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気候変動にどう向き合うか ―取締役会議長へのインタビュー―
味の素株式会社 岩田 喜美枝 氏
デロイトでは、取締役会や経営幹部の皆様が共通して関心を寄せる重要なトピックに取り組むべく、「Deloitte Global Boardroom Program」を実施しております。このプログラムの一環として「取締役会議長」にフォーカスをあて、気候変動・サステナビリティにおける取締役会の役割や各社の取り組みを中心にインタビューを実施しました。
目次
- “当社のパーパスにサステナビリティの要素がしっかりと組み込まれており、やるやらないの問題ではなく、存続するために当然のことと捉えている”
- “高い専門性を持ったサステナビリティ諮問会議のインプットを受けつつ、取締役会はマルチステークホルダーの視点から全体観を持って取り組みを評価していく”
- “サステナビリティに関係のない企業はなく、それぞれの企業の存在意義や経営の中に位置付けることが必要”
- デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリー
- デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター
<プロフィール>
岩田 喜美枝 氏
味の素株式会社
社外取締役(取締役会議長)
1971年労働省(現厚生労働省)入省。厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を務める。退官後は株式会社資生堂に入社し、2004年に同社取締役執行役員に就任。同社代表取締役執行役員副社長等を歴任した後、数社の社外取締役・社外監査役を務め、2019年に味の素株式会社社外取締役に就任(現職)。2021年より取締役会議長を務める。
“当社のパーパスにサステナビリティの要素がしっかりと組み込まれており、やるやらないの問題ではなく、存続するために当然のことと捉えている”
Q. 味の素におけるサステナビリティの位置づけ
A. サステナビリティは当社の経営と切っても切り離せない、まさに土台を成すものです。当社は2030ロードマップにおいて、「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」を、志(パーパス)として位置付けました。これは、後ほど触れるサステナビリティ諮問会議からの答申を踏まえて設定したものです。ここでいう「人」とは主にお客様や生活者を指し、それに加えて社会や地球のWell-beingに貢献していくということで、サステナビリティそのものを表しています。パーパス自体にサステナビリティの要素がしっかりと組み込まれているということは、やるやらないの問題ではなく、当社が存続するために当然のことと捉えています。
Q. サステナビリティの取り組みにおける取締役会の役割や議長として意識していること
A. 前提として、取締役会には主に2つの役割があると考えています。1つは中長期的な企業価値向上のために経営の大きな方向性を示すこと。当社は指名委員会等設置会社であり、意思決定をより迅速に進めてもらうために執行側に大きく権限委譲しています。しかし白紙の状態で委譲すると執行側に迷いが生じるので、そこは取締役会が大きな方向性を示します。向かうべき方向が分かっているからこそ、執行側もリスクテイクができるようになります。
もう1つは、執行の状況をモニタリングすることで、プロセスが間違ってないか、そして成果が目標に届いているかどうかを監督します。
サステナビリティのテーマにおいても同様です。まず方向性を示す点については、企業経営の方向性の中にサステナビリティの課題意識が溶け込んで、一体化しているのが目指す姿だと考えています。ガバナンスやサステナビリティの取り組みが進んでいる企業でも、まず事業戦略を作り、その後にサステナビリティの取り組みに係る計画を立てるやり方がよく見られます。
しかし、そのやり方ではサステナビリティの計画が遅れてしまい、私は理想の姿ではないと思います。もちろん事業戦略が地球環境課題にどう影響を及ぼすかをみるのも大事ですが、地球環境課題からみて事業戦略として何をするべきかという考え方もあるはずで、それらを同時に議論するのが理想的な姿です。そこをうまくできている会社はまだ多くありません。当社の場合は、2030ロードマップを作成する過程で、2030年のありたい姿を指標として示した「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)指標」の中で、ROE等の経済価値指標に加えて、環境負荷削減の取り組み等の社会価値指標を設定した他、従業員エンゲージメントスコア等の無形資産強化も目指すといった風に、事業とサステナビリティを全体的にロードマップに落とし込んで一体として議論しました。
モニタリングについては、マテリアリティとそのリスク・機会を、1年に1回取締役会で見直す他、経営会議の下にサステナビリティ委員会を設置しており、取締役会も委員会から年に2回報告を受けます。また、投資家とのコミュニケーションについてもモニタリングを実施しています。当社はアニュアルレポート(「ASVレポート」)を毎年8月末に発行していますが、翌年1月頃の取締役会で、発行後の投資家の反応を確認し、次回の編集方針を議論するようにしています。このように、インプリメンテーションとコミュニケーションの両面で取締役会は関心をもってモニタリングしています。
私は、2021年の指名委員会等設置会社への移行と同時に、初の社外人材による議長として就任しました。新しい機関設計の中でどう取締役会の実効性を向上させるかが、議長として最も大きな仕事であると捉えており、先ほど述べた2つの役割を確実に果たすために大事であると意識していることが2つあります。
