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気候変動にどう向き合うか ―取締役会議長へのインタビュー―

中外製薬株式会社 奥田 修 氏

デロイトでは、取締役会や経営幹部の皆様が共通して関心を寄せる重要なトピックに取り組むべく、「Deloitte Global Boardroom Program」を実施しております。このプログラムの一環として「取締役会議長」にフォーカスをあて、気候変動・サステナビリティにおける取締役会の役割や各社の取り組みを中心にインタビューを実施しました。

<プロフィール>
奥田 修 氏
中外製薬株式会社
代表取締役社長 最高経営責任者

1987年中外製薬株式会社入社。アクテムラ・ライフサイクルリーダー、ロシュ・プロダクツ・アイルランド社長、営業本部 オンコロジーユニット長、経営企画部長、プロジェクト・ライフサイクルマネジメント共同ユニット長を歴任後、2020年に代表取締役社長 最高執行責任者(COO)に就任。2021年より代表取締役社長 最高経営責任者(CEO)を務める(現職)。

奥田 修 氏のお写真

“世界のロールモデルになるという当社の目指す姿を実現するためにも、サステナビリティの取り組みについてもリーディングカンパニーになることを目指している”

Q. 中外製薬におけるサステナビリティの位置づけと目指す姿

A. 当社はグループ経営方針として、社会との「共有価値の創造」を目指しています。社会の一メンバーとして、医療に貢献しながら社会との共有価値を創造していくという考え方が中心にあり、その中で、サステナビリティが当然のごとく重要課題になっています。当社は全ての事業活動を通して、持続可能な社会の実現という方向に進んでいると言えます。

また、成長戦略「TOP I 2030」において2030年に目指す姿を設定しています。その中で、当社は、社会課題解決をリードする企業として、世界のロールモデルになることを目指しています。これを実現するためにも、サステナビリティとその主要イシューである地球環境に関する社会課題への取り組みについてもリーディングカンパニーになることを目指しています。

 

“トップダウンとボトムアップがうまく融合して、サステナビリティは取り組まなければならないことだという意識が浸透してきている”

Q. サステナビリティに関する取締役会の役割と取り組みを促進するための工夫

A. サステナビリティの取り組みを全社一丸で進めるため、その体制もしっかり整備しています。構造としてはまず取締役会が最も上位にあり、その下に経営会議、その下にEHS(Environment, Health, Safety)推進委員会が設置されています。サステナビリティ全体の最終責任は取締役会及び経営会議の議長であり代表取締役CEOの私自身が担っています。ただし、サステナビリティというのは生産や研究等、全ての事業活動に関わりますから、私を含む8人の統括役員によって責任を分担しています。EHS推進委員会では、環境やサステナビリティに関する様々な議論を行い、年1回、定期的に取締役会に報告をしています。取締役会は、経営会議やEHS推進委員会において審議あるいは承認されたことを、監督・モニタリングする役割を担っています。

当社の取締役会の特徴として、業務執行取締役がサステナビリティ先進国における取り組みや、外部の多様な観点からの意見をそのまま経営に活かせる環境が整備されている点が挙げられます。当社の取締役会は業務執行取締役3人、独立社外取締役3人、ロシュ出身の非業務執行取締役3人で構成されています。業務執行取締役は取締役会の構成員であると同時に、サステナビリティに対する執行責任を担っていますから、取締役会での課題や進捗の共有がスムーズにできます。独立社外取締役は企業経営の経験者や金融・医学の専門家等、多様性に富んだメンバーであり、外部の視点で意見が出されます。ロシュ出身の非業務執行取締役は、環境やサステナビリティに対する意識が高く、ロシュ自体も環境やサステナビリティに関する取り組みをかなり先進的に進めているため、様々な意見が当社の取締役会の中で出てきます。そこで出た意見を業務執行取締役がそのまま吸収し、経営に落とせる体制になっています。その意味で、取締役会の構成は、非常にバランスが取れていると言えます。

因みに、ロシュとの協力は様々な場面で行われています。彼ら自身が高い目標を立てているので、ロシュグループの一員としてどう貢献していくかが、自然なマインドとして当社にも入ってきています。様々なレベルでの意見交換がなされ、個別の設備投資案件を経営会議で議論するときには、CO2やフロン削減のアイデア等がすでに盛り込まれている状態になっています。ロシュの影響もあって、当社では環境に関する議論はだいぶ前から始めており、2010年ぐらいから議論が始まり、2020年9月にはCO2排出をゼロにする目標を決定し対外発信しました。これは日本政府のカーボンニュートラル宣言よりも1か月ほど早かったのですが、その後の世論の流れが社内にもポジティブな影響を及ぼしたと考えています。

