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気候変動にどう向き合うか ―取締役会議長へのインタビュー―

株式会社レゾナック・ホールディングス 森川 宏平 氏

デロイトでは、取締役会や経営幹部の皆様が共通して関心を寄せる重要なトピックに取り組むべく、「Deloitte Global Boardroom Program」を実施しております。このプログラムの一環として「取締役会議長」にフォーカスをあて、気候変動・サステナビリティにおける取締役会の役割や各社の取り組みを中心にインタビューを実施しました。

<プロフィール>
森川 宏平 氏
株式会社レゾナック・ホールディングス
代表取締役会長

1982年昭和電工株式会社(当時)入社。執行役員情報電子化学品事業部長、取締役常務執行役員最高技術責任者(CTO)を歴任後、2017年に代表取締役社長 社長執行役員 最高経営責任者(CEO)、2022年に代表取締役会長に就任。2023年、昭和電工株式会社と昭和電工マテリアルズ株式会社(旧日立化成)との統合により発足した株式会社レゾナック・ホールディングスでは代表取締役会長に就任し(現職)、取締役会議長を務める。

森川 宏平 氏のお写真

“現在は気候変動やサステナビリティへの取り組みが企業価値に大きな影響を与えるステージに来ているため、両者の関係を明らかにしつつバランスを取り、うまく紐づけていく必要がある”

Q. 気候変動を含むサステナビリティに関する取締役会の役割

A. 当社は、2023年1月に昭和電工と昭和電工マテリアルズが統合し、新会社「レゾナック」として新たなスタートを切りました。新会社「レゾナック」は世界トップクラスの機能性化学メーカーになることを掲げており、その実現までのプロセスをモニタリングする取締役会も世界水準の取締役会でなければなりません。その中で最も重要な役割は、執行側の施策が企業価値向上に繋がっているかの「確からしさ」を検証することだと考えています。

気候変動を含めたサステナビリティへの対応に際しても、基本的には同様の役割を果たしていく必要があります。当社のサステナビリティ戦略は、2022年2月に新会社としての長期ビジョンを発表した際、「サステナビリティを経営の根幹に置く」と宣言するところから始まりました。それを踏まえて執行側が、企業のサステナビリティと社会・環境のサステナビリティの両立を目指してマテリアリティを設定し、非財務目標に落としていきましたので、取締役会としては、その内容の妥当性をまずは確認しています。今後は、執行側から進捗の報告を受けながら、当社としてのサステナビリティの方向性や取り組みに関する議論を継続していきたいと考えており、今年から定期的に取締役会で議論する体制を整えたところです。

また、実際に取り組みを推進していくにあたっては、執行側の体制が確立しているかも見る必要があります。当社の場合はCxO体制を敷いていますから、その中でサステナビリティの責任や役割分担が明確になっているか、チェックしていく必要があるでしょう。

特に、取締役会と執行の役割分担は重要です。先日、取締役会で気候変動に関して執行側からの報告があった際、ある取締役から、「これを実行していく上では色々問題があると思うけれども、何が一番の問題ですか。もし取締役会として動くべきことがあったら言って下さい」という発言がありました。この発言は、執行側からしてもとても心強いものだったようです。取締役会がした方がよいこと、執行側がした方がよいことがそれぞれあるはずですので、うまく分担しつつ、執行側をサポートしていきたいですね。

また、サステナビリティと企業価値向上のバランスを取っていくことも必要です。先述のように、企業は自社の価値を向上させることが至上命題であり、現在は気候変動やサステナビリティへの取り組みが企業価値に大きな影響を与えるステージに来ています。一方で、闇雲にこれらに取り組めば企業価値が上がるかというと、そうではありません。気候変動だけを考えてコストばかりかけてもいけないし、企業価値だけを重視するとサステナビリティが疎かになります。両者の関係を明らかにしつつバランスを取り、サステナビリティと企業価値をうまく紐づけていく必要があります。

 

レゾナック・ホールディングスにおけるサステナビリティ戦略のロードマップ

レゾナック・ホールディングスにおけるサステナビリティ戦略のロードマップ

出所:株式会社レゾナック・ホールディングス統合報告書より抜粋

 