1つは「誰が議論するか」、つまり取締役会の構成の問題です。当社の「志」「存在意義」からすると、サステナビリティの経験者・専門家が必要であり、スキルマトリックス上でサステナビリティという項目を設け、人選には留意しています。
もう1つは「何を議論するか」というアジェンダの問題です。当社の場合、年間の議題設定は取締役会で決めた上で、毎月の議題は議長がリーダーシップを取り、事務局の皆さんの意見を聞きながら決めていきます。気候変動を含めたサステナビリティのテーマは時間を取って議論できるようにしており、昨年は計6回取り上げました。私が経験している他社と比べても年6回は多いと思いますが、毎回時間をとってしっかり議論しています。なお、機関設計を移行した際に、報告事項と付議事項に加えて審議事項を設けました。これは企業経営の大きな方向性を決めるための議論の区分で、企業価値に大きな影響を与える経営事項を7つ選び、毎年必ず1回ずつは議論するようになったことが従来と全く違っており、現在はそこに一番時間を使っています。
Q. 取締役会での気候変動に関する議論の変化
A. 以前からサステナビリティに関する議題は多い会社でしたが、2022年度は2030ロードマップの策定のために1年間ずっと議論しましたので、大きく変わりました。
議論した内容は大きく3つあり、1つ目は冒頭に挙げた、パーパスの中にサステナビリティを埋め込むという議論です。
2つ目は中長期の経営戦略です。当社は「ASV指標」の中で、「環境負荷削減の取組み」と「栄養コミットメント」の2つを社会価値指標として挙げていますが、この2つは単に並べているのではなく、原料を育て、食料品を製造し流通させ、食卓や飲食店に届ける、という一連の持続可能なフードシステムで繋がっています。つまり、「地球環境負荷50%削減」と「健康寿命10億人の延伸」という2つの目標が、メビウスの輪のように結びついているのです。例えば、味の素®の原料であるキャッサバ等を作る途上国の農家の持続可能性を高めるため、土壌の品質改良や最適な肥料を当社が提供することもフードシステムの一環です。このような繋がりが当社の特徴であり、この考え方をどうしたらうまく社内外に伝えられるか、取締役会でも議論しました。
3つ目は、事業ポートフォリオの議論です。既存事業の成長と併せて4つの成長領域を定めており、その1つに「グリーン」という領域があります。これについては、環境問題をビジネスの機会と捉え、当社独自のアミノサイエンス®を活かし成長戦略としてどう取り組むかを議論した結果です。例えば、環境負荷が高い動物肉に代わる、プラントベースプロテインという植物由来のたんぱく質があり、これを当社の技術を使ってどこまでおいしくできるか、ベンチャー企業と協働して提供しようとしています。
味の素グループのサステナビリティに対する考え方
出所:味の素株式会社ホームページより抜粋
“高い専門性を持ったサステナビリティ諮問会議のインプットを受けつつ、取締役会はマルチステークホルダーの視点から全体観を持って取り組みを評価していく”
Q. サステナビリティの取り組みを促進する上での工夫
A. 執行側にサステナビリティ委員会を設置するだけでなく、取締役会の下にサステナビリティ諮問会議を設置しており、私はこれはやってよかったなと思います。
サステナビリティ諮問会議は、西井前社長の強いイニシアチブにより、2021年に発足しました。当社のサステナビリティの取り組みをもう一段高めたいという思いがあったのではないかと思います。2年間かけてマテリアリティの見直しを議論するために、結構大人数の会議でしたが、私自身を含め多様性と専門性を持った様々なメンバーが集まって、取締役会に新マテリアリティを答申しました。
その後、この会議をどうしようか、という議論になりました。マテリアリティのフォローアップは取締役会が主体的にやるべき大事なテーマなので、諮問会議に丸投げしてはいけないし、同じことを重複して議論しているのでは無駄になります。そこで、2023年9月からはメンバーを4人に絞り、かつ市場関係者にウェイトを置く形で第2期の活動がスタートします。今後は、マテリアリティに基づく取り組みをモニタリングするフェーズに入りましたので、ESG投資家であるBNPパリバ証券の中空氏に議長を依頼し、主として資本市場の目線で評価してもらいたいと考えています。取締役会メンバーに市場関係者はいないため、高い専門性を持った方たちにインプットをしてもらいつつ、取締役会はマルチステークホルダーの視点から、全体観を持ってサステナビリティの評価をしていきたいと考えています。
Q. 気候変動・サステナビリティの取り組みにおける主要な課題
A. あくまで個人的な見解となりますが、取締役会で何度となく発言していることとして4点程あると考えています。
1つ目は対外的にコミットした目標を必ず達成できるかどうかという点です。当社は、2030年に温室効果ガス(GHG)排出量を50%削減し、2050年にネットゼロを達成するという目標を掲げています。後者は非常に高い目標であり、当初、執行側が確実にやれることが見えないからと躊躇しましたが、背中を何度も押してコミットしたという経緯があります。この目標について、特に2050年のネットゼロを達成するには、相当な技術革新が必要だということがわかっています。例えば、生産過程で排出するGHGを抑えたグリーンアミノ酸を作る技術が必要になります。まだ実現の目途が立っているわけではありませんが、当社でなければできないことですし、なるべく早くやり遂げていただきたいと思っています。
2つ目は、スコープ3のGHG削減です。スコープ1と2は問題なく進んでいますが、スコープ3はこのままでは到達が難しいです。原材料の調達や一次加工から、製品を配送するところまで、農家、サプライヤー等の皆様とも共同して削減に取り組んでいますが、これを相当に強化する必要があると思います。
