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デジタル時代のM&A戦略 第2回

Growth By Digital-経営戦略とIT/Digital戦略との融合によりテクノロジーがもたらすビジネスの成長を享受する

前回「デジタル時代のM&A戦略 - M&Aを持続的な成長につなげていくためのChronos モデル-」では、新規事業創発からケイパビリティーの獲得から、それに続く事業遂行と定着という、一連のビジネス拡大プロセスにおいて、経営・ビジネスにどのようにテクノロジーを落とし込んで行くか、M&Aのライフサイクルの各局面と照らし合わせたモデルを紹介しました。今回はM&Aを具体的に考える局面として、外部からのケイパビリティー獲得を目的としたアライアンス検討のポイントについて解説します。

1. Growth by Digital

IT/Digitalの発展とビジネス部門の変化

Growth by Digitalとは、デロイト トーマツが提唱するコンセプトのひとつで、一言で言えば「テクノロジーをテコに成長戦略を策定する」を意味します。これまでも程度の差こそあれ、テクノロジーを企業成長に役立てようという発想はありました。代表的なものと言えばMIS(Management Information System、経営情報システム)、ERP(Enterprise Resource Planning、統合基幹システム)、BI(Business Intelligence、ビジネス・インテリジェンス)ツール、RPA(Robotic Process Automation、ロボティック・プロセス・オートメーション)といったソリューションなどがあり、 “ビジネスの成長を支えるインフラ”としてテクノロジー活用が検討されてきました。しかしこれらは、あくまでITを活用したビジネスプロセスの効率化、経営管理の高度化を志向しているものであり、“戦略的”という冠を付して語られることがあっても、ビジネスからの要請を踏まえて実施するITプロジェクトの域を超えるものではありませんでした。ゆえに「あれはIT部門が進めているプロジェクトで、我々の部門(営業、生産、調達、財務・会計・・・)は関係ない」と位置付けられてしまい、「ユーザの巻き込みが大事である」という迷路に入り込んでしまったIT部門発のプロジェクトは枚挙にいとまがありません。

しかし、昨今のテクノロジーは、プロジェクトをIT部門ではなくビジネス部門(営業、生産、調達、財務・会計・・・)のものとすることを可能とし、さらに言えばユーザ部門の主体的・能動的な取り組みとするかどうかが、成功の可否を大きく分けるようになってきました。AI(Artificial Intelligence、人工知能)やIoT(Internet of Things、モノのネットワーク)がその代表例です。これらDXを支えるテクノロジーの劇的な進化は、ビジネスでの応用局面を際限なく拡大し続けています。結果として、テクノロジーによる差異化領域はMIS、ERPといったトラディショナルなITのバックオフィス領域から、ビジネスのフロント領域へとシフトしています。

「最先端のテクノロジーの活用可否がビジネスの成長の可否に直結する、ゆえにテクノロジーを活用の責任はIT部門ではなくビジネス部門自身にある」とデロイトトーマツが提唱している背景はここにあります。環境変化に対する短期成果志向と、DX推進のイニシアティブがビジネス部門(非IT部門)へのシフトをもたらしているのです。「アジャイル」が改めて着目されているのも、従来の開発手法との優劣ではなく、このような成果創出アプローチの変化によるものです。さらに、このような変化は一企業の範疇にとどまらず、業界の水平・垂直統合をも引き起こす“ビジネス変革”や全く新しい顧客体験を提供する未踏領域に直結するようになってきています。

加えて日本の非テクノロジー企業の経営戦略においても、DX・テクノロジーに関するアジェンダが登場するのは通例となっています。「経営戦略」、「IT戦略」と前者が経営企画、後者がIT部門で別個に立案する時代は過去のものへと変わってきていると言えるでしょう。