取締役会で議論を行う上での工夫としては、環境投資の個別案件だけの説明では全体像が分かりにくい場合には、設備投資の全体像を一枚つけてもらい、それから個別説明に入るようにしています。あとは、各取締役が意見を言いやすいような雰囲気作りを心がけています。海外に居住しているロシュ出身の非業務執行取締役以外は基本的にオンサイトで参加してもらっているので、表情を見ながら、何か言いたいことがありそうな場合には発言を促したりしています。また、設備投資に関してはテクニカルな説明も多いので、事前説明の実施や用語解説を充実することにより理解を促しています。

2021年からは、取締役及び執行役員の報酬にサステナビリティの取り組み結果を反映する仕組みも導入しました。更に、毎年社員が自身の業務課題を設定しているのですが、昨年から、執行役員以上の業務課題には、必ずサステナビリティの課題を組み込むようにしました。もちろん、達成できた場合には評価がアップします。全社の課題を本部から部、部から個人という形にブレイクダウンしていくことで、全社目標の達成を担保しています。

こうした取り組みもあってか、数年程前に比べると、サステナビリティ、特に環境投資に関する社内の意識は変わってきていると感じます。取締役会メンバーはもちろん、その下の経営会議メンバーや社員の意識が大きく変わってきています。当社では、環境投資はコストではなくあくまで「投資」と捉えています。短期的には利益を圧迫するようにも捉えられがちですが、超長期的な視野に立てば、それは地球環境を守るための投資だ、と。当社が患者さんの為に薬を創っていることと、向いている方向は基本的に同じです。もちろん最初はコストなんじゃないかという意見もありましたが、やらなければならないことなんだ、という共通認識ができてきています。

こうした意識の浸透は、トップダウンとボトムアップがうまく融合した結果ではないかと思います。基本的には、2022年3月まで業務執行取締役であった上野幹夫がESGの活動で積極的にリーダーシップを発揮し、それが受け継がれている面があります。一方、実際の実行計画はボトムアップで、目標に対してどう取り組めば達成し得るのか、という考え方で作り上げていきます。伝統的に見ると、当社はボトムアップ型の会社です。イノベーションの実現には、一人ひとりのアイデアや、現場の会話の中での発想が重要になりますから。それに加えて、サステナビリティの目標に対する社員の共感度が高く、目線が合いやすいというのもあります。例を挙げますと、2021年に発表した「TOP I 2030」という2030年に向けた成長戦略を社員向けに説明した際、各個人の共感度が大変高く、「これだよ、やることは」という雰囲気になる。そうすると皆、誠実な方が多いので非常に真面目に取り組む。そんな会社なんです。元々、患者さんのためになることをしたいという素地がありますから、製薬会社に入って実際に薬を創って届けることができて、患者さんから手紙をいただいてとても嬉しい、という好循環が社員の中に生まれている。そうした意識がサステナビリティの取り組みにも繋がっているのだと思います。

 

経営層と社員とのダイアログを定期的に実施。サステナビリティ活動への関心も高い

社員と経営のダイアログの様子

写真提供:中外製薬株式会社

 

研究所のロビーに設置されているエネルギーモニタリング装置

研究所のロビーに設置されているエネルギーモニタリング装置

写真提供:中外製薬株式会社

 

Q. サステナビリティの取り組みを進める上での主要な課題

A. 急速に技術が進歩する中で、環境投資額の妥当性とそのタイミングの見極めが難しいと感じています。例えばガスボイラーを全て電気ボイラーに替えるとか、フロン冷媒でなくて自然冷媒の冷却器を導入するとなった時に、本来ならば、通常の設備とのコスト比較をしなければいけません。しかし、これをやるためには相応のな労力がかかり現場の負担も倍増します。そうした中で、片方の金額だけを見て妥当性を議論するのはなかなか難しい。環境設備や技術は日々進歩するので、いつが導入のベストタイミングなのかの判断も難しいですね。しかし、適切なタイミングで決断しないと、2030年の目標には間に合わなくなる。決裁してしまってから新しい技術が出てくることもありえます。

