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気候変動にどう向き合うか ―取締役会議長へのインタビュー―

株式会社LIXIL 松﨑 正年 氏

デロイトでは、取締役会や経営幹部の皆様が共通して関心を寄せる重要なトピックに取り組むべく、「Deloitte Global Boardroom Program」を実施しております。このプログラムの一環として「取締役会議長」にフォーカスをあて、気候変動・サステナビリティにおける取締役会の役割や各社の取り組みを中心にインタビューを実施しました。

<プロフィール>
松﨑 正年 氏
株式会社LIXIL
社外取締役 兼 取締役会議長 兼 ガバナンス委員会委員長 兼 指名委員会委員

1976年小西六写真工業株式会社(現コニカミノルタ株式会社)入社。コニカミノルタ株式会社取締役代表執行役社長、取締役会議長を歴任後、2019年に株式会社LIXILグループ(現株式会社LIXIL)の社外取締役に就任し、現在まで取締役会議長を務める。

松﨑 正年 氏のお写真

“気候変動を含めたサステナビリティの課題は「リスク」と「成長の機会」の両面で取り組む”

Q. LIXILにおける取締役会の役割

A. 指名委員会等設置会社として求められる取締役会の役割の「基本」を果たすことを意識しています。すなわち、経営を誰に任せるのかを決定すること、パーパスやビジョン等の経営の基本方針を承認すること、その推進体制や執行側のガバナンスシステムを説明してもらい承認すること、最後にその実行状況を確認していくことです。これらの「基本」を、どの課題に対してもやっていこうという考えで取締役会を運営しています。

Q. 気候変動を含むサステナビリティに関する取締役会の役割、議論の変化

A. 基本的には先ほど申し上げた取締役会の役割と同じです。まずは気候変動を含めたサステナビリティの課題に対してどう取り組んでいくかという基本方針や、その推進・ガバナンス体制の承認を行います。同時に、取締役会がどのように、どのタイミングで取り組み状況を確認するかということを決めます。現在は1年に最低2回は報告を受けることになっており、執行側の取り組みを確認しています。

具体的にどんな議論をしているかというと、2021年度は、気候変動を含めたサステナビリティの課題は「リスク」と「成長の機会」の両面で取り組むべきであることを伝えました。

リスクの面でいえば、外部機関のアセスメントで高い評価を受けていても、国際社会の要求する領域の取り組みを外してしまうと、そこだけが注目されて「取り組みが不十分、熱心ではない」と批判を受けるかもしれない。例えば、ある産業では、EV(電気自動車)に対する国際社会の関心は高まっていますが、ある企業が熱心にEVに取り組んでいたとしても、対外的に前面に出して説明をしないと、消極的だという批判が起きかねないわけです。S(社会)に着目すれば、人権やサプライチェーンもそうです。例えば強制労働させている国や業者と取引をしていないかは確認が必要です。社会全体が関心を持っているため、企業としては、こうした点には特に感度を高めていかなければなりません。

一方で、あくまで目的は企業価値の向上ですから、社会課題の解決を「成長の機会」に繋げる視点が重要です。なぜ企業にSDGsの取り組みが期待されているかというと、企業は人材やテクノロジーを有しているので、「社会課題を解決する能力がある」と同時に「ビジネスに繋げる能力がある」と期待されているからだと思っています。ですから、単にSDGsのこれとこれに取り組んでいる、ではなく、期待される役割を果たし、課題解決を通じて企業価値を高めていることを説明すべき、と取締役会の場で指摘しました。

また、2022年度は11月と3月に報告を受けましたが、同様に「リスク」と「成長の機会」の観点から確認を行いました。「リスク」としては前年から取り掛かっているTCFD提言に基づく議論をしっかり完了させて、有価証券報告書で明確に説明していることを確認しました。また、生物多様性の保全についてもTNFDの動きを踏まえ執行側がマテリアルイシュー(重要課題)の1つに加えて環境戦略の基盤に据えるという報告を受け、確認しています。

