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日本企業に求められるイノベーションマネジメントのあり方(第2回)

近年、市場環境の急激な変化によりイノベーション創出の重要性が高まっている。前回は、不確実性を前提とした「実験」と「学習」の反復を原則としたマネジメント手法(=イノベーションマネジメント)が、成果の違いに繋がっている可能性を指摘した。本稿では、イノベーション創出をめぐる世界的潮流とともに、日本企業が目指すべきイノベーションマネジメントのあり方について解説する。

はじめに

前回は、市場環境の急激な変化により近年重要性が高まっているイノベーション創出において日本企業が劣後していることを指摘した上で、イノベーション創出に対する日本企業とグローバル企業の取り組みの比較を通じ、不確実性を前提とした、「実験」と「学習」の反復を原則としたマネジメント手法(=イノベーションマネジメント)が、こうした成果の違いに繋がっている可能性を指摘した。

それを受けて本稿では、個別企業の取り組みを超えたイノベーション創出をめぐる世界的潮流とともに、日本企業が目指すべきイノベーションマネジメントのあり方について解説する。

国家・地域の競争戦略として進められているイノベーションマネジメントの制度化

イノベーションは一部のクリエイティブな個人から自発的に生まれる「偶然の産物」であり、管理・計画できるものではないという声は、日本企業の経営者の間でよく聞かれる。実際、先頃GEが発表した「GE Global Innovation Barometer 2014」によれば、「イノベーションを成功させるために当てはまるプロセスは?」との問いに対し、「きちんとしたイノベーションプロセスを通じて、計画でき、生み出している」と回答した経営者は、グローバルでは62%に対し、日本では38%であった。一方、「クリエイティブな個人のやりとりから自発的に生まれてくる」と回答した経営者は、グローバル40%に対し、日本では60%と数値が逆転する。(出所:GEのWebサイト)

こうした日本企業における声に反し、国際的にはイノベーションを継続的に生み出すための体系的なマネジメント手法の重要性に対する認識が高まっている。特に欧州では、2000年前後から、ITに優位性を持つ米国や、中国をはじめ急速に台頭する新興国との競争激化に対する強い危機感から、第1回で紹介したGEやP&Gなどトップ主導の経営変革としてのイノベーションマネジメントを個別企業で取り組むだけでなく、イノベーションマネジメントを国家又は地域全体として推し進め、地域のイノベーション力を底上げしようとする動きが進んでいる。

具体的には、スペイン、ポルトガル、イギリスなどにおけるイノベーションマネジメントに関する国内規格策定の取り組み、及びこれらの国内規格を参照して行われた欧州標準化委員会(CEN)における地域標準(CEN/TS16555-1)策定の取り組みである。

CEN/TS16555-1の構成要素としては、イノベーション戦略、プロセス、文化、組織、制度、イネーブラー(支援要因)の各要素で構成され、それぞれの要素について、継続的なイノベーション創出のために必要な管理の方法や実施されるべき取り組みが規定されている。

CEN/TS16555-1は、強制力のある「規格」ではなく、ガイドライン的位置付けの「技術仕様」ではあるが、2013年に正式発効されたことを受けて、欧州企業のイノベーション創出に向けた取り組みは一層加速するものと見られる。

また、ISOにおいては、CEN/TS16555-1をベースに欧州主導で規格策定に向けた議論が進行中であり、数年以内に規格の骨格に当たる部分が完成するものと見られ、こうしたグローバルでの動きも踏まえ、日本企業もイノベーションマネジメントの重要性を認識し、取り組みを早急に進めるべきと考えられる。 

導入が進むイノベーションマネジメントにおいて「勝ち組」と「負け組」を分けるポイントとは

CEN/TS16555-1などの先行事例は、あくまで欧州の社会的背景や欧州企業の強化のポイントを踏まえて策定されたものであり、必ずしも日本企業にそのまま適用できるものではない。それでは、日本企業はどのような点に留意してイノベーションマネジメントに取り組むべきなのだろうか。

昨今、アベノミクスによる企業業績の改善や、それを受けた「未来への投資」に対する掛け声を背景に、多くの日本企業において、イノベーションマネジメントに着手する動きが目立ってきている。例えば、社内向けの新規事業公募制度の創設や、顧客との共創を志向したイノベーションセンターの設立、シリコンバレーへの人材の派遣/拠点の設立などがその代表例である。現状このように取り組みが活発化する一方で、“イノベーションマネジメント”における「勝ち組」と「負け組」も明確になりつつある。デロイト トーマツ グループでは、これまで多くの日本企業を支援する中で、この「勝ち組」と「負け組」を分けるポイントが 日本企業の“組織のクセ”とも言うべき課題への対応にあると認識している。以下、日本企業がイノベーションマネジメントに取り組む際の留意点として示す。

