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気候変動にどう向き合うか ―取締役会議長へのインタビュー―

日本電気株式会社 新野 隆 氏

デロイトでは、取締役会や経営幹部の皆様が共通して関心を寄せる重要なトピックに取り組むべく、「Deloitte Global Boardroom Program」を実施しております。このプログラムの一環として「取締役会議長」にフォーカスをあて、気候変動・サステナビリティにおける取締役会の役割や各社の取り組みを中心にインタビューを実施しました。

<プロフィール>
新野 隆 氏
日本電気株式会社
取締役会長

1977年日本電気株式会社入社。執行役員 兼 金融ソリューション事業本部長、取締役執行役員常務 兼 CSOを歴任後、2012年に代表取締役執行役員副社長、2016年に代表取締役執行役員社長 兼 CEOに就任。代表取締役副会長を経て、2022年に取締役会長に就任し(現職)、現在まで取締役会議長を務める。

新野 隆 氏のお写真

“事業として展開しながらレベルアップしていくことが、企業のサステナブルな成長に繋がり、気候変動や人権、サプライチェーンの問題も含めて正しく回っていくことに繋がる”

Q. NECのサステナビリティにおける取締役会の役割

A. サステナビリティの重要テーマである気候変動自体に対しては、当社は古くから意識を高く持っていたと思います。私が若い頃から、営業の場面でCO2排出量や電気料金削減等のメリットをお客様に提案していました。このように当社は気候変動に先進的に取り組んでおり、CDPやDJSIでも継続して高い評価をいただいていたこともあり、社外取締役の方々からも適切に取り組んでいますね、という見方をしていただいていました。しかし、これからは、取締役会の議論を新たな気づきや取り組みを促すところまで進め、より積極的な役割を果たすことが必要と考えています。当社は2017年に2050年時点でのカーボンニュートラルを宣言しましたが、2022年にはThe Climate Pledge(気候変動対策に関する誓約)に参加し、目標を10年前倒しして2040年にCO2排出量ゼロを目指すことを表明しています。スコープ1,2は自社で測定してCO2排出量の削減を見える化し管理することができますが、スコープ3になると、当社の場合その20倍近くの規模になります。測定方法も含めサプライチェーン全体の中でどうしていくべきか、達成するためにはさまざまな新しい技術を取り入れながら努力していくことが必要であり、対外的にも宣言したものです。取締役会としては、この実現に向けた具体的な取り組みをモニタリングしていく必要があると考えています。

また、社外発信を促していくことも役割の1つです。最近の取締役会で、「NECは、サステナビリティにしっかり取り組んでいるのに、あまり知られていない。継続的な企業価値の向上を支援するのが取締役会の役割なのだから、ICT企業として自社が頑張るだけでなく、その取り組みや社会に貢献していることを世の中にアピールしなくてはいけない。」という指摘がありました。例えば最近の若い人たちは、企業がどう社会に貢献しているのかが、就職の1つのモチベーションになっている傾向もあるため、社内だけでなく積極的に社外に発信していくことが重要です。

Q. NECが掲げる成長マテリアリティと基盤マテリアリティについて

A.背景として、従来は、当社のESG視点での経営優先テーマ、すなわちマテリアリティが事業に対してどのような位置づけなのかを、あまりうまく説明できていませんでした。そこで、マテリアリティを成長・機会を創出しながら成長率向上を目指す「成長マテリアリティ」と、リスク低減をしながら成長率向上を目指す「基盤マテリアリティ」に整理しました。各事業の活動や、2030年にありたい社会像を示したNEC2030VISION、2025中期経営計画等の当社が公表しているビジョンや中期経営計画も全てマテリアリティが関わってくるということを分かり易くすることが目的です。この点、先日の取締役会でも話をしたのですが、「成長と基盤の定義や違いは何か」「初めて聞く社外の人にはよくわからないのでは」という意見もありました。人によって受け止め方が違いますし正解はないので、当社の取り組みをさまざまなステークホルダーに丁寧に説明していく必要があると考えています。マテリアリティに取り組むことが、事業による社会への貢献でなければ、取り組み自体がサステナブルにならないわけですよね。社会貢献はもちろん重要ですが、事業として展開しながらレベルアップしていくことが企業のサステナブルな成長に繋がり、気候変動や人権、サプライチェーンの問題も含めて正しく回っていくことに繋がります。
 