成長に繋げるという観点では、2022年度はCEOが作成する「LIXIL Playbook」を更新しました。その目玉として、環境への取り組みを成長戦略の1つとすることをしっかりと組み込み、成長戦略との繋がりが明確であることを取締役会としても確認しました。その結果、事業に係る四半期毎の執行役からの報告の中で、CO2削減に寄与する商品の取り組み状況や今後の活動が報告されるようになっています。なお、当社はサステナビリティに係る戦略を「インパクト戦略」という呼称に変えました。従来は「コーポレート・レスポンシビリティ戦略」と呼んでいましたが、どうも今の実態に合わない、当社がやりたいことを正確に表していない、ということで、執行側から提案がありました。経営の基本方針に関するところですから、取締役会で審議し承認しています。これは、2021年に私が伝えたことに対して前進があったなという風に捉えています。

 

LIXIL Playbook (2023年に更新し、5つの戦略的優先課題を設定)

LIXIL Playbookからの抜粋

出所:株式会社LIXILホームページより抜粋

 

“社会課題解決の取り組み自体をいかにサステナブルに実行できるかということも重要”

Q. 取締役会における議論の質をあげる議長としての工夫

A. 当社はCDPでもAランク、DJSIでも「World」に登録される等高い評価を得ていますが、議長として課題を感じている部分は当然あり、それを執行側に伝えた上で、執行側の取り組みと推進体制を確認しています。一方で監督側としては、取締役会自身が世の中の動きをもっと学ぶ必要があると感じています。取締役間で知識にはバラつきがあり、全体としてレベルを上げて、各人の経営観に落とし込んだ本質的な議論をしていく必要があります。

因みに当社の特徴として、取締役会のスキルマトリクスに「サステナビリティ」は載せていません。これは指名委員会でかなり議論しました。今後の社外取締役の顔ぶれとして、サステナビリティの専門家を入れるべきなのかというと、結論は「そうではない」。企業経営として向き合うべき課題だから、全員が知見を持ち議論ができないといけないとの結論になりました。こうした議論を、4月に開催したESG説明会で、指名委員会の西浦委員長より説明しました。それゆえ、各社外取締役がサステナビリティの動きを情報収集しなければならない。それを支援するために、外部講師による役員研修会を年1、2回実施しています。社外取締役だけでなく、執行兼務取締役、執行役も参加しています。他にも、日本取締役協会等の外部セミナーを事務局に案内してもらう等もしています。社外取締役には、積極的に知識を取り入れる姿勢が要求されますので、その上で議論の質を上げていきたいですね。

議長としては、当社の取締役会にはそれぞれの経営観に基づいて企業価値向上の議論ができる人が揃っていますので、「本質的な質問・意見」を引き出せるよう、その方から意見がでないときには「〇〇さんからコメントをいただけませんか」とファシリテートするよう工夫しています。

また、社外取締役は、執行役の行動を変えるような質問をすることが重要と考えています。執行側から環境戦略の更新について説明があった際に、ある社外取締役から、「環境の取り組みについて個別に説明を受けるが、会社としてトータルで何をしているのかがわかるようにしてほしい。そうすれば企業価値向上との繋がりが社外の人も理解できる」という指摘がありました。これを踏まえて2023年3月に環境戦略を更新した結果、以前よりだいぶ全体像が見えるようになりました。

Q. 気候変動対応やサステナビリティ推進に向けた課題感

A. サステナビリティを推進していく際のよくある課題として、本社は一生懸命だけど、事業部門からは「そんな暇はない」「利益を維持するためにコストはかけたくない」という声が聞かれたりします。しかし当社は、「LIXIL Playbook」の中で、CEO自らが「環境戦略が成長である」と宣言していますので、事業部門も自分事として取り組んでいます。足元の数値目標と中長期的な目標のコンフリクトといった現場の悩みに対して答えを明確に示すのは、事業のリーダーの責任です。

また、サステナビリティ推進体制がいかに事業部門を巻き込むかを考慮したものになっているため、事業部門と推進部門が一体となって成果を出せていると思います。放っておくと「どっちを優先するのか」という話になりがちですから、そこで方向性を示すのは取締役会の役割だと捉えています。

