最新動向/市場予測

宇宙スタートアップの最新トレンド 第1回

立ち上がる軌道上サービス市場と注目のスタートアップ

2023年9月、米国宇宙軍は軌道上サービスを開発している株式会社アストロスケールホールディングスの米国法人Astroscale U.S. Inc.と、軌道上での人工衛星燃料補給サービスに関する約2500万ドルの契約を締結したと発表1した。日本の宇宙スタートアップが、宇宙分野で世界をリードする米国において契約を獲得した事例は少なく、日本の宇宙スタートアップの成功事例として注目を集めている。

本稿では、このように日本のスタートアップも今後世界で存在感を高めていくことが期待される軌道上サービスについて、市場の概観および注目のスタートアップを紹介する。

 

軌道上サービスとは

人工衛星燃料補給サービスを含む、宇宙ビジネスの成長領域として期待されているのが、「軌道上サービス」である。軌道上サービスとは、高度数百キロ以上の地球軌道上の宇宙空間で、価値を提供・創出するサービスのことを指す。具体的には商業宇宙ステーションの他、宇宙デブリ除去等があげられる。

 

軌道上サービス提供スタートアップ活況の背景

2020年代に入り軌道上サービスが活況となっている要因として、国際情勢や政策による要因の他、宇宙ビジネスの急成長による、宇宙空間環境の変化や宇宙機器運用時の課題に注目が集まっている事等が挙げられる。
 

① 米国政府・軍主導の軌道上サービス開発の推進

軌道上サービス活況の一因として、米国政府・軍の政策・支援施策が挙げられる。商業宇宙ステーション分野においては、米国政府はISS運用終了後の宇宙環境利用設備を民間企業が開発・運用する方針を掲げている。この方針の下、NASAは2021年に商用地球低軌道開発プログラム(CLD)を発表2し、スタートアップを含む民間企業に対して巨額の投資を行っている。

軌道上での人工衛星燃料補給や宇宙機器の組み立て・製造技術に対しても、2022年12月に米国ホワイトハウスが初の国家戦略(ISAM National Strategy)3を定めており、NASAや米国宇宙軍、米国国防高等研究計画局(DARPA)が複数の開発・実証プログラムを実施している。
 

② 軌道上人工物の急増

近年、人工衛星の小型化やロケットの打ち上げコストの低下により、軌道上の人工物の数が急増している。これにより生じている課題が、宇宙デブリ問題である。宇宙デブリは、ロケットの部品や運用が終了した人工衛星のような大きなものから、数ミリ以下の断片まで含めて約1億個以上があり、低軌道では約秒速7-8kmの高速で漂っている。これらの断片が人工衛星や宇宙船に衝突した場合、機器に致命的損傷を与えるため大きな課題となっており、各国でソリューションを開発するスタートアップが出現している。
 

③ 大型・高性能人工衛星の高額な開発コスト

近年、安価な小型人工衛星が注目を集める一方、静止軌道等に投入される大型・高性能な通信衛星は一機当たり数百億円以上の開発コストが現在もかかっている。そのため衛星運用会社では大型・高性能人工衛星が故障し運用不能になった場合、巨額の損失が生じるリスクを抱えているほか、特に通信衛星分野では低軌道小型衛星コンステレーションとの競争が激化している中で、人工衛星の運用期間を少しでも長くしたいというニーズが高まっている。

また、各国防衛当局が運営する軍事衛星においても、高額な開発コスト、軌道変更の頻度の多さに起因する燃料消費量の多さ、故障リスクの高さを背景に、軌道上での修理・燃料補給等のサービスヘのニーズが高まっていると考えられる。

 

軌道上サービスの分類

軌道上マーケットを構成する主要なサービスとして、宇宙環境提供サービス、宇宙機器製造・補修サービス、人工衛星燃料補給サービス、宇宙デブリ除去サービス、軌道間輸送サービスが挙げられる。

宇宙環境提供サービス

宇宙ステーション等の宇宙環境空間下での実証・実験、物質の製造、宇宙旅行の滞在先や動画を撮影・配信するための場を提供するサービスである。微小重力の特性を活かした創薬向けの高品質たんぱく質結晶の製造の他、高品質な光ケーブルおよび半導体結晶の製造、人工臓器の3Dプリンティングが期待されるなど、幅広い産業から注目を集めている。
 

宇宙機器製造・補修サービス

ソーラーパネルやアンテナ等の宇宙機器の大型構造物を軌道上で製造するサービスである。打ち上げのコスト削減や打ち上げ時の構造物故障リスクを低減することが期待されている。

宇宙機器補修サービスは、軌道上での故障した宇宙機器を修理し機能を復旧させる他、機器のアップグレード等を行う。宇宙機器を運用する機関および企業は、軌道上で宇宙機器が故障した場合に修理する手段が無く、機器を放棄せざるを得ず大きな損失を生むリスクを抱えていた。しかし軌道上での機器の修理が可能となることで、故障時の損失リスクを低減させることが出来るため、注目を集めている。この他、古い宇宙機器をアップグレードし、使用期間を延長させることも期待されている。
 

人工衛星燃料補給サービス

人工衛星に推進剤を補給するサービスであり、「宇宙のガソリンスタンド」とも呼ばれる。現状、人工衛星は機器自体が引き続き使用可能であるが、推進剤が無くなることで運用終了となるケースが少なくない。推進剤を補給することで、人工衛星の運用寿命を延長させ、人工衛星の収益性を向上させることが期待されている。
 

宇宙デブリ除去サービス

主に大型の宇宙デブリに対し、レーザー照射させる方法や小型宇宙機をデブリに接触させる方法により、デブリを大気圏に突入させて焼却、または他の物体との衝突の恐れがない軌道へ移動させるADR(Active Debris Removal)を提供するサービスである。
 

