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ビジネスリーダーが知っておくべき「現代の奴隷制」というリスク
人の移住に係る専門の国連関連機関・国際移住機関(IOM)と共催セミナーを開催
「現代の奴隷」と呼ばれる人身取引・強制労働の被害者数は、世界で推定4,030万人にのぼるとされています。グローバルにビジネスを展開する企業にとって、移民労働者の人権問題は、経営者が高い意識を持って取り組まなければ自社が問題の当事者になりかねない、重要かつ身近なテーマです。本セミナーでは、ASSC(The Global Alliance for Sustainable Supply Chain)、アディダス・ジャパン株式会社、株式会社アシックス、ジェトロ・アジア研究所よりお招きした講師の皆さまに、昨今の世界の潮流や、各社の取り組みについてお話を伺いました。
9月17日「ビジネスリーダーが知っておくべき『現代の奴隷制」というリスク』をテーマに、デロイト トーマツ グループは国際移住機関(IOM)との共催でセミナーを開催しました。IOM 駐日事務所代表の佐藤 美央氏、モニター デロイトの藤井 剛(ジャパンリーダー)による開会の挨拶に続き、デロイト トーマツ サステナビリティ株式会社の達脇 恵子(代表取締役社長)が基調講演を行いました。パネルディスカッションには、モニター デロイトの山田 太雲(サステナビリティ / スペシャリストリード)が登壇しました。
※本記事は、モニター デロイトメンバーの発言を中心に採録しております。
本セミナー開催の背景
近年、数多くの日本企業や多国籍企業のサプライチェーンが、世界で最もダイナミックな産業ホットスポットの一つであるアジア太平洋地域全体に広がる中で、労働力として貢献する移民労働者が強制労働や人身取引といった「現代の奴隷」となるリスクに晒されており、日本を含む世界の企業が直面する重要課題だと認識されています。日本企業と密接な関係を築き、サプライチェーンに組み込まれた企業が多い地域である中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイといった国々が「非常に高リスク」または「高リスク」に分類されていることも、テーマの重要性を高めています。
今日では、「ビジネスと人権」が市場で話題になる事は珍しくなく、人権問題に対して対策を講じていない企業は消費者からの信頼損失やブランド毀損、企業価値や株価への悪影響を含む多大なリスクを抱えることになります。投資業界では、ここ数年、環境や人権問題への取組を判断要素に組み込む「ESG投資」が大幅に増加しており、労働環境は、企業価値の重要指標の一つとして認識されています。
また、ある日系大手アパレル企業は、途上国における生産現場での労働環境をNGOや投資家から批判される事が多かったことから、国際労働機関(ILO)と連名で生産現場の環境改善に取り組む宣言を発表するなど、グローバルサプライチェーンにおける労働環境の確認や改善は、世界でビジネスを行う企業の経営において益々重要な課題になっています。
国際サプライチェーンに潜む現代奴隷制のリスク、企業への影響とは
本セミナーでは、国際サプライチェーンに潜む現代奴隷制のリスク、企業への影響をテーマとした講演および討議がなされました。
基調講演で達脇は、人権問題に関する昨今の潮流や、現代奴隷法の整備が進む英国・豪州の事例紹介、人権問題におけるリスク評価と透明開示の必要性などについて講演しました。
また、パネルディスカッションに登壇した山田は、近年企業が積極的に取り組んでいるSDGsが「普遍的人権」の原則を基盤としており、各ゴール・ターゲット・指標にも関連する人権状況の把握と改善が組み込まれているにもかかわらず、企業のSDGs関連施策の中に人権尊重に対するアプローチが積極的に統合されていないのではないか、という指摘を行いました。
企業が収益の一部を社会へと還元すること(CSR)が求められたMDGs時代と異なり、2016年以降のSDGsにおいては収益モデルそのものの妥当性が問われるようになっています。
その背景として、特に短期利益の最大化がビジネスの目的とされた90年代以降、さまざまな社会課題が発生し、かつその悪影響が企業にも及びつつあるとの認識があります。例えば、資源の過剰利用による資源枯渇やCO2の大量排出による温暖化の進行、過剰なコスト削減による労働者の低賃金など、社会や人間への負荷を鑑みない経営モデルが、長期的には、災害発生や市場の縮小などを通じてブーメランのように事業基盤を侵食しはじめているといった認識です。
