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デジタルヘルス領域における特許出願と知財戦略の最新動向

異業種の参入が進むヘルスケア業界における新たな知財戦略のあり方

デジタルヘルス領域においては、事業を保護することを目的とした従来の特許出願だけではなく、様々な形での特許の活用が重要である。日米中におけるデジタルヘルス関連特許出願の最新動向を解説する。また今後医療機器メーカーや製薬企業にとって、競合かつパートナーとなるであろうIT企業らがどのような知財戦略をもって当該領域に進出をしているのかを事例を交えて紹介する。

デジタルヘルスソリューション概要

市場レポート(U.S. & Japan Digital Health Market Analysis and Segment Forecast to 2027)によるとデジタルヘルスの市場はグローバルで860億米ドル規模と見られており、今後も20%程度の成長率にて市場は拡大を続けてゆくものとみられている。

デジタルヘルスのソリューションは、その目的によって大きく2つに分けることができる。

1つ目は患者や健常者を対象とし、医療サービスをより広い対象に提供することや、提供される医療サービスの質の向上をはかるためのものである。具体的にはウェアラブルデバイスによるモニタリングや遠隔診療、オンライン薬局、デジタル治療アプリなどがこれにあたる。

2つ目は、医療機関における業務を効率化・高度化するためのものである。古くから存在する技術である電子カルテや遠隔での読影、新しいソリューションとしてはAIによる診断や、見守りデバイスなどががこれにあたる。

これをさらに細分化すると、疾患のフェーズに応じて、予防、診断・検査、治療、予後の4段階に分類することができる。今回の調査においては、この分類に基づいて関連技術の開発状況を紐解いてゆく。

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特許出願動向分析

デジタルヘルスの技術開発においては、米国が最も先進しており、年間4,000件を超える関連出願が継続的になされている。しかし2015年頃までは米国が一強の状態であったが、近年は中国の成長がすさまじく、この5年で中国の関連出願件数は約5倍に急増しており、直近では米国に並ぶ水準の特許出願がなされている。一方で、日本は年間数百件程度の出願件数に留まっており、二国に大きく遅れている状況であるといえる。

米国の特徴としては、現状で最も進んでいる技術は電子カルテを中心とした病院内での情報共有を目的とした技術である。これは、電子カルテは古くからある院内システムの一つであるため、当然の結果であるといえる。一方で近年の成長率を見ると、予防予後の領域が伸びつつあり、バイタルデータ・遺伝子情報を用いた疾患リスクの予測関連技術などの開発が進んでいる。また治療領域においても、精神疾患の治療アプリなど先進的な治療領域の技術が伸びている。

これは、デジタルヘルス技術の開発における典型的な動きということができる。そもそも従来型の医療は、医療機関に患者が訪問をすることで、初めて医師による医療サービスが提供されるという形が通常であり、そのため提供サービスは、
①医療機関内における診断の実施
②院内での治療または薬の処方による治療の実施
の2点に限定されがちであった。

一方デジタルヘルスを用いることによって、より患者の日常生活に入り込んだ形で様々なデータを取得することが可能になるため、予防や予後も含めた幅広いケアを行うことができるというのがデジタルヘルス技術の大きな利点である。

こういった特許出願の増加は、医療メーカー以外のいわゆる異業種の参入による影響が大きい。具体的には、米国において最も多くのデジタルヘルス関連特許の出願を行っているのは大手IT企業であるIBMである。もともとIBMが有しているビッグデータ解析やAI関連技術を強みとして、疾患リスク予測や医療情報分析のようなヘルスケア領域に技術開発を広げており、関連する特許を多く出願している。

その他にもIT企業の参入は進んでおり、例えば精神疾患のデジタル治療アプリなど比較的新規のソリューション分野においては、既に医療機器メーカーや製薬企業ではなくIT企業が主要なプレイヤーとなっている。またSamsungを筆頭にスマートフォンメーカーの出願も伸びている。これは、自社のスマートフォンを持っているユーザーがあらゆる新規サービスのポテンシャルユーザーになりうるというスマートフォンメーカーの強みを生かして、特に健康増進や予後観察の領域へ進出している影響によるものである。

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一方、近年成長が著しい中国では、米国とは成長領域が異なり、遠隔診療やオンライン薬局領域の伸びが顕著である。これは中国における社会的課題として、地域による医療設備・医療従事者の質の格差、大病院の混雑という2点が存在することによるものである。これら課題を解決するための手法として、スマートフォンメーカーやベンチャー企業によるスマートフォンを用いた診断・治療・薬へのアクセスの効率化ソリューションの開発が進んでいる。中国では先進的なソリューションに対する規制が緩いことや、スマホ普及率が高いこともこの傾向を助長している。

最後に日本の特徴であるが、日本において顕著に成長している領域は見ることができなかった。米中に比較して絶対的な出願数も少ないことから、日本は技術開発・特許の面においてデジタルヘルス後進国であると言わざるをえない。

主要プレイヤー(IBM)の知財戦略

主要プレイヤーの動向の例としてIBMの例を取り上げる。IBMは2015年にTeva Pharmaceuticalとデジタルヘルス領域における提携を発表、注力領域のひとつとして、既存医薬品の中から新規疾患へ適用可能な治療薬を探索する技術である「ドラッグ・リポジショニング」を挙げていた。

このアライアンスの成果としてIBMとTevaは2018年に、多剤併用する場合において、既存薬の新規疾患への適用可能性を評価する技術につき共同出願を行っている。

注目すべき点として、IBMはアライアンスよりも前に、類似の技術を単独で特許出願しているのである。具体的には、2014年から2017年にかけてIBMは、単剤の場合において、既存薬の新規疾患への適用可能性を評価する技術についての特許出願を5件行っている。これはIT業界においてよく行われる「バックグラウンドIP」の確保と呼ばれる方法である。

IBMはこのバックグラウンドIPを保有することにより、単剤での評価技術については自社固有の技術と主張することが可能になるため、共同開発成果の帰属の按分に関して一定の権利を確保することが可能となる。また単剤での評価技術についてはIBMの権利で取り扱うことができるため、IBMはこのIPを利用して類似したソリューションを他クライアントに展開することが可能になる。

IT企業は事業保護だけではなく、アライアンスを前提とした出願や特許のオープン化など、多様な知財戦略に長けているという強みがある。こうした新しい知財戦略が、今後デジタルヘルス領域ではスタンダードになってゆくと考えられる。製薬会社や医療機器メーカーがデジタルヘルス業界において発展するためには、こうした業界の特性を理解し、社内体制や知財戦略をアップデートしてゆくことが必要であると考えられる。
 

IT企業は事業保護だけではなく、アライアンスを前提とした出願や特許のオープン化など、多様な知財戦略に長けているという強みがある。こうした新しい知財戦略が、今後デジタルヘルス領域ではスタンダードになってゆくと考えられる。製薬会社や医療機器メーカーがデジタルヘルス業界において発展するためには、こうした業界の特性を理解し、社内体制や知財戦略をアップデートしてゆくことが必要であると考えされる。

 

まとめ

近年におけるデジタルヘルス領域の成長はすさまじく、IT企業などヘルスケア以外の領域からプレイヤーが次々と進出している状況である。

医療機器メーカーや製薬企業は自社事業を保護することを目的としたレガシーな知財戦略だけではなく、こうした異業種企業のとる様々な知財戦略を知ることで、異業種企業と対抗・協力をしながら、ソリューションの開発を進めてゆく必要があると考えられる。

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