AI、IoTといった技術の進展が、テクノロジーを起点とした変革領域をビジネス領域へとシフトさせている
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このような、テクノロジーがもたらすビジネスの成長やそれを画策する営みを総称して、我々はGrowth by Digitalと呼んでいます。テクノロジー・トレンドは時代とともに確実に変遷しており、新興プレーヤーを次々に生み出し、ビジネスの破壊的創造をもたらしています。北米での潮流はおよそ4〜5年のタイムラグを持って周回遅れで日本にも到達しています。先進事例に倣ってこれから日本で生じる動きを察知し、新しいビジネスの実現に向けて、外部パートナー企業との連携やビジネスの有り方を根幹から再考し、必要な組織、プロセス、制度を再構成することが勝ち筋となることは明らかです。”Growth by Digital”というコンセプトが重みを持つ時代が今まさに到来しています。
 

Growth By Digitalを実践するために

先に述べた経営戦略とIT/Digital戦略との融合においては、Technology (価値の提供手段)、Data (価値の源泉)と並んで、Capability (価値提供の持続性)のすべてがバランスよく組み込まれていることが重要です。どれが欠けても画餅の戦略に陥ります。今後AIが浸透したとしても、事業の意思決定やプロセスへの落とし込みは人が行うことには変わりなく、TechnologyやDataを適切に使いこなすケイパビリティーをいかに高めていくかが、Growth By Digitalにおける差別化の重要なポイントとなります。多くの企業において、経営や市場のニーズに対して素早く応えていく上で自社の限られたリソース・ケイパビリティーだけでは不十分であり、ケイパビリティー強化は必須でしょう。ゆえにいかにケイパビリティー強化のスピードを上げられるかが成功の要諦となるでしょう。

 

2. ケイパビリティー獲得戦略

多くの日本企業で、必要な組織、人材、テクノロジーの補完が急務

一般的に、不足しているケイパビリティーを全て自社で強化するには多大な時間と労力が必要です。また、仮に一度充足させた場合であっても、状況に応じてスコープの変化は動的であり、ケイパビリティー獲得は継続的な活動となります。断続的に狙ったケイパビリティーを充足させ続けるには、自前での強化以外の柔軟なオプションが求められています。

このような背景も踏まえ、ケイパビリティー獲得を目的とした外部とのアライアンス構築が注目されています。昨今の変化の激しいビジネス環境においては、時間をかけてケイパビリティーを段階的に強化するよりも、確立されたケイパビリティーをクイックに獲得できる点で、外部とのアライアンスは有効な手段になり得るからです。この時、想起され易いのはM&Aですが、実際には、コミットメントや所有の度合いに応じてM&A以外にも様々なスキームが存在します。以下の表で整理したこれらの手段に優劣はなく、自社と外部パートナーそれぞれの置かれた状況や狙いに応じて取るべき手段も並行して検討することを強く推奨いたします。

ケイパビリティ獲得には、M&Aに限らず、企業としてのデジタル戦略・サービス戦略を元にした最適な オプション検討が必要
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相手企業との関係性の深度によるアライアンススキームの分類
 

例えば自社が未進出地域への販路拡大を計画している場合、必要な技術・ソリューションは揃っているが、現地での顧客接点・営業人員リソース・現地商慣習に関する知見などが不足していることが想定されます。このような場合、必ずしも第一手で右上のM&Aを選択する必要はなく、左下の売買・代理店契約によってもインセンティブ設計などでパートナー企業のコミットメントをコントロールすることで一定の期待効果を得ることができるでしょう。むしろ現地ビジネスに精通した外部パートナーの自由度を担保することで、より高い成果を得られる場合もあります。

また逆に、第一手でM&Aなど資本提携を検討するべきケースも考えられます。例えば先の例において、営業戦略に自社の意向を強く反映させたい場合には、出資を通じた意志決定権の掌握が必要になるため、M&Aなど資本提携を前提に実行計画を検討すべきです。

このほか、一般的には右上に進むほど双方にとっての実行難易度・事業インパクトが大きくなるため、最終的にM&Aを見据えつつまず左下のスキームから段階的にアライアンスを深化させるような進め方も存在します。相手方とのリレーションや期待するケイパビリティーに懸念がある場合には、左下から右上へ期待成果の検証を行いながら進むことで、確実性を担保しながらケイパビリティー獲得を進めることができます。

