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カーブアウト案件における知的財産デューデリジェンス
知的財産デューデリジェンス(IPDD)は、M&A取引における投資意思決定の参考とするために、対象会社が有する重要な技術や特許権といった知的財産(IP)について必要な情報や問題点を調査・分析することを目的としています。ここでは、カーブアウト案件の事例を用いて、特許権を中心としたIPDDの重要な論点について解説します。
目次
- IP特有の論点が生じる代表的な3ケースと主要論点
- 主要論点(1)譲渡対象特許の範囲
- 主要論点(2)重要な契約における地位の移転可能性
- 主要論点(3)ライセンス収支
- 主要論点(4)キーマンの特定/移管可能性
IP特有の論点が生じる代表的な3ケースと主要論点
カーブアウトとは、自社の経営資源をコア事業に集中させるために、ノンコア事業や不採算事業等を自社外へ切り出す組織再編の手法である。カーブアウトの際、IP特有の問題が生じるケースとして、次の3つが代表的である。
・ケース1: 対象会社の事業部が対象事業として切り出される事例
・ケース2: 対象会社から連結子会社が切り出される事例
・ケース3: ケース1と2の両方が組み合わされた事例
(対象会社の事業部および連結子会社双方が切り出される事例)
これらのケースでは、譲渡対象となるIPの切り分け範囲が難しいため、譲渡対象となるIPを明確化し、譲渡に伴うリスクを把握する必要がある。
また、これらの各ケースにおいて、カーブアウト案件のIPDDの論点の中でも特に(1)譲渡対象特許の範囲、(2)重要な契約(ライセンス契約、共同出願契約及び共同研究開発契約)における地位の移転可能性、(3)ライセンス収支、(4)キーマン(重要な研究者等)の特定/移管可能性、および(5)訴訟リスク関連事項が重要となることが多い。以下、個別論点について説明する。
主要論点(1) 譲渡対象特許の範囲
対象事業を継続する上で必要な特許が、対象会社から買い手企業へ適切に譲渡されるか否かがポイントとなる。例えば対象事業に関連する特許について「子会社又は親会社のみが有する」「親会社が先端研究特許・子会社が製品開発特許を有する」等企業毎に管理体制が異なるため、譲渡対象特許の権利の帰属に注意が必要である。
特許は企業の研究開発の成果であり、対象会社は(1)他の事業でも使用する可能性がある特許や、(2)対象事業に関連する特許であるものの、カーブアウト対象ではない組織に帰属する特許を、譲渡したくないと考える。一方、買い手企業は、買収後の事業継続に必要な特許や、対象事業に関連する特許はすべて譲り受けたいと考える。なぜなら、買い手企業は、買収後の事業の円滑な運営、強い特許による他社への権利行使の検討、パテントトロール等による脅威からのIPリスク軽減を考えるからである。
譲渡対象特許の特定方法は、まず特許データベースを用い、IPC等の技術分類やキーワード検索により、対象事業での使用が想定される特許群(A)を抽出する。そして特許群(A)と対象会社が開示する特許群(B)に含まれる特許を突き合わせ、特許群(A)と特許群(B)の差分を特定する。その後、差分が生じた理由を対象会社へ確認し、必要に応じ譲渡対象とするよう交渉する。なお、必要な特許が譲渡されない場合、対象会社からライセンスを受けること等により対応するケースもある。
主要論点(2) 重要な契約における地位の移転可能性
特許に関わる重要な契約について、対象会社から買い手企業へ契約上の地位が移転されるか否かが重要となる。ここでは、ライセンス契約、共同出願契約および共同研究開発契約について説明する。
カーブアウト案件において、ライセンス契約の地位の移転可能性が論点になるのは、同契約に基づき収入が生じている場合や事業に必要な他社の特許を利用している(支出が生じている)場合である。また、地位の移転可能性を確認する際は、チェンジオブコントロール条項(以下、CoC条項)に焦点を当てなければならない。CoC条項がある場合、ライセンス契約における対象会社の地位が買い手企業に移転できない可能性があり、対象会社の地位が移転できなければ、買い手企業は対象事業を継続できない可能性もある。実務的には、CoC条項の有無に関わらず、クロージングまでに個別にライセンス契約の相手方に対し、M&A取引後もライセンス契約の継続について承諾を得ることが望ましい。
また、重要な共同出願契約および共同研究開発契約においても、買い手企業に契約上の地位が引き継げるかを確認する必要がある。買い手企業に引き継げない場合、買収後に同特許が使えず事業に支障が出たり、研究開発が滞り、開発計画に遅延が生じる等の可能性があるからである。なお、重要な契約における地位の移転可能性を確認する際は、契約の条文の解釈等に議論が及ぶことがあり、法務DDとの連携が非常に重要となる。
