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最新動向/市場予測
宇宙スタートアップの最新トレンド 第2回
日本の軌道上サービス開発状況および日本企業・スタートアップの参入余地
前回の宇宙スタートアップの最新トレンド 第1回では、宇宙ビジネスの中で近年盛り上がりを見せている軌道上サービスについて解説した。現状、この領域では米国の大企業・スタートアップが存在感を強めている一方で、日本の大企業・スタートアップによる軌道上サービスへの進出事例等も増加している。
そこで、本稿では日本の軌道上サービス関連事例および日本企業・スタートアップの参入余地について解説する。
日本の軌道上サービス関連事例
日本の軌道上サービス関連事例は大きく分けて、①軌道上サービスを提供する事例と、②軌道上サービスを活用し創薬・保険等の非宇宙機器ビジネスを開発する事例、の2つに分類することができる。
① 軌道上サービス事例
日本のスタートアップが存在感を示している軌道上サービスの領域として、宇宙デブリ関連サービスがあげられる。株式会社アストロスケールホールディングスは2021年8月に世界初のデブリ除去商業ミッションにてデブリの試験捕獲に成功しており、2024年2月には世界初の大型デブリ除去実証プログラムに向けにADRAS-J衛星を打ち上げ¹、宇宙デブリ関連の技術開発・実証で世界をリードしている他、デブリ除去技術を活用し人工衛星燃料補給サービス、宇宙機器補修サービスへの進出も目指している。この他、宇宙デブリ領域では「人工流れ星」の開発を行う株式会社ALEのデブリ関連技術を継承する形で、2022年に株式会社BULL(以下BULL社)が設立²されている。BULL社は、デブリの発生を防止するインフレータブル構造装置の開発を行っている。宇宙デブリ以外では、宇宙環境提供サービスを手掛ける株式会社ElevationSpaceが、東北大学における小型衛星開発の知見を活かし、宇宙環境利用・回収プラットフォーム開発しており、初号機を2025年に打ち上げ予定³である。
この軌道上サービスというカテゴリに入る事業の特徴として、軌道上での価値提供に何らかの機器・設備を展開する必要があるため、宇宙機器開発がビジネス基盤となる、という事があげられる。そのため、長期に渡る大学や宇宙機関等の研究や、それらの機関との共同研究をベースとすることが多く、開発に多くの資金と時間、人材が必要となる。
② 軌道上サービスを活用したビジネス事例
軌道上サービス事業者と提携することによって、宇宙機器を自社で開発せずにサービスを提供する事例も、日本において出現し始めている。Space BD株式会社は、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」を活用し、創薬研究を行うアカデミアや民間企業に、高品質タンパク質結晶化実験サービスを提供してきた⁴。この他、2023年4月にBULL社と東京海上日動火災保険株式会社は、BULL社の宇宙デブリ化防止サービス等をリスクマネジメントや保険商品に活用することを目指し、基本合意書を締結⁵した。
軌道上サービスを活用したビジネスは、宇宙機器サービスを有する企業・機関と協業することで、非宇宙機器企業が自社の強み・アセットを活かす形で立ち上げることが可能であることが特徴としてあげられる。
日本企業・スタートアップにとっての、軌道上サービスへの参入優位性
日本でも事例が出現しつつある軌道上サービスであるが、アカデミアを中心とした研究・開発の蓄積および工作・素材・ロボティクス・医療等の分野における高い技術力が、日本企業・スタートアップにとって軌道上サービスに参入する上での優位性となると考えられる。
1: 軌道上サービスに必要な技術の研究・開発の蓄積
日本は、宇宙機関を中心に国際宇宙ステーション計画(ISS)に参加し、実験棟や物資輸送船の運用を行い、軌道上サービスに必要となる技術・知見の蓄積を行ってきている。日本が知見を蓄積している技術の具体例として、ランデブー技術(宇宙船同士が軌道上で連結する技術)があげられる。ランデブー技術は取得までの難易度が高い一方で、宇宙ステーションをはじめとする宇宙環境提供サービスに加えて、宇宙機器製造・補修サービス、人工衛星燃料補給サービス、宇宙デブリ除去サービス等、多くの軌道上サービスで必須とされているため、この領域の技術・知見を有していることは重要である。この他、大気圏再突入技術や多数の人工衛星製造・運用実績、ロボットアーム技術等、軌道上サービスを開発するための宇宙機器技術の土壌が整っている数少ない国の一つが日本であるということも、特筆すべき点である。
2: 軌道上サービスへ応用可能な技術レベルの高さ
