和政策を今後1年程度は継続するとみている。4月27-28日の金融政策決定会合後に公表された「当面の金融政策運営について」、および5月19日の植田総裁講演は、新総裁の下での金融政策運営の方針が簡潔にまとめられている。4月の「当面の金融政策運営について」では日銀が「粘り強く金融緩和を継続していくこと」と長短金利操作付き量的・質的緩和を継続することが表明された。5月19日の講演で植田総裁は「日本銀行としては、イールドカーブ・コントロールのもとで、大規模な金融緩和を継続していく方針です」と明言している。ここから、当方では、日銀は少なくとも今後1年間は量的・質的緩和政策を継続するとみている。

しかしながら、金融機関や事業会社としては、近い将来に日本銀行が金融政策の正常化に転換して日本円の金利が上昇するシナリオを想定し、事業へのインパクトを評価や金利上昇時に必要なアクションをあらかじめ策定することが必要であろう。その背景は以下である。

まず、現在のイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)による市場機能低下や副作用が拡大するケースである。昨年12月に日銀は「市場機能の回復」のために10年物日本国債利回りの変動許容幅を±0.5%に拡大し、さらに指値オペの年限を拡大してイールドカーブの正常化を図った。現在ではその効果もあり、日本国債のイールドカーブはおおむね順イールドの形状になっている。しかし、今後の経済環境やインフレ動向等によっては、イールドカーブが再び昨年12月以前のようにいびつな形状となり市場機能の低下がもたらされる可能性がある。その場合日銀としては、長期金利変動幅をさらに拡大するか、もしくはイールドカーブ・コントロールそのものを撤廃せざるを得ない可能性がある。

次に、日本が本格的にデフレを脱却して2%のインフレ目標を持続的・安定的に実現できる見通しがたつケースである。これまでの日本のインフレ率はエネルギー価格や消費税率引き上げにより一時的に2%を超えたことはあったものの、賃金上昇を伴う持続的な2%インフレはいまだ達成できていない。しかし今年になって賃金に対する企業のスタンスが大きく変化している。経営環境の変化に伴う人材不足、エネルギー価格等上昇に伴う物価上昇、また企業のWell-being重視傾向により企業が本格的に賃上げを実施する傾向がみられる。今年の春闘における賃上げ率はこれまでの2%以下の水準から一気に3.5%を超えるまでに急上昇した(連合の調査による)。植田総裁も上記の講演で述べているように、この賃上げ傾向が持続的と判断するのは時期尚早である。しかし少なくとも、コロナ以降の労働力人口の伸びの低下に見られる労働力不足、「就社」から「就職」への意識変化による転職の増加、働き方改革や従業員福利が企業成長に不可欠との考え方が広まったことから、労働需給や生活費の変動に見合った賃金の設定を企業に要請する構造的な変化が起きていることは確かであろう。日本のCFOを対象に実施したデロイト トーマツの調査※1でも「人材・労働力不足」が日本経済の注目点の上位に位置している。

過去25年に亘るゼロ金利状態の継続で、金融機関や事業会社には金利変動の財務影響にかかるリスク管理のノウハウが希薄化している可能性がある。金利上昇が財務に与える影響や、消費者行動に与える影響等をあらかじめシミュレーションして、資金調達運用管理(ALM)やビジネス戦略の見直し等の金利上昇対応策をあらかじめ策定しておくことが、金利環境のありうるべき変化に円滑に対応する要諦といえよう。

※1:Deloitte CFO Signals Japan: 2022Q4

 

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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