Q. 求められる役割を果たすために、取締役会で議論をする上で意識していること

A. サステナビリティや企業価値といった大局的なテーマを議論できるようにするためには、まずは取締役会の議論の目線を上げていく必要があります。昨年、社外取締役と、取締役会をどう変えていくべきかフリーディスカッションを行った際、取締役会が個別案件の検討に時間を取られ、中長期的な企業価値向上に貢献するテーマを議論できていない点が共通の課題認識として挙げられました。その後、例えば、取締役会に上程する議題の付議基準を上げたり、社外取締役の方にしっかりと事前説明をして、疑問を解消した上で取締役会に出す等、真に企業価値向上に繋がる議論のための時間を作ることを、今の当社にとっての最優先事項として実行してきました。中長期のテーマが取り上げられる等、取締役会のアジェンダは明らかに変わってきており、議論の内容は筋肉質なものになってきています。

取締役会の議論において社外取締役に期待することとしては、個別の業務執行に対して指示するのではなく、リスクと機会について、自分達の専門性や経験等のバックグラウンドを基に意見を出してもらい、議論に加わっていただくことです。

その意味で、その時々で求められる内容に応じて、取締役会の構成を変えていくのがあるべき姿だと思っています。特に社外取締役は、今はこんなスキルや経験を持った方が必要、という時代もあれば、何年かの内に、別のスキルを持った方が必要になることもあり得ます。今の当社にとってどんなスキルを持った人が必要なのか、という判断の仕方をしていく必要があります。今で言うと、当社は言うなれば第二の創業という時期にある。であれば、サステナビリティはもちろん、必要なスキルというのは通常時とは当然違ってくる。世界でトップになろう、と言うなら、グローバルの観点も当然必要になります。第二の創業期に対してどういう貢献ができるか、という観点を持ちながら、取締役会でも議論ができると良いと思います。

 

“目標の実現には現場の貢献が不可欠、事業所や製品毎のCO2排出量を明らかにして、理解を得ることから始めている”

Q. サステナビリティの取り組みを進める上での主要な課題

A. 化学の会社として、どうカーボンニュートラルに取り組んでいくかが求められていると思います。化学をはじめとする技術には「光」と「影」の部分があります。「光」というのは言わば便利さで、私たちはこれまで便利さがもたらす快適な暮らしを求めて技術を進化させてきました。

その便利さという光は過去に様々な影を生み出してきました。例えば大気や水質の汚染、薬害といった影です。我々は技術力でそれらの影を取り除いてきました。そして今問題になっている影は地球そのものの持続可能性への疑義というこれまでよりもずっと深刻な「影」です。「光」が「影」を生み出すのは光を遮るものが存在するからです。では、その「光」を遮っているものは何なのか、どうすればそれを取り除いて、「影」の部分を無くすことができるのか、ということに正面から取り組むべきだと思っています。「光」を消したり「光量」を落とすことで「影」をなくしたり薄くしたりするのではなく、この問題に、企業として本質的な取り組みを行うことができているか、モニタリングを行うと同時に、取締役会自身でも議論していかなければならないでしょう。

具体的に当社が取り組まなければならない問題、光を遮っているものとしては大きく2つあり、1つは原料の問題。多くの化学製品は原料として化石資源を使っており、我々の生活は化石資源で成り立っているといっても過言ではありません。当社がやらなければいけないのは、原料として使用する化石資源をいかに減らしていくかということ。これは、地下にある化石資源ではなく、地上にある炭素をどう使っていくかという炭素循環の話でもあります。CO2だけでなく廃棄物やバイオマスもそうです。地上にある炭素源をどう循環させて地下の化石資源に代わる原料としていくかを考えていかなければなりません。

化学産業の課題のもう一つは、化石資源をスタートとするエネルギーを大量に使っているという問題。これは、バイオエネルギーを使っていくのか、アンモニアや水素を使うのか、再生可能な電気を使うのか等、解決に向けた取り組みが必要です。

カーボンニュートラルにおいてはこの2つの側面があり、化学メーカーにできることは、他社や地域との協働も含めて着実に実現していかなければなりません。当社でも実際に、廃プラスチックから水素を作る取り組みを20年間続け、今では1日200トンの廃プラスチックから水素を製造しています。炭素循環社会を作っていくことで光を遮っているものを取り除くことができる。これこそが化学メーカーにとって重要な、課せられた問題です。