また、気候変動の目標は100%達成できる見通しがあって設定しているわけではありませんので、まさに走りながら考えなければならないのも難しいところです。例えば、電力は全てサステナブル電力に変えていくとしていますが、そのサステナブル電力自体のキャパシティはまだ充分でない。これは日本全体で解決すべき課題でもあります。フロンについても、代替フロンと呼ばれるフロンはありますが、大気への影響が全く無いという保証が100%取れているわけではない。かといって、アンモニアを用いた自然冷媒を使うとなると、巨大な設備が必要になる。こうした現実的な課題に一つ一つ取り組んでいかなければなりません。その他、国毎の規制の違いにも対処していかなければいけません。ただ、世界のロールモデルを目指す当社としては、最も厳しいところに合わせていくべきだろうとは思っています。

Q. ステークホルダーへの情報開示に関する課題

A. 一つは、環境投資の説明責任を果たしていくことです。当社は、気候変動の目標と同じく、それを達成するための投資額についても開示を行っています。必要な投資額については合理性や妥当性の説明が難しく、利益を圧迫しているのではないか、費用の妥当性を説明せよと言われてもおかしくないのですが、結果として批判的なコメントは出ていません。少なくとも、短中期ではない長期的な経営視点を持っていることは評価いただいており、共感は得られているのではないかと思います。あとは、コアのビジネスがうまくいっていなければ環境投資どころではありませんので、本業においてしっかりと結果を出して、それを説明していくことが重要ですね。

なお、外部からの評価という観点では、当社は2022年にDJSIの医薬品セクターにおいて世界最高評価を獲得しました。私は、こうした外部機関の評価は社会からの要請を表していて、これに応えていくことが社会の要請に応えることに繋がると捉えています。いわば羅針盤のようなものです。その意味では高い評価を得るだけでなくそれを維持することが重要ですので、外部評価を基に変化する社会の要求を把握し、今後もそれに応じた取り組みや開示を充実させていく必要があります。

 

“サステナビリティは他社も同じ方向を向いて社会のためにやっているはず。同業も含めた他社との連携をもっと推進しても良いのでは”

Q. 気候変動以外のサステナビリティに関する課題

A. 取り組まなければならない課題は多くありますが、サプライチェーンマネジメントは重要な領域と言えます。PSCI(Pharmaceutical Supply Chain Initiative)という、製薬業界におけるサプライチェーンの評価を行う団体があり、当社はそのメンバーになっています。例えばコンプライアンス、人権、EHSといった観点からサプライヤーを評価しており、重要な一次サプライヤーは実際に訪問して評価を行う等、かなり取り組みを進めてきています。今後は、二次サプライヤー以降の評価に取り組んでいく必要があります。

人的資本経営については、10年以上前から課題として取り組んできました。人事制度改革の他、「働きがい」改革という形で、会社の目標や方針に共感し、自分のやりたいことを実現し、自らが自律して動こうと提唱しています。以前からの取り組みが成果をあげてきていますが、その根底には、患者さんへの思いや、イノベーションにこだわる精神があるのではないかと考えています。

当然ながら健康経営への関心も高まっています。その人がやりたいことを会社でやってもらうためにはやはり健康でないといけません。また、がんの薬を創っている会社でもあるので、社員の皆さんにはがん検診を受けることを推奨しているだけでなく、何か異常があったときの再検査受診率の向上にも取り組んでいます。

Q.将来、取締役会の議長に就任される方へのアドバイス

A. 私自身CEOも兼務していますので、そうした方へのメッセージになればと思います。

まずは、サステナビリティというのは、企業の経営方針、当社でいえば社会との共有価値の創造の大きな一翼だと理解することが最も重要です。それを組織全体、取締役会も含めて浸透させ持続させていくことが必要になります。

次に、外部動向の変化には常に目を配ること。社会的な要求は変化することもありますし、技術・科学の進化にも目を配ってほしいです。また、社会からの要求が変わったら、今立てている目標を見直すことも必要です。

最後に、同業も含めた他社との連携をもっと推進しても良いのではないでしょうか。地球環境問題をはじめとするサステナビリティというのは何も自社だけの話ではなく、他社も基本的には競争のためではなくて社会のためにやっているはずですよね。だから情報共有しても大丈夫なはずなんです。だけど、今はあまりできていない。社外との技術的なコラボレーションや、取り組みはどんどん発信して良いのではと思います。

デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリー

デロイト トーマツ グループでは、コーポレートガバナンスに関するインタビュー記事や、各種の調査・研究結果レポートをリリースしております。デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリーでは、これらの調査・研究の結果を公表しております。

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