主要論点(3) ライセンス収支
ライセンス収支における主な論点は、対象会社が誰とどのようなライセンス契約を結んでおり、その契約から生じるライセンス収支がどの程度キャッシュフローに影響しているかという点である。ライセンス収支については、ライセンス契約の相手方、契約内容、契約の種類(ライセンスアウト、ライセンスイン、クロスライセンスの区分)及び支払条件(アップフロント(契約一時金)/マイルストーン/ランニングロイヤリティの区分・ライセンス料率等)を確認する。
対象事業に関するライセンスアウトによる収入とライセンスインによる支出を確認すれば、ライセンス収支を把握することができる。将来のライセンス収支を推定する際は、過去のライセンス収支の推移、契約内容(契約期間、特許権の満了時期等)及び事業計画等を確認する必要がある。
また、クロスライセンス契約では、許諾する特許の質や数量により、一方のみがライセンス料を支払う場合もある。そのため、クロスライセンスについても、無償なのか有償なのか、有償の場合にはその支払条件等を確認する必要がある。
主要論点(4) キーマンの特定/移管可能性
キーマンの特定とキーマンが対象会社から買い手企業へ移管されるか否かも論点となる。IPDDにおけるキーマンは、重要な研究者や開発者(以下、研究者等)を指すことが多い。データベースによるデスクトップ調査にて、発明者毎の特許関連情報から重要な研究者等を推定し、対象会社へのQ&Aやインタビューによりキーマンを特定する。
キーマンを特定後、その移管可能性を確認する際は、親会社に在籍している者(親会社所属または子会社に在籍出向)のうち、「幅広い技術分野をカバーしている」か否かが論点となる。基礎(先端)研究等幅広い技術分野の知見を有するキーマンについては、親会社の他事業でも活躍を期待できるため、親会社の多くが自社に残しておきたいと考える。
一方、親会社に在籍している者のうち、対象事業に長年従事し対象技術の知見しか持たないキーマンについては、その能力を他事業に活かしにくく、親会社の多くが移管対象とすることに強い抵抗感を持たない。
また、カーブアウト対象となる子会社のプロパー社員に関しては、一般的に全員が移管対象となることが多い。
仮に、キーマンが買い手企業に移管されない場合、想定する開発ロードマップの実現や製品化計画等に支障が出る等、買い手企業の経営/事業戦略に影響を及ぼす可能性もある。なお人事DDでキーマンの移管可能性について初期的インタビューを行う場合もあるため、人事DDとの連携も重要となる。
主要論点(5) 訴訟リスク
最後の論点として訴訟リスクが挙げられる。「対象会社が他社の特許を侵害していた(る)場合」及び「対象会社が親会社の特許や外部とのライセンスによってIPリスクから潜在的に保護されている場合」は注意を要する。
他社の特許侵害の場合は、侵害期間に対する損害賠償請求訴訟を提起される可能性がある(仮に、M&Aの契約書に過年度の特許侵害の有無等に関する事項を表明保証条項に加えておらず、カーブアウト後に損害賠償請求訴訟を提起された場合、買い手に賠償金の支払義務が発生しうる)。また当該特許を採用している製品の販売差止もありうるため、事業上相当程度のリスクとなる。
さらに、対象会社がIPリスクから潜在的に保護されている場合は特に注意を要する。これまでは親会社の特許ポートフォリオや、親会社による様々な企業との間の(包括的クロス)ライセンス契約等の傘下にいることで、他社の権利行使から守られていたものが、カーブアウト後は守られなくなるためである。カーブアウト前は親会社との関わり上パートナーであった企業から、カーブアウト後に侵害警告等を受ける可能性もある。仮に、侵害警告を受けライセンス料を支払うことになれば、キャッシュフローは悪化し対象事業の価値が毀損する。
訴訟リスクは対象会社も完全に把握していない場合が多いため、対象会社が属する業界の技術・特許の専門家等に意見を聞き、リスクの程度を検討しておくことも重要である。
まとめ
主要論点(1)~(5)で見てきたように、カーブアウト案件ではIPに伴う特有のリスクが多くなる。そのため、想定されるリスクをIPDDで洗い出し、リスクの程度を把握することが非常に重要となる。また、リスクを洗い出すことによって、最終契約時の交渉材料としたり、PMI(Post Merger Integration; DDで検出された事項等を参考にマネジメントや資産等の統合を進め買収当初の目的を実現すること)における対策を円滑に行ったりすることができ、結果としてM&Aを成功へ導く可能性を高めることができる。
<参考文献>
TMI総合法律事務所、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー株式会社 編, 中央経済社, 2013/4/10, 「M&Aを成功に導く 知的財産デューデリジェンスの実務(第2版)」