また、取り組んでいく上では、事業所やコンビナート等、特に現場の方々の貢献が不可欠です。当社は統合もきっかけに、2030年度と2050年度の気候変動目標を会社として設定しました。これを実現していく上で、まずは当社がどれくらいCO2を排出しているのか、事業所や製品毎に計算し、ライフサイクル全体におけるCO2排出量を明らかにすることから始めています。具体的には3年程度をかけて主要製品で実施していく予定で、その過程で事業所や現場の方々の理解を得つつ、実際の取り組みを進めていって欲しいと思います。その中で分担を明確化しながら、各部署がやるべきことをやるという形で、全社的に取り組んでいきたいと考えています。

 

廃プラスチックから水素を作る取り組み(川崎事業所のプラスチック原料化事業)

廃プラスチックから水素を作る取り組み(川崎事業所のプラスチック原料化事業)

資料提供:株式会社レゾナック・ホールディングス

 

Q. 気候変動以外のサステナビリティのテーマへの取り組み

A. 人権尊重も、サステナビリティの中でも全社横断で取り組むべきもので、かつバリューチェーンを含むという点で、気候変動と同様に非常に重要かつ複雑なテーマと捉えています。2021年には当社も「人権方針」を策定し、改めて人権尊重の考え方をグループ内に徹底し、2022年にはサステナブル調達ガイドラインを発行してサプライヤーの皆様にも周知し始めました。2023年は、海外を含めた従業員アセスメントやサプライチェーン上の人権リスクの調査を行い、高リスク領域の特定や、認識された課題に対する改善策の検討等を進めています。これらの取り組みは、現在の執行側が非常に重視している人的資本経営の土台になるものですから、取締役会としてもリスク面だけでなく価値向上の機会と捉えて注視しています。

その他にもサステナビリティには色々な側面があり、当社としても様々な取り組みを行っています。あらゆるものがサステナビリティに繋がっているとも言えますが、共通して重要なのは、「倫理観」を持てるかどうか。法律で決まっているからやる、というものではない。地球を傷つけるってやっぱりおかしいですよね、人を傷つけるのってやっぱりおかしいですよね、という倫理観を基に、課題を解決していくことが必要ですね。

 

“気候変動問題の重要性を認識し、執行側が長期的な視点を持てるよう、取締役会によるサポートも重要となる”

Q. ステークホルダーへの情報開示に関する課題

A. どのようにして、当社がやっていることを正しく理解していただくかが重要です。どれだけサステナビリティを重視していても、肝心の発信の仕方を間違うと、なかなか理解していただけません。

発信の1つのツールとして、統合報告書を活用しています。統合報告書を含む情報開示については、この1年半でかなり見直しを行いました。考え方としては、当社はやるべきことは実際にやっており、開示すべき内容は持っているので、まずはそれをしっかり見せること。今まではそのモチベーションがあまり無かったので、統合を機にギアを上げています。

また、統合報告書は投資家へのアピールであると同時に、当社の社員が向く方向を一つにするという役割もあります。社員自身が統合報告書を読むことで、当社が目指す姿も理解できますし、自分たちの会社はここまで取り組んでいると実感できるのは大きなメリットです。丁寧に対外発信すれば適切な評価をいただけることがわかってきたので、開示に関するハードルも社内で下がってきています。開示を通じて社外の人たちとも対話をすることができ、そのフィードバックを更に社内の取り組みに反映していく。そうしたサイクルを回せるようになるべく進めています。統合報告書が果たす役割は非常に大きく、武器になると感じています。特に日本の製造業は対外発信があまり上手ではなく、それ故に情報開示をしない流れができてしまっている。そこを、当社の場合は、統合報告書というツールを使って風穴をあけようとしています。

Q.将来、取締役会の議長に就任される方へのアドバイス

A. まず、執行側が本当に長期的な目線で物事を考えられているかをサポートしてほしいと思います。執行側も10年先、20年先のことを考えて取り組んでいますが、どうしても、毎期毎期の数字を重視してしまう時もある。その結果で評価されるのだから、仕方のないことです。執行側が長期的な視点を持ち続けられるように、取締役会がサポートしていかなければならないと思います。

あとは、気候変動問題を含むサステナビリティの重要性を認識し、その課題に執行側が正面から取り組んでいるかを見ることです。気候変動の問題は、便利な生活が生み出した影の部分と言ってもいい。そしてその問題は、小手先の対応で解決できるものではなく、根本的な解決が求められているというのが今の状況です。これをしっかりと認識した上で企業は取り組んでいく必要がありますし、それを監督し、企業価値の向上に繋げていくことが、これからの取締役会の役割になるのではないかと思います。

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