具体的なテーマとしては、先述の通り人権については取締役会としても常に意識しています。また、社会課題解決の取り組み自体をいかにサステナブルに実行できるかということも重要です。世界には屋外排泄を余儀なくされていたり、衛生的なトイレが整備されていない国があり、それ故に学校に行きたくないという子供たちがいる。当社のグローバルのチームがこの社会課題を認識し、開発途上国のニーズに応える「SATO」というトイレを提案しています。これは社会的にも意義のある取り組みですが、私からは「非常に良い取り組みだけど、継続していくためには赤字が続いては問題だ、いくら多くの方に使ってもらっても、赤字なら続かない。少なくともブレークイーブンを目指すべき。それが難しいなら、この取り組みの意義を理解してもらって、活動資金を集める工夫が必要」と伝えました。この辺りの考えを、担当執行役はよく理解してくれた上でかねてからSATO事業の強化に取り組んでいると思います。

Q. サステナビリティの情報開示

A.当社としてどう企業価値向上に繋げていくのか、というストーリーテリングが重要です。そのためには、他社の動きを意識しすぎないことです。金融庁等が開示の「好事例集」を公表していますが、そうすると開示担当は意識せざるを得ず、放っておくと「開示合戦」になってしまいます。研究開発部門が商品スペックを他社比較して「勝ち負け表」で決めるから、画期的なイノベーションが起こらないのと同じですね。あくまで、当社の取り組み姿勢を軸に置いた開示が必要です。商品開発で「顧客が何を求めているのか」を考えるように、「ステークホルダーは何を知りたいのか」を優先的に考えないといけない。色々と多くの内容を開示しても印象には残らず「何がしたいのですか?」と問われてしまう。

当社には、社外取締役だけで構成するガバナンス委員会があり、私が議長を務めています。この委員会の目的は取締役会で十分時間が確保できない議題を補完的に監督することであり、情報開示の監督もその一つです。サステナビリティも含めた情報開示、有価証券報告書、統合報告書、株主総会招集通知等を議題設定し改善しています。年2回取り上げていて、1回目は、担当部署が作業に入る前に方針を聞き改善点を提案します。2回目は、開示後に去年との比較をして再度改善点の提案を行います。それをここ2、3年続けていますね。

また当社の場合、主たる読み手は機関投資家と位置付け、何を知りたいのかを把握するためにESG説明会を開催し、そこに社外取締役も同席しています。執行側の取り組みと、それに対してどんな監督をしているのかを説明しますが、当日参加された機関投資家からは様々なフィードバックがあり参考になります。

 

“「サステナビリティ」と「成長」は必ず両立できるという信念を持っており、それが議長として監督をする際のベースとなる考え方になっている”

Q.将来、取締役会の議長に就任される方へのアドバイス

A. 今の議長にも必要なことですが、1つ目は、サステナビリティにどう取り組むか「経営者としての哲学」を持つことです。執行側も哲学をもって取り組んでいますし、監督側も各社外取締役がそれぞれに「経営者としての哲学」を持たないといけないでしょう。取締役会議長は特にそれが求められると考えています。

私の場合、コニカミノルタの社長に就任したのがリーマンショックの後だったこともあり、どうすれば持続的に成長できる会社になるのかを考えました。その結果、社会から認められる会社にならないといけない、地球環境がサステナブルでないと企業活動もサステナブルになれないという結論に至り、社長就任後、長期環境ビジョンの策定や2050年に向けたCO2削減目標を掲げました。その時も、赤字では続かないので成長との両立を目指しました。私自身、必ず両立できるという信念を持っていますし、会社の持続的な成長のためには地球環境に責任を持つべき、という哲学があります。それが、議長として執行役の取り組みを監督する際のベースとなる考え方になっています。

2つ目は、ガバナンスの目的が企業価値を高めることだということを忘れないでほしいですね。当社の場合は、環境戦略を成長戦略に組み込むことができたので、かなり意識してくれています。

3つ目は、執行側だけでなく監督側からも発信することです。議長や指名委員会がESG説明会に登壇して説明すると、執行側が説明した内容に至った経緯がわかると投資家からも好評です。これからの議長は、執行側の考えを説明するだけでなく、どういう観点で監督しているのかを外部に対して説明することも大事です。

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