このように外部からのケイパビリティー獲得を志向する場合、まず自社のIT/Digital戦略に照らして不足しているケイパビリティーを正しく把握した上で、考え得るオプションとその効果を精査する必要があります。このプロセスを経て初めて、自社のケイパビリティー獲得戦略が浮かび上がります。一方で、外部との連携には相手方の意向が大きく関係するので、自社が提案する協業オプションに実現性があるか、相手方の意向を踏まえての検証が必須です。
 

ケイパビリティー獲得を目的としたM&A・アライアンス後の留意点

Digitalケイパビリティー獲得を目的としたM&A・アライアンスの場合は特に、意思決定スピードや他部門連携の柔軟さ等、ビジネスプロセス・組織文化の違いにより、相手企業の強みが充分に発揮されないといったことが起こらないよう留意する必要があります。

例えば自社が比較的大規模な企業であれば、戦略の実行にあたり自部門の部長・役員のみならず、他部門の部長・役員の合議が必要であり、そのために数か月の検討期間を要する場合もあるでしょう。また、環境変化に伴い、事業部門とDigital部門が連携し、早急なサービス実装が求められても、Digital部門が計画外の案件に柔軟対応できないこともあり得ます。

上記のようなビジネスプロセス・組織文化をM&A・アライアンス後も続けると、相手企業の持つ迅速な意思決定・柔軟な部門連係によるサービス実装等の強みを活かせないリスクが高まります。M&A・アライアンスにより獲得したDigitalケイパビリティーを充分に活かし、その効果を享受するためには、M&A・アライアンスの目的を自社と相手企業ですり合わせ、目的達成に適したビジネスプロセス・組織文化を検討し、定着するようコントロールすることが肝要です。

自社と相手企業とでM&A・アライアンス目的の目線を合わせた上でビジネススキルとテクニカルスキルを 併せ持つチームを構成し、DX推進プロセスにスピード感を持たせることが肝要
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3. 最後に

本稿では主に、デジタルケイパビリティーの獲得方法に着目しました。文中に述べた通り、経営戦略とIT・Digital戦略の融合は、Technology(価値提供手段)、Data(価値の源泉)と並びCapability(価値提供の持続性)のバランスのとれた実行計画への落とし込みによって実現できると言えるでしょう。Technologyの進化、加速度的に増加するDataを使いこなすためには、企業としてのケイパビリティー強化もかつてないスピードで要求されています。M&Aをはじめとする多様なアライアンススキームを戦略に活かす経営が今ますます求められています。

 

執筆者

中村 裕輔 / Yusuke Nakamura
デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー

日系SIer、DX関連のベンチャー企業役員を経て現職。製造業を中心に、業務改革・基幹システム刷新、IT中期計画・DXロードマップ策定等のプロジェクトを多数リード。新規DXサービス企画・開発・立ち上げも実施。
近年は、非IT企業のデジタルビジネストランスフォーメーションを推進するための戦略策定案件を中心に従事。
 

桐山 千佳 / Chika Kiriyama
デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー

製薬/Tech/エネルギーやスマートシティ事業を行う企業・地方公共団体等、幅広い業種での新事業立ち上げにおいて、戦略策定から実行局面まで支援。新市場参入に伴うパートナリング戦略策定、事業運営/IT組織設立構想、新会社設立支援等。

中嶋 勝敬 / Katsutaka Nakajima
デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー

日系IT事業会社を経て現職。M&A Digitalメンバー。企業IT戦略やM&A Digital領域を専門としており、日系ICT企業を中心にM&A戦略策定やディール支援などの経験を多く有する。近年は、テクノロジーと成長戦略を梃子にした企業価値向上に向けて、実現性にこだわった顧客支援をテーマとしている

 

※ 所属・職位は執筆時点の情報です。

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