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日本企業に求められるイノベーションマネジメントのあり方(第1回)

市場環境の変化のスピードが増す中、企業の持続的な成長のためには新市場を創造する「イノベーション」を継続的に生み出していくことが不可欠である。本稿では、イノベーション創出をめぐる日本企業の現状と問題点を整理した上で、日本企業が目指すべきイノベーションマネジメントのあり方を提示し、継続的なイノベーション創出を通じて持続的成長に繋げるためのヒントを提供する。

はじめに

市場環境の変化のスピードが増す中、企業の持続的な成長のためには新市場を創造する「イノベーション」を継続的に生み出していくことが不可欠である。実際、イノベーション創出は、大企業を中心に多くの日本企業において、今日の重要課題として位置付けられ、研究開発への大規模な投資など様々な取り組みが行われている。にもかかわらず、成果としての「稼ぐ力」においては、グローバルトップ企業との間で水をあけられている現状がある。

デロイト トーマツ グループでは、こうした成果の違いをもたらしている大きな要因が、継続的なイノベーションの創出に不可欠な、不確実性を前提とした、「実験」と「学習」の反復を原則としたマネジメント手法(=イノベーションマネジメント)にあるのではないかとの問題意識から、グローバルトップ企業の取り組みへの洞察をベースに、様々な業種の日本企業のイノベーションマネジメント手法の強化/構築を支援してきた1

本稿では、イノベーション創出をめぐる日本企業の現状と問題点を整理した上で、日本企業が目指すべきイノベーションマネジメントのあり方を提示し、継続的なイノベーション創出を通じて持続的成長に繋げるためのヒントを提供する。


1 本テーマについては、同様の問題意識を有している経済産業省から弊社が委託を受け、調査/政策立案を進めてきている。委託事業の成果は、平成26年度総合調査研究「我が国のイノベーション創出環境整備に関する調査研究」(PDFファイル)を参照されたい。

イノベーション≠技術革新

イノベーションは、「技術革新」と歴史的に翻訳されることが多かったこともあり、企業活動との関係では研究開発活動に偏重した形で捉えられることが多い。一方、世界的には、必ずしも研究開発のみに特化したものではなく、社会や顧客にとっての新たな価値を創造し、広く普及・浸透させていくことをイノベーションとして定義している例が多い2

デロイト トーマツ グループでは、様々な学説を参考としつつ、イノベーションを、「研究開発活動にとどまらず、(1)社会・顧客の課題解決に繋がる革新的な手法(技術・アイデア)で新たな価値(製品・サービス)を創造し、(2)社会・顧客への普及・浸透を通じて、(3)ビジネス上の対価(キャッシュ)を獲得する一連の活動」として定義している。


2 例えばOECDは、「イノベーションとは、ビジネス慣行、企業組織、渉外活動における、新たな製品/サービス、プロセス、マーケティング手法、或いは組織手法の実行又はそれらの著しい改善を指す。」と定義している。

図1:イノベーションの定義

日本はイノベーション後進国?

「ものづくり大国」や「技術立国」という言葉に代表されるように、一般的に日本企業の技術力や品質に対する評価・信頼性は極めて高い。一方で、日本のイノベーション創出力に対する世界的評価は、近年著しく低下している。世界的なビジネススクールであるINSEADが各国のイノベーション創出力をランク付けしたGlobal Innovation Indexによれば、2008年時点で3位であった日本の順位は、2014年時点では27位にまで急落している3。また、Forbes誌が発表する、企業のイノベーション力を評価したランキングである「World’s Most Innovative Companies 2014」においても、トップ10はおろか50位以内まで範囲を広げても、ランクインする日本企業は数社に留まる。同ランキングにおいては、日本企業が欧米企業の後塵を拝するのみならず、中国のBaiduのような新興国企業のキャッチアップを許している状況が窺える4

この背景には、製品ライフサイクルの短命化などの市場環境の劇的な変化を背景に、日本企業が伝統的に得意としてきた既存製品や事業の改良・改善を通じた持続的なイノベーションや技術基点のイノベーションから、既存市場を一瞬で破壊する可能性のある、いわゆる「破壊的イノベーション」や、顧客や生活者のインサイトや社会課題を基点にした「顧客・社会基点イノベーション」へと、求められるイノベーションの種類がシフトしている中で、日本企業がそうした変化への対応に立ち遅れていることがあるように見受けられる。

実際、デロイト トーマツ グループが2012年に実施した調査5の結果、日本企業は米国企業と比較して、新規領域からの売上高の割合が小さく、とりわけ革新領域、すなわち自社にとっても市場にとっても新しい製品や事業の創出を苦手としていることが明らかになっている。


