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COVID-19環境下での事業転換イノベーション戦略
グローバルスタートアップの事業転換(PIVOT)事例分析
2020年7月初旬現在、 COVID-19は世界中で猛威を振るっており、経済活動、イノベーション活動、スタートアップにも深刻な影響を及ぼしている。このような環境の中、グローバルスタートアップが生き残りをかけて事業転換(PIVOT)を行っている。本稿では、リーンスタートアップの著者であるEric Ries氏が提唱する10のPIVOTパターンに独自の視点を加えて14のパターンによりグローバルスタートアップのPIVOTパターンを分析した。
2020年7月初旬現在、 COVID-19は世界中で猛威を振るっており、感染者数は1,100万人を突破した。ここ数十年で類を見ない全世界での公衆衛生上の危機となり、経済活動、イノベーション活動、スタートアップにも深刻な影響を及ぼしている。このような環境の中、グローバルスタートアップが生き残りをかけて事業転換(PIVOT)を行っている。
本稿では、リーンスタートアップの著者であるEric Ries氏が提唱する10のPIVOTパターンに独自の視点を加えて14のパターンによりグローバルスタートアップのPIVOTパターンの分析を行う。グローバルスタートアップの事業転換事例が、日本企業が新規事業を考えるうえで参考になれば幸いである。
Executive Summary
COVID-19の環境下では、ユーザーが求めるもの(Desirability)、規制などの改変によるビジネスの実行可能性(Viability)、オンラインでのビジネス展開によるビジネスの実現可能性(Feasibility)が大きく変動しているため、新規事業のまたとない機会となっている。
COVID-19で非接触化、ユーザーからのオンライン化のニーズが高まっているので、従来からオンラインサービスを提供している企業はCustomer Segment Pivotにより新たな顧客を見つけることができる可能性がある。
従来オンラインサービスを提供していない企業においても、ユーザーのニーズに合わせプロダクトをオンラインに変更するCustomer Need Pivot、Channel Pivotを実施することにより新たなビジネスを創造できる可能性がある。オンラインでは対面でサービスを提供する場合と比べ、価値を訴求するのが難しくなるため、価格を安価に設定してマスにリーチするBusiness Architecture Pivotや課金方法を変更するValue Capture Pivotを合わせて行うケースも多い。マスにリーチすることに成功し、従来のビジネスより、スケーラブルなビジネスに転換できた事例も多く見られる。
COVID-19で新しく生まれたニーズに対応するために、従来より培ったテクノロジーを活用し新たにプロダクトを開発するTechnology Based Pivotが増えている。政府も喫緊のニーズに対応するため医療、遠隔診療・処方や情報に関する規制などを積極的に緩和しているので、規制緩和を活用して自らのプロダクトを変更するEnvironment Driven Pivotを行う事例も多く見られる。Environment Driven Pivot により今まで市場が無かった層に対しビジネスを展開することが可能となり、企業にとって新たな収益源となる可能性がある。
グローバルスタートアップへの深刻な影響と事業転換
COVID-19に関するグローバルスタートアップへの深刻な影響が伝えられている。Startup Genome社の調査によると、ランウェイ(将来にわたっての資金が尽きるまでの期間)が6ヶ月以内のスタートアップが65%、3ヶ月以内の企業が41%となっている。74%のスタートアップが減収を認識しており、39%のスタートアップが40%以上の減収となっている。スタートアップは生き残りをかけて人員整理を進めており、全体の70%を超える企業がフルタイム従業員を解雇しており、約15%の企業が60%超の人員整理を行っている。
このような厳しい環境の中、スタートアップは生存をかけ、新規事業、事業転換に取り組んでいる。ユーザーが求めるもの(Desirability)、実行可能性(Viability)、実現可能性(Feasibility)の3つ(DVF)がユニークであり、3つの要素が重なる領域で大きなチャンスが生まれるという新事業の可能性をテストするフレームワークに当てはめても、それぞれの要素変動が激しいCOVID-19の環境は新規事業、事業転換にとっては好機といえる。(図2参照)
項目 |
概要 |
COVID-19環境下での影響 |
---|---|---|
Desirability |
根源的ニーズ、価格などによるユーザーへの魅力度 |