軌道間輸送サービス

小型人工衛星等を、ロケットから投入軌道まで輸送する「宇宙版ラストワンマイル輸送」を提供するサービスである。小型人工衛星を打ち上げる際、打ち上げコスト低減のため大型人工衛星や他の小型人工衛星と相乗りで打ち上げる場合が多く、他の人工衛星の都合で小型人工衛星は投入軌道を自由に選択できないことが課題となっている。軌道間輸送サービスでは、「宇宙版タグボート」とも呼ばれる小型宇宙機で、ロケット軌道から投入したい軌道まで輸送を行う。

 

軌道上サービスを提供するスタートアップ

軌道上サービスを提供するスタートアップ例
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ここでは各軌道上サービスの開発を進めるスタートアップを一部紹介する。
 

宇宙環境提供サービス:Axiom Space

2016年に米国テキサス州で創業し、商業宇宙ステーションサービスの提供を目指している。2020年にNASAから1.4億USDで国際宇宙ステーションの居住モジュール開発の契約を獲得4。技術力・開発力の高さが認められ、民間企業として世界で唯一ISSに宇宙ステーションモジュールをドッキングすることを許可5されており、2026年のモジュール打ち上げに向けて準備5を進めている。
 

宇宙機器製造・補修サービス:Orbital Composites

2014年に設立された米国カリフォルニア州のスタートアップ。多様な素材を扱える積層造形技術と積層造形向けのロボティクス技術に強みを有しており、現在宇宙空間におけるアンテナ等の構造物の3Dプリント技術を開発している。2023年7月には米国宇宙軍と軌道上で3Dプリンターによるブロードバンド通信用アンテナ製造実証実験に関する契約を締結6した。
 

人工衛星燃料補給サービス:Orbit Fab

2014年に設立された米国コロラド州のスタートアップ。米国の大手防衛メーカーの支援を受け、人工衛星向け軌道上燃料補給サービスを開発している。燃料補給サービスに加え、顧客の収益を最大化する補給ミッションを立案するサービスも提供し、E2Eの燃料補給サービスを提供することを強みとしている。米国宇宙軍と人工衛星への燃料補給を2025年より開始する契約を締結7している。
 

宇宙デブリ除去サービス:TransAstra

2015年に設立された米国カリフォルニア州のスタートアップ。小惑星採掘向けに開発した膨脹式のキャプチャバッグ(物体を包む袋)技術を宇宙デブリ除去に転用し、1つのバッグで複数のデブリを回収できる他、高速回転しているデブリも容易に回収可能なソリューションの開発を目指している。2023年8月にNASAと膨脹式のキャプチャバッグ製造に関する契約を締結8している。
 

軌道間輸送サービス:Exotrail

2015年に設立されたフランスのスタートアップ。電気推進器を搭載した小型衛星の軌道間輸送機SpaceVanを開発した。輸送機による輸送に加え衛星コンステレーション向けにミッション設計や運用支援のソフトウェア等も含めた、E2Eでのサービス展開を目指している。2023年10月にSpaceXのFalcon9ロケットでSpaceVanを打ち上げ、軌道間輸送サービスの提供を予定9している。

 

まとめ

軌道上サービスは2030年に向けて、引き続き米国の民間企業がリードする形で拡大していくと予想される。 

第2回では世界で軌道上サービスが注目されている中、日本の軌道上サービス開発状況および日本企業・スタートアップの参入余地に焦点を当てている。

 

執筆者

執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
コンサルタント 森智司

監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
マネージングディレクター 松岡 巌

協力:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート/Deloitte Consulting US San Jose
Manager,  Mina Hammura

1 United State Space Force Space Systems Command、Space Systems Command awards $25.5 Million Contract to Astroscale U.S. Inc. for advancement of Space Mobility and Logistics capabilities、https://www.ssc.spaceforce.mil/LinkClick.aspx?fileticket=K-_cYTj2lS8%3D&portalid=3

2 The National Aeronautics and Space Administration、Commercial Destinations in Low Earth Orbit、https://www.nasa.gov/humans-in-space/commercial-space/low-earth-orbit-economy/commercial-destinations-in-low-earth-orbit/

3 Executive Office of the President of the United State、IN-SPACE SERVICING, ASSEMBLY, AND MANUFACTURING NATIONAL STRATEGY、https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2022/04/04-2022-ISAM-National-Strategy-Final.pdf

4 The National Aeronautics and Space Administration、NASA Selects First Commercial Destination Module for International Space Station、https://www.nasa.gov/news-release/nasa-selects-first-commercial-destination-module-for-international-space-station/

5 Axiom Space, Inc.、企業WEBサイト、https://www.axiomspace.com/axiom-station

6 Orbital Composites Inc.、Orbital Composites Secures SBIR Grant from US Space Force to develop Quantum Antennas for Secure Communications、https://www.orbitalcomposites.com/blog/orbital-composites-secures-sbir-grant-from-us-space-force-to-develop-quantum-antennas-for-secure-communications

7 Orbit Fab, Inc. 、企業WEBサイト、https://www.orbitfab.com/

8 Space News、TransAstra claims NASA contract for debris capture bag、https://spacenews.com/transastra-claims-nasa-contract-for-debris-capture-bag/

9 Exotrail SA、Exotrail to debut its SpaceVan™ in-space mobility service on October 2023 SpaceX Falcon 9 mission、https://www.exotrail.com/blog/exotrail-to-debut-its-spacevan-tm-in-space-mobility-service-on-october-2023-spacex-falcon-9-mission

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