3 INSEAD「Global Innovation Index」において、特にイノベーションの成果にフォーカスした「Output Sub-Index」のランキング
4 Forbes「World’s Most Innovative Companies 2014」
5 デロイト トーマツ コンサルティング「イノベーション実態調査(2012年)」

既存事業優先のクセが抜けない日本企業

では、何故日本企業は破壊的イノベーションや顧客・社会基点イノベーションの創出を苦手としているのだろうか。

日本企業、特に大企業は、既存製品・事業の改善を通じて成功を収めてきた過去の成功体験から脱却できておらず、計画の効率的な実行を軸とする、既存事業の拡大・強化に最適化された社内メカニズムを構築していることが挙げられる。本来、既存事業の延長線上にないイノベーションには、実験と学習を軸とする、既存事業とは異なるマネジメント手法が必要とされる。イノベーションを継続的に生み出しながら持続的成長を達成するためには、既存事業と新規事業を「車の両輪」として回すことが求められるのである。

にもかかわらず多くの日本企業は、既存事業と同じ手法で取り組んでいる結果、思うように事業創出に繋げられていないケースが多いのが現状である。例えば、新規事業においてはアイデア創出からビジネスモデル化、事業化まで一連のプロセスにおけるスピードが重要であるにもかかわらず、意思決定プロセスが既存事業の意思決定プロセスと混在し、事業化のスピードが一気に減速するといったケースが散見される。また、人事評価においても、不確実性が高い状況下でのリスクを取った挑戦による失敗をよしとせず、既存事業と同様にマイナス評価を行い、意欲ある社員のモチベーション低下を招いてしまうといった例もよく見られる。

図2:企業の持続的成長モデルにおける「車の両輪」

経営者自らがイノベーション創出に向けた社内改革を牽引するグローバルトップ企業

グローバルトップ企業においては、経営者がイノベーション創出を経営課題として認識し、必要な社内改革を自らが率先して進めてきている。

例えば、ゼネラル・エレクトリック(GE)社では、CEOのジェフ・イメルト氏が“ecomagination(エコマジネーション)”を提唱し、イノベーションによる世界の社会課題解決を自社の事業成長の核に据えつつ、既存事業の枠を超えたイノベーション推進のための予算枠を設定し、案件によってはイメルト氏自らがモニタリングすることで、既存事業の制約を受けることなくイノベーション創出に取り組める仕組みを導入している6。結果として、2004年時点で1兆円であった ecomagination関連商品の売上は2011年に2.1兆円と2倍超へと成長を遂げている。

またP&G社においても、CEOのアラン・ラフリー氏が、全ての業務へのイノベーションの取り込みを自身の仕事の中核として位置付けを行った。その上で、外部からのアイデアの取り込みを推進するための仕組みの導入や、既存事業から独立してイノベーション活動に取り組む専門組織の設立などの、社員がイノベーション創出に取り組める環境の整備を自ら先頭に立って推進してきた結果、2000年から2008年の間に研究開発費比率を半減させながら売上を倍増させることに成功している7。NIH(Not-Invented-Here)症候群に陥り、未だにオープンイノベーションに踏み切れない日本企業とは対照的である。


6 デビッド・マギー「ジェフ・イメルトGEの変わり続ける経営」
7 A・G・ラフリー「ゲームの変革者:イノベーションで収益を伸ばす」

日本企業における改革は道半ば

一方、日本でも、いくつかの先進的な企業においてはイノベーションマネジメントに関する取り組みが開始されている。しかしながら実態は、中期経営計画における新製品売上に関する目標設定など、トップによる掛け声はかかるものの、具体的な取り組みとなると現場や個人任せであるケース(“スローガン先行”)や、部門毎に個別の取り組みは進められているものの、相互の連携が不十分であるケース(“虫食い改革”)など、戦略・組織・制度などの各要素が有機的に連携して機能しているグローバルトップ企業に対し、日本企業では先進的といわれる企業でさえ部分的な改革に留まっているのが現状である。

図3:イノベーションマネジメントの取り組みステージと日本企業の位置

まとめ

このように、日本企業のイノベーションの重要性に対する認識は高まりつつある一方、経営陣のコミットメントの度合いや具体的な取り組みの内容においてグローバルトップ企業とは大きな差が生まれており、それが成果の違いとなって表れていると言えよう。

既に欧州では、個別の企業レベルのみならず、国家・地域レベルでも規格/ガイドラインという形で制度化することでイノベーションマネジメントを浸透させる取り組みが進められている。

次回以降、こうした国際的なトレンドも含め、継続的なイノベーション創出に向けて日本企業が取り組むべきイノベーションマネジメントのあり方について、より詳細に解説する。 

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Next-. Vol.36

著者: デロイト トーマツ コンサルティング 
イノベーションストラテジー マネジャー 檀野 正博
イノベーションストラテジー コンサルタント 山本 章生

2015.11.11

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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