ところが、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」を起草したジョン・ラギー教授が議長を務めるNGO団体による分析によると、企業はSDGs対応において、人権領域における価値創造を十分に追求できていません。事業とサプライチェーン上の環境負荷については、その削減が社会価値と経済価値を創出するとしてイノベーションやステークホルダーとの連携を通じた取り組みに積極投資している一方、たとえば課題当事者を人権侵害から解放することで社会の繁栄を支え、自社の持続的成長への投資とするような、人権課題を競争優位のレバーに位置付けている企業は少なく、多くは横並び的なコンプライアンスに終始しがちです。
モニター デロイトは、SDGs時代におけるビジネスの競争軸は『エゴ・システム』から『エコ・システム』に移行すると考えています。すなわち、これまでの『エゴ・システム』下の競争では、顧客が直接抱える課題の解決のために製品の機能・品質・価格で競合への競争優位を構築し、行政やNGOなどとの関与は規制や指摘に対する事後的な対応に留まってきましたが、これからの『エコ・システム』においては、製品バリューチェーン全体における環境・社会負荷を生まず、ひいては製品の普及が社会課題の解決につながるような市場を、時には競合を含むステークホルダーと共に構築するような、大義力や秩序形成力が競争優位のレバーとなるのです。
環境領域においてはこのようなエコ・システム型ビジネスの取り組みは増えてきていますが、ステークホルダーの期待が高まる人権領域においても、今後同様の戦略が求められることが予想されます。
現代奴隷制に対する企業の活動とは
次に、現代奴隷制に対する企業の活動をテーマとしたパートでは、現代奴隷に対するリスクについて日本企業は認識が甘く、それがリスクにつながっているとパネリストの意見が多数を占める結果となりました。この中で山田は、日本では人権問題を企業に提起するNGO団体が少なく、また組織基盤も強くないことから、グローバルの市場シェアが高く海外NGOからも優先視される一部企業を除く多くの日本企業が、人権課題への感度を高める機会を得ることなく、人権対応に失敗するリスクを抱えていると指摘。企業への人権アドボカシーに取り組むNGOの組織力強化を支援することが、間接的に日本企業のベネフィットになりうると強調しました。
繊維産業との関連で報道されることの多い現代奴隷ですが、実際にはグローバルにサプライチェーンを展開する多くの産業が抱える問題です。サプライチェーンに農業や鉱山、工場などを抱える食品・素材・電子機器・自動車などの産業のリスクが高いほか、地理的な震源地は途上国に限らず、アメリカの農業における中南米からの移住労働者や、日本の「技能実習生」、娯楽産業従事者に対する搾取が指摘されるなど、新興・途上国からの移住労働者の多い先進国産業においてもリスクが指摘されています。また昨今は、デジタル化と自動車の電動化に伴いコバルト採掘を巡る人権リスクの高まりが指摘されるなど、産業構造の変革への対応には人権課題へのセンシングが必要になっています。
最後に、移住労働者が職を得るにあたり負わされている法外な費用をいかに廃止するかという点について議論されました。この中で山田は、サステナビリティ全般に共通するステークホルダーの要求の一つに、外部不経済(Externality)とされてきた環境負荷や社会負荷の内部化(Internalize)があると指摘。今後このような外部圧力の高まりが予想される中、他社によるExternalizationを放置したまま自社単独でのInternalizationには競争上限界があるため、Level playing field(公平な競争条件)確保の一環として、ステークホルダーと共に産業全体に適用されるルールの形成を他社に先んじて呼びかけることが、企業の競争優位につながる、と提起しました。
◆スピーカー及びパネリスト一覧(登壇順)◆
佐藤 美央 氏 国際移住機関(IOM)駐日代表
ジョアキム・トリーニャ 氏 IOMベトナム事務所プログラム・オフィサー
山田 美和 氏 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所(IDE-JETRO)新領域研究センター 法・制度研究グループ長
和田 征樹 氏 一般社団法人ザ・グローバル・アライアンス・フォー・サスティナブル・サプライチェーン(ASSC)理事
奈良 朋美 氏 アディダス・ジャパンSEA/グループ法務本部コンプライアンス マネージャー
佐々 浩史 氏 株式会社アシックスCSR統括部CSR・サステナビリティ部
田中 竜介 氏 国際労働機関(ILO)駐日事務所、プログラム・オフィサー(渉外・労働基準専門官)
達脇 恵子 デロイト サステナビリティ 日本統括責任者
【問い合わせ先】
Emailアドレス monitordeloitte@tohmatsu.co.jp
藤井 剛 モニター デロイト/デロイト イノベーション プラクティス ジャパンリーダー
波江野 武 モニター デロイト/アソシエイト ディレクター
山田 太雲 モニター デロイト/スペシャリストリード(サステナビリティ)