COVID-19の環境下で顧客が求めるものが急速に変化している。短期的には、非接触・遠隔サービスおよびCOVID-19対応サービス提供が期待を集めている。長期的には、人の価値観の変化やワークスタイルの変化に着目したサービスが期待を集めている。 |
Viability |
環境、規制、ユーザー意識などによる実行可能性 |
データ、医療機器、遠隔医療・処方などに対する規制改正やオンライン、DIYサービスに対する顧客の意識の変化により、従来提供不可能であったサービスが成り立つ可能性がある。 |
Feasibility |
ビジネスモデルの技術的、経済的実現可能性 |
オンラインサービスで一定の顧客が見込めるようになり、DXによりオペレーティングモデルを変革する機会を得ることにより、従来経済的に成り立たなかったビジネスが成り立つ可能性がある。 |
顧客から早期にフィードバックを受けることにより、事業開発サイクルを短縮し、スタートアップを成功に導く方法論「リーンスタートアップ」を説いたEric Ries氏は、PIVOTに関して10のパターンを識別している。今回のPIVOT事例分析の過程では、競合の参入が事業転換の契機になったCompetitor Driven Pivot、規制緩和を契機としたEnvironment Driven Pivot、取得したデータを他の目的に転用するCaptured Data Based Pivot、既存のテクノロジーを他の事業に転換するTechnology Based Pivotの新たなパターンが識別された。そのため、以上の視点を加えて、COVID-19の環境下での事業転換事例がどのPIVOTパターンに該当するのか事例を分析する。
事例1 Uber Eatsの事例(サービス提供対象の拡張)
Uberにおいてフードデリバリー事業を手掛けるUber Eatsは、在宅での宅配ニーズの高まりから、従来のto C配送に加え在宅勤務を推奨する企業を通じて個人に配送を提供するサービスを開始した。さらには、フードデリバリーに加え、小売からの配送や個宅間の配送を開始し、自らの配送機能を最大限に活用し、COVID-19環境下でのサービス提供先を拡張している。
当該事業転換は、サービス提供対象を変更するCustomer Segment Pivotといわれる事業転換に該当する。COVID-19の環境下では、遠隔・非接触でのサービス提供を求める新たな顧客層に対してサービス提供を行うことを検討することが有効であると考えられる。
事例2 Class Passの事例(プロダクトのオンライン化→新規顧客開拓、マネタイズモデル変更)
複数のフィットネスジムに通うことのできる月額会員制モデルを提供していたClass Passは、COVID-19により人々がジムに通えなくなることで売上の95%を失った。このような状況の中で、ホームワークアウトクラスを配信するオンラインプラットフォームへの転換を図っている。半数以上の従業員を解雇もしくは休職とし、オンラインプラットフォーム構築に資源を集中し、生き残りを図る。ジムオーナーからオンラインフィットネスクラスを募り、自社のユーザーへの配信サービスを開始している。Webページにおいても自らのビジネスを「ClassPass, Home workouts, Livestream & on-demand」と表現し、事業を大胆に転換している。マネタイズモデルも月額定額制から従量制(Pay as you go)モデルに切り替え、巣籠りでの新しいフィットネス体験を期待するユーザー獲得を目指す。
当該事業転換は、需要変化に注目してプロダクトを変更するCustomer Needs Pivotと、商品の提供方法をオンラインに変更するChannel Pivotの掛け合わせである。オンラインでは、リアルでのサービス提供ほどの価値を訴求することが難しいため、収益モデルを従量制に変更し、購買単価を下げるValue Capture Pivotも合わせて行っている。Class Passの事例では、4,000を超えるスタジオがオンラインクラスを提供しており、週に50,000クラス以上が配信されている。
COVID-19の環境下では、遠隔でのサービス提供ニーズを捉え、サービスをオンラインに切り替え、マネタイズモデルやターゲット顧客もそれに伴って大胆に変更することが有効であると考えられる。
事例3 Club Vinoの事例(プロダクトのオンライン化→新規顧客開拓、マネタイズモデル変更)
Club Vinoは25年以上のワイン業界での経験がある創業者が2年前に起業したワインテイスティングの企業である。COVID-19の環境下で、高級ホテルでのワインテイスティングの開催が困難になった際に、上顧客からオンラインでテイスティングを提供してくれないかとの要望があり、テイスティングのキットと説明のビデオを送付するモデルに変更することとなった。