NECにおける「成長マテリアリティ」と「基盤マテリアリティ」の考え方

 

出所:NEC ホームページより抜粋

 

“指名委員会等設置会社に移行後、新たに参加された社外取締役の方の知見も得ながら、成長のための議論ができることを期待している”

Q. 取締役会における議論の変化や、取締役会の質の向上にむけた取り組み

A. 当社は2023年6月に監査役会設置会社から指名委員会等設置会社に移行しました。それまでは取締役会の議題の約半分は法定決議事項で、残り半分を報告事項や議論に充てていました。気候変動への対応も20分説明して10分質疑応答する程度の時間しか取れず、この取り組みが足りないのでは?といった議論は十分にできていませんでした。

今回の移行により、基本的には取締役会の全ての時間を、当社の中長期的な発展に向けたアジェンダを討議する時間としました。気候変動も人権も、企業の発展と密接にリンクしており、今後絶対に取り組まなければならないテーマです。その時間を確保するため、議長として優先順位を決めてアジェンダ設定をしていきたいと考えています。

サステナビリティに関する議論としては、規制対応等のディフェンス面は概ねできている一方で、成長のための議論はまだやり尽くしていないと思います。気候変動に対するソリューションは各事業で持っていますが、これではスケールが小さいし、できる範囲も限られる。だから、グループ全体の環境関連のソリューションを集約して大きなものとし、それを実現するためのパートナーリングを行うことが重要だと考えています。例えば、ある工場で太陽光発電を導入するだけでなく、そのような事業所を集めて電力のコントロールをするために電力会社とパートナーを組んだり、大きな枠組みを作って各社がソリューションを出し合いながらどう貢献できるかを考える必要があります。そのために、さまざまなステークホルダーやパートナーと、どの領域で展開するのが当社らしいのか、取締役会で議論しています。

今回、新たに3名の社外取締役の方に就任いただきましたが、新しい方々の知見をいただきながらこのような議論をすることが、議長として期待しているところです。実際、移行後の取締役会は、雰囲気が大きく変わりました。今までも決して悪い雰囲気ではありませんでしたが、意見が出ない時は議長として誰かに水を向けることもありました。今は新しい方々が自由に発言いただくことをきっかけに、従来から就任されている方々の発言も増えています。更なる議論の活性化を期待しています。

例えば、中村取締役には多岐にわたる事業を展開する総合商社の経営経験の立場からこれまでもさまざまな意見をいただいてきましたが、岡取締役や山田取締役には異なる企業の経営経験の視点において、2023年6月まで当社の監査役を務めた岡田恭子取締役は多様性の観点において、さまざまなご意見を伺いたいと考えています。気候変動対策について当社も多くの企業と情報交換をしており、他社の動きや当社の位置づけもイメージはつかめているものの、本当にそれでよいのかは常に問い続けなければいけません。また、当社はグローバルに事業展開しているので、日本だけで評価されても意味がありません。海外に出れば「見方」も「標準」も違います。アメージャン取締役には、グローバルな目線で示唆をいただきたいと思います。望月取締役は、以前、他社で取締役会議長を務められ、当社が今まで実施してきたことと考えが全く同じではないからこそ、色々な示唆が得られると思います。監査委員長に就任いただいた岡田譲治取締役もまた違う視点を持っており、このお二人が話をされると、他の方たちも刺激を受けて議論が活性化しています。

今回、機関設計変更の際に一番検討したことは、執行側が適切にリスク管理できる体制を構築できているかを評価することです。CRO(Chief Risk Officer)を新たに設け、陣容を相当強化し、執行側が責任をもって事業を遂行できる環境を整え、取締役会は企業価値向上に資するモニタリングを行う体制としました。これにより取締役会では、中長期のテーマを深く議論できるようになりました。そのため、執行を兼務する取締役は、社長、CFO、Corporate Secretaryに絞っています。