(ア) 自由と規律の両立
日本企業は、既存部門とは切り離す形で特区型組織を設置する場合が多い*が、その場合、活動の自由度は必須であるものの、一方で活動を効率的に進める上では、イノベーションプロセスの中でゲートを設けて継続可否を判断する、各案件の進捗状況を把握した上でKPIを設定・管理するなどの形で一定の規律を持たせることが重要である。
日本企業においては、既存事業と新規事業を“別物扱い”する傾向が強いがゆえに、既存事業については厳格に成果管理を行う一方で、新規事業については自由を与えたまま野放しとなった結果、成果に繋げられないケースが散見される。

(イ) リーンマネジメント
イノベーションマネジメントとは、「実験と学習」を前提としたマネジメント手法であり、製品/サービスのプロトタイプ段階で顧客のフィードバックを獲得し改良する仮説検証サイクルを繰り返していくことが重要である。
 「計画の効率的実行」中心のマネジメントを基本とする既存事業が極めて強い日本企業においては、失敗に対して無意識の抵抗感を持つ傾向が強い。

(ウ) オープンネス
今後も指数関数的に変革のスピードを増すイノベーションを念頭に、日本企業はこれまで長く指摘されてきたNIH(Not Invented Here)と早々に決別し、外部とのコラボレーションを前提としたイノベーションプロセスや実行体制を構築することが重要である。
例えばアメリカでは、従来IBM、HP、GEといった大企業は、伝統的な日本企業と同様に垂直統合型の組織体制と自社R&Dを基本とするモデルを採用していた。しかし、1980年代に入り、半導体産業を中心に徹底的に日本企業によって駆逐されたことを一つの契機として、不採算事業の売却と他社の買収を通じたポートフォリオの入れ替えを求められる中で、それまで規範とされてきた自社開発モデルを抜本的に改革し、オープンイノベーションを導入することの重要性に気付くこととなった。皮肉にも日本企業はアメリカ企業のような徹底的な挫折を味わってこなかったことで変革が進んでおらず、結果として2000年代以降、こうしたアメリカ企業の逆襲を受ける形となった。

* 前出の「GE Global Innovation Barometer 2014」において、日本の経営層の65%は、「組織上、イノベーション担当チーム設置するのが最も良いのは社外」と回答しており、グローバル平均32%を大幅に上回っている。

日本企業のイノベーションマネジメントの実力を可視化するフレームワークとは

デロイト トーマツ グループは、イノベーションマネジメントに対する社会的気運を盛り上げるとともに、企業経営者に、自社のイノベーションマネジメントの自己評価又は、他社との比較を通じて経営改善・改革の動機付けに繋げることを目的として、こうしとた問題意識を共有する経済産業省と共同で、企業のイノベーションマネジメント力を評価する標準的な評価フレームワーク(イノベーションマネジメントフレームワーク)を開発した⋆(図1参照)。

このフレームワークは、「(1)トップマネジメントのリーダーシップ」、「(2)イノベーション戦略」、「(3)イノベーションプロセス(アイデア創出プロセス、製品・ビジネスモデル検証プロセス、事業化プロセス)」、「(4)パイプライン・ゲート管理」、「(5)外部コラボレーション」、「(6)組織・制度(イネーブリング・ファクター)」、「(7)イノベーション文化醸成」、「(8)イノベーション成果」の8つの要素から構成されている。さらに、各要素に紐付く個別の評価項目を選択式の質問形式で設定しており、これらに回答することで、自社のイノベーションマネジメント力を自己評価できるものとなっている。

フレームワークの作成に当たっては、CENやISO等における先行事例や国内外の先進企業における取り組み、イノベーションに関する学術研究、さらにはイノベーションマネジメントの強化に取り組む様々な企業を支援する中で蓄積してきた知見も活用している。前述の通り、日本企業は特に「パイプライン・ゲート管理」、「製品・ビジネスモデル検証プロセス」、「外部コラボレーション」といった部分を苦手としていることから、意識付けの観点からもこれらの要素をポイントとして挙げている。

*同フレームワークの詳細を含む委託事業の報告書については、平成27年度総合調査研究「企業・社会システムレベルでのイノベーション創出環境の評価に関する調査研究」(出典:経済産業省ウェブサイト:http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/000840.pdf)を参照されたい。

図1:イノベーションマネジメントフレームワークの全体像

日本企業のイノベーションマネジメントの“現在地”は?

デロイト トーマツ グループは、上記のフレームワークに基づき、日本企業のイノベーションマネジメントの実態及びイノベーションマネジメント力向上に向けた課題を抽出することを目的として、日本の上場企業約2,800社を対象としてサーベイを実施中であり、近々結果を公表する予定である。次回は、このサーベイの結果から日本企業のイノベーションマネジメントの“現在地”を明らかにするとともに、日本企業の実態に即してイノベーションマネジメントのあり方についてさらに議論を深めていく。

ニュースレター情報

Next-. Vol.38

著者: デロイト トーマツ コンサルティング 
ストラテジー マネジャー 檀野 正博
ストラテジー コンサルタント 山本 章生

2016.01.25

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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