オンラインテイスティングにより、当初の富裕層から、顧客の幅をさらに広げることに成功した。「現在のビジネスは以前のビジネスよりスケーラブルで、以前のビジネスを補って余りあるビジネスになっている。」としている。同Pivotにより、大衆に向けたサービスとなっており、Customer Segment Pivotであることが分かる。
Class Passの事例と同様、オンライン化に適応し、サービス提供の方法を変更し、マネタイズモデルを変更した事例といえる。
事例4 Olaの事例(COVID-19環境下での遠隔監視ニーズ×規制の緩和→既存データ、テクノロジーを活用したサービスの開発→政府への提供)*
インドのライドヘイリング大手Olaは、アプリで使用していたカメラのセルフィ―機能、位置検索機能、AIによる適切なアセット配置機能を活用した遠隔モニタリングサービスを政府に提供している。政府は、同サービスを活用し、農業市場関係者170万人の生産物の動きや車両の動きを追跡し、関係者のソーシャルディスタンス確保、マスク着用を促す。Olaのプラットフォームは、州政府のデジタルの移動許可証発行にも活用されており、遠隔監視、追跡プラットフォームとしての役割を果たしている 。
当該事業転換は、規制や人々の受容性の変化に伴うEnvironment Driven Pivot、取得しているデータにもとづき新たなサービスを提供するCaptured Data Based Pivot、サービス提供対象を変更するCustomer Segment Pivotの掛け合わせとなる。COVID-19の環境下では、規制緩和や政府との協力を意識しつつ、既に取得しているデータの活用を検討することが有効となる可能性がある。
本調査で検討した事例から一部を抜粋したものを以下に示す。
会社名 |
従来のビジネス |
COVID-19環境下での新事業 |
PIVOTの類型 |
---|---|---|---|
Uber |
フードデリバリーサービスの提供 |
在宅ワーカー向けのBtoBサービスの提供および個宅間向け宅配の提供 |
今までのサービスを新たな顧客層に提供するCustomer Segment Pivot |
Moovit |
MaaSプラットフォームおよびアプリケーションの提供 |
エッセンシャルワーカー向けのオンデマンド交通アプリケーション提供 |
より具体的なニーズを持つ顧客にフォーカスしたCustomer Segment Pivot |
Airbnb |
民泊提供のプラットフォーム |
体験ニーズに着目したバーチャルエクスペリエンス提供 |
ユーザーニーズの変化に着目したCustomer Need Pivot |
Kidadl |
家族イベントの予約プラットフォーム |
在宅で楽しめるバーチャルツアーや在宅学習のコンテンツ提供 |
ユーザーニーズの変化に着目したCustomer Need Pivot |
Encore |
プロの音楽家をイベントに呼ぶための見積りプラットフォーム |
カスタマイズされた音楽メッセージの制作プラットフォーム |
ユーザーニーズに着目したCustomer Need Pivot |
Class Pass |
複数のジムでのフィットネスクラスの月額定額会員権提供 |
従量制課金でのバーチャルオンラインフィットネスクラス |
提供をオンラインに変更するChannel Pivot 課金モデルを従量制に変更するValue Capture Pivot |
Club Vino |
リアルでの高級ワインテースティングイベント開催 |
オンラインワインテースティング (テースティングキットの送付、テイスティング解説ビデオの配信) |
サービスの提供をオンラインで行うChannel Pivot 一般ワイン愛好家という新たな顧客層に提供するCustomer Segment Pivot 高級少量消費から安価大量消費へのBusiness Architecture Pivot |
Auction |
若手アーティストのためのオークションを開催 |
世界初ダウンロード可能なオンライン入札標識機能を備えたリアルタイムバーチャルオークション |
提供サービスに対するテクノロジーを変更するTechnology Pivotサービスの提供をオンラインで行うChannel Pivot |
Myo Master |
スポーツ用自己メンテナンス器具のセミプロレベルへの対面販売 |
一般のフィットネス愛好家をターゲットとしたオンライン販売 |
サービスの提供をオンラインで行うChannel Pivot 一般フィットネス愛好家という新たな顧客層に提供するCustomer Segment Pivot 高級少量消費から安価大量消費へのBusiness Architecture Pivot |
Pathfindr |
物流倉庫や運送業者などを主要顧客とするIoTソリューションの提供 |