Q. 気候変動以外のサステナビリティに関するテーマへの取り組み

A. 重要テーマの1つは人権です。さまざまな法律や規制によりハードルが上がっていますが、特に海外子会社に対してどこまでガバナンスを効かせられるか、横串で見ていく必要があります。欧州で買収した会社は人権に関する現地の規制が厳しいため、日本よりも先進的です。彼らの取り組みを日本や米国のグループ会社に展開して、グループ全体でレベルを上げていくことが重要です。ただ、次々と新しい規制が課されるため、対応に苦慮することもあるでしょう。グローバルにビジネスを展開する以上やむを得ないことですが、多くの日本企業も対応に苦慮していると思いますので、当社の取り組みを外部に発信し、共有することで、日本企業全体が強くなれればと思います。

当社グループは12万人の従業員がいる、ある意味、壮大な実験場です。うまくいかなかったことも含めて当社グループが経験したことをソリューションとして出していけば、お客さまの失敗確率が小さくなり、日本企業全体のレベルが上がっていくので、当社の苦労もノウハウ化して外部に提供していくことは良いことだと思います。

また、人的資本について、当社はこの10年で大きく変化しました。結局、会社は「器」であって、その中にいる「人」が価値を創造しているのですから、多様な人に集まってもらい、一人ひとりが高い目標をもって自己実現し、150%、200%の力を発揮できるようサポートしていくことが会社の役割と考えています。そのベースとなる当社の企業文化も大きく変化してきています。私が社長に就任した2016年当時、企業文化の改革をしなければならないと考えました。一人ひとりがワクワクして働けるように、ゼロベースで全部見直そう、と。その中で、見かけは結構大事で、パッと見てオフィスが変わったとか。働き方も、時間や場所の制約をなくして、服装も自由とし、最近は私もジーンズを履いて出社することもあります。本社ビルも完成から30年以上経っていますが、中身は大きく変わりましたね。改革も進んで、一人ひとりが活き活きと働けるようになってきましたが、企業文化への取り組みは中長期で行うべきものなので、社長が交代しても継続して変革していくことが重要です。やはりずっと社内にいると、世の中とずれた当社独自の考え方が罷り通ってしまいかねない。そこは外部から来た人が指摘してくれれば良いと思っていますが、現場に入ると掻き消されてしまう可能性があります。今までのやり方が必ずしも正しいとは限らないということをトップが示し、カルチャー変革を主張し実践していくためにも、責任ある重要なポジションで来てもらうことにしています。

 

“「この会社の企業価値を上げていきたい」という共通理解を醸成することが議長の責任”

Q. ステークホルダーへの情報開示に関する課題

A. 社外取締役の方から「なぜNECの取り組みをもっと外部に発信しないのか」「分かりにくい」と指摘されています。これは環境対応に限ったことではありません。当社は技術屋の集団なので、一生懸命、技術の中身を説明しますが、反面、専門的な用語も使いがちで「三文字略語が多すぎ」と毎回のように指摘されています。また、何かに取り組む際には、社内で明確にターゲットを決めていますが、それを社外にはうまく発信できていないため伝わっていない。「何をやりたいのか、どういう領域にどんな貢献をしたいのか、そのために当社はこんなことができる」という説明にすれば、もっと外部の方にも分かり易く伝わるはずです。当社はステークホルダーに対するアピールやコミュニケーションが苦手なのですが、ブランディングに直結するので改善していかないといけないですね。

Q.将来、取締役会の議長に就任される方へのアドバイス

A. 昨年度、第三者機関に取締役会の実効性を評価してもらいました。そのなかで、社外取締役とのコミュニケーションが不足しているとの指摘がありました。事業の責任者とのコミュニケーションが少なく、どんな人たちが事業を引っ張っているのかが取締役会のメンバーからはよくわからない、という意見が多く挙がったことを踏まえて、オフサイトミーティングの充実や、懇親の機会を増やしていこうと思っています。私見になりますが、特に社外取締役には、NECという会社を好きになってもらい、この会社の企業価値を上げることに自分たちが貢献したい、と思ってもらえる人に就任いただかないと意味が無いと思っています。その一点で共通の理解があり、目線が合っていれば、自由にさまざまな発言をしていただいて良いと思いますし、逆にその共通の理解が無いと、「なんでそんなことを言うのか」と相互に反発が起きます。その共通理解を作ることが議長の責任だと思います。また、指名委員会をはじめとする法定三委員会の委員長や、社長との定例会合であったり、事業責任者との相互理解の醸成であったり、当社の企業価値向上への貢献という共通理解を維持するために先導するのが、議長の責任ではないかと思います。

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