3つ目は、ICP(Internal Carbon Pricing)の活用です。当社はICPの仕組みを導入しており、それを活用し、将来炭素税が導入された際に、どのくらいの財務インパクトになるかということを算出し公表しています。また、設備投資の判断においてGHG排出量の増減について参考情報としてICPを活用する場面がありますが、今後は事業ポートフォリオの組み替え等において投資判断に不可欠な要素として積極的に活用していけると良いなと思います。
4つ目は、社会価値と経済価値の繋がりをより明確に示すことです。当社はASV経営を掲げ、社会価値と経済価値を生み出す経営を目指していますが、事業活動を通じてどのように社会価値が生まれ、それがどんなパスを経て経済価値になるのかということを、まだ十分に示せていないと考えています。社内で検討しており、取締役会にもいくつかの事例は上がってきています。難易度が高いと思われますが、可能な限りデータで検証し、対外的にも公表できればと思っています。
Q.気候変動以外のサステナビリティの課題
A. ESGのSの分野で大きな問題は人権です。当社の場合、特に調達面で途上国での農業、水産業、養殖、食材の一次加工に依存していること、また、国内では工場で外国人労働者が働いていること等、一定のリスクが生じうると認識しています。
対応として、人権デュー・ディリジェンスを数年前から実施しています。リスクが生じる可能性が高いと思われる分野から徐々に実施しており、これまでにタイやブラジル、インドネシア等で実施しました。幸い、深刻な問題は発見されていませんが、小さな問題は見つかっており、その都度、対応を検討しています。いずれにしても、こうしたデュー・ディリジェンスをサステナビリティ担当部署と調達部門・事業担当部署が一緒になって現地に入って実施する、というプロセスが非常に重要ですし、意義のあることだと思いますので、今後、地域や製品を広げて実施していただきたいです。
“サステナビリティに関係のない企業はなく、それぞれの企業の存在意義や経営の中に位置付けることが必要”
Q. ステークホルダーへの情報開示に関する課題
A. 当社は、開示すべきものを開示しなければ企業価値は上がらないという点をよく理解し、情報開示には熱心に取り組んでいます。それでも、複数の開示基準への対応は大変です。
当社の場合はTCFDに基づく開示は実施してきていますが、一方で、新たな開示基準への対応が必要になっています。1つは、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)です。当社は原料を自然に依存していますから、生物多様性の確保は大きな課題です。開示基準が確定しましたら、それに基づいて、どうすれば当社の価値がうまく伝わるような開示ができるか、検討しなければなりません。また、当社の欧州現地法人のいくつかはCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)の対象となっており、対応が求められています。このようにいくつもの開示の枠組みがあり、枠組み毎に知識の習得や情報収集が必要になるため大きな負担となることを懸念しています。
また、開示だけでなくステークホルダーとの対話も必要となります。IR Day等の機会も利用してサステナビリティについての投資家との対話を継続・強化することが必要でしょう。
Q.将来、取締役会の議長に就任される方へのアドバイス
A. 議長としてというよりも、一人の社外取締役として私自身が学んだことをお話するとすれば、1つ目は、サステナビリティはそれぞれの企業の存在意義や経営の中に位置づけるということ。このテーマについて関係ないという企業はありません。
2つ目は、環境問題は非常に大きなリスクであると同時に機会でもあるため、成長戦略として考えること。グリーンアミノ酸が完成すれば、それを必要とする社会に貢献することになると同時に、当社の売上や利益に寄与するわけですから、成長戦略としても重要です。
3つ目として、サステナビリティはガバナンス上のテーマでもあると認識すべきこと。株主提案で環境問題が取り上げられることも珍しくなくなってきています。
最後に、サステナビリティの問題は世の中の動きが非常に早く、私が10年前に資生堂でCSRを担当していた時の議論とは隔世の感があります。国際会議でどんな議論があり何が決まったのか、特にEUをはじめとする各国政府、関係するNGO・NPO、投資家の動き等、知っておかなければならないことがたくさんありますので、学び続ける努力が求められること。以上、ご参考になれば幸いです。
デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリー
デロイト トーマツ グループでは、コーポレートガバナンスに関するインタビュー記事や、各種の調査・研究結果レポートをリリースしております。デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリーでは、これらの調査・研究の結果を公表しております。
デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター
デロイト トーマツ グループでは、デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター(Center for Corporate Governance) のポータルサイトを通して、企業に世界各国のコーポレートガバナンスに関する情報を提供しています。日本を始めとする世界各国のデロイト メンバーファームが緊密に連携し、海外で積極的に事業活動している企業のグローバルなコーポレートガバナンス活動をご支援いたします。