通信技術を活用したソーシャルディスタンス確保のためのデバイスの開発および販売 |
ユーザーニーズの変化に着目したCustomer Need Pivot |
ESL Works |
エッセンシャルワーカー向けの英語教育 |
エッセンシャルワーカー向けのCOVID-19対策教育 米国の5000万人のエッセンシャルワーカー向けのサポートを目指す |
ユーザーニーズの変化に着目したCustomer Need Pivot |
Ola |
ライドヘイリングサービスの提供 |
農業市場関係者170万人を対象にした取得データを活用した政府向けのソーシャルディスタンス確保、感染防止のための情報プラットフォームの提供 |
今までの取得データを活用したCaptured Data Pivot |
Thalia |
レーザー加工技術を活用したアクセサリーの制作 |
レーザー加工技術を活用し、COVID-19重症化患者を対象にER(救急治療室)で利用する手術用Boxを提供 |
従来の技術を活用したTechnology Based Pivot 新たに医療機関を顧客とするCustomer Segment Pivot |
事例を考察すると以下のような特徴がみられる。
・COVID-19で非接触化、ユーザーからのオンライン化のニーズが高まっているため、従来からオンラインサービスを提供している企業は、新たなサービス提供先を開拓するCustomer Segment Pivotにより新たな顧客を見つけることができる可能性がある。(Uber Eats, Moovitの事例が該当)
・オンラインやバーチャルエクスペリエンス提供のために従来のオンラインプロダクトを最適化するCustomer Need Pivotにより新規の収益を獲得する事例も多く見られる。(Airbnb, Kidadl, Encore の事例が該当*)
・従来オンラインサービスを提供していない企業においても、ユーザーのニーズに合わせプロダクトをオンラインに変更するCustomer Need Pivot、Channel Pivotを実施することにより新たなビジネスを創造できる可能性がある。(Class Pass, Club Vino, Auction Collective, Myo Masterの事例が該当)
・オンラインでは対面でサービスを提供する場合と比べ、価値を訴求するのが難しくなるため、価格を安価に設定してマスにリーチするBusiness Architecture Pivot (Club Vino, Myo Masterの事例が該当)や課金方法を変更するValue Capture Pivotを合わせて行うケースも多い。(Class Passの事例が該当) マスにリーチすることに成功し、従来のビジネスより、スケーラブルなビジネスに転換できた事例も多く見られる。
・COVID-19で新しく生まれたニーズに対応するために、従来より培ったテクノロジーを活用し新たにプロダクトを開発するTechnology Based Pivotが増えている。(Pathfindr, ESL Works , Thaliaの事例が該当) 政府も喫緊のニーズに対応するため医療、遠隔診療・処方や情報に関する規制などを積極的に緩和しているので、規制緩和を活用して自らのプロダクトを変更するEnvironment Driven Pivotを行う事例も多く見られる。Environment Driven Pivot により今まで市場が無かった層に対しビジネス展開することが可能となり、企業にとって新たな収益源となる可能性がある。(Ola, Thaliaの事例が該当)
COVID-19の環境下では、様々なスタートアップが顧客ニーズの変化を捉え、プロダクト変革、ビジネスモデル変革、規制緩和に好機を見出している。苦境に立ち向かうスタートアップの素早い動きを参考に、新規事業を創造する時が来ている。
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COVID-19下でのイノベーション活動に関するウェビナーの開催、Morning Pitch Channelでの視聴
セミナーの内容を後日MPチャンネル(YouTube)にて配信しています。 併せてご覧ください。
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COVID-19関連テーマのMorning Pitchの開催(検討中)
今後もMorning PitchではCOVID-19関連のテーマを扱っていきます。
【執筆協力】
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 Zhang Ran
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 Rajaniemi, Jaakko