日本企業が、宇宙機器分野に加えて非宇宙機器分野においても数多くの分野で高い技術力を有していることは、軌道上サービスへの参入優位性となると考えられる。例えば、軌道上での宇宙機器製造サービスでは、3Dプリンターや工作機器、材料となる素材等について、高い技術力が必要となる。また、ロボティクス技術は宇宙機器製造・補修やデブリ除去等の軌道上サービスに活用されているほか、宇宙環境を利用した人工臓器製造の分野では医療技術の活用が期待される。これら軌道上サービスに活用可能な技術が国内に揃っていることは、日本企業・スタートアップの軌道上サービス参入において大きな利点であると言えよう。
日本企業・スタートアップの、軌道上サービスへの参入方法
宇宙ビジネスをこれまで手掛けていない日本企業・スタートアップが、軌道上サービスに新規参入する際の有力な方法の一つが、オープンイノベーションである。
軌道上サービスおよび軌道上サービスを活用したビジネスに参入するにあたっては、宇宙機器に関する知見・技術が当然に必要となる。そのため、軌道上サービスの開発を行う企業・スタートアップ・アカデミアと協業し、オープンイノベーションを進めることが有力な手法としてあげられる。ここでいうオープンイノベーションとは、民間企業等が自社のアセットを一部提供し、他の企業・スタートアップ・アカデミアと共に軌道上サービスを共に開発する手法のことを指す。こうした協業の際に重要となるのが、協業先の課題を深く理解し、解像度の高い協業仮説を協業検討初期段階から示すことである。宇宙ビジネスにおけるオープンイノベーションでは、協業候補先との接触後、協業の検討が具体のアクションまで進まないケースが見受けられる。検討が進まない要因の一つとして、協業先が協業へのインセンティブを十分に感じられていない事があげられる。特にスタートアップやアカデミアは、協業の検討に割く事の出来るリソースが豊富でない場合が多い。そうした中で、彼らにとってのメリットが明確でない協業案を、具体のアクションまで進めていく事が難しいという現状がある。そのため、協業検討の初期段階において領域や協業先の課題を深く理解し、スタートアップ・アカデミアにとっての協業メリットを明確にしつつ、解像度の高い協業仮説を提示する事が重要となる。
また、協業先の課題解決が自社のアセットのみでは不十分な場合、第三者も巻き込んだ形での協業を検討することも必要である。軌道上サービスをはじめとした宇宙ビジネスにおける課題を解決するには、専門性の高い知見や技術力が必要となる場合が多いことから、必ずしも二者間で協業が完結できるとは限らない。そうした場合は、協業仮説の中でミッシングピースとなっている部分について、専門性・実績を有する第三者を協業に加えることを積極的に検討すべきであろう。
三者間での協業事例として、宇宙ビジネスへの参入を目指す企業とロケット等による打ち上げサービスを提供する輸送系企業、および射場・着陸場を含む宇宙港を有する企業・自治体の協業事例があげられる。軌道上サービス等の宇宙ビジネスを展開していく際には、宇宙機器の打ち上げを行う輸送系企業との協業が重要である一方で、輸送系企業は打ち上げサービスを提供するために、ロケットの組み立て・打ち上げを行う宇宙港の確保は必須であり、確保が困難な場合は大きな課題となる。そのため、宇宙ビジネスへの参入を目指す企業が輸送系企業との協業を進める中で、宇宙港を有する企業・自治体を協業に加えることは、輸送系企業側に大きなメリットになり得る。実際にこの三者間での協業事例は国内外で多く見られる。
まとめ
軌道上サービスは宇宙ビジネスの中でも、今後、特に市場拡大が期待される領域として注目されている。日本においても宇宙事業・スタートアップが多く立ち上がっている中、非宇宙領域の企業が宇宙企業と協業する形で、軌道上サービスを生み出す事例が出現していくと予想される。このように、軌道上サービス市場は大きな変化・成長が予想されるため、日本のプレイヤーによる新規参入動向も含め、引き続き注視が必要である。
執筆者
執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
コンサルタント 森智司
監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
マネージングディレクター 松岡 巌
協力:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート/Deloitte Consulting US San Jose
Manager, Mina Hammura
(2024.03.13)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
1 株式会社アストロスケールホールディングス、ニュースリリース
https://astroscale.com/ja/astroscale-successfully-launches-worlds-first-debris-inspection-spacecraft-adras-j/
2 株式会社 日本経済新聞社、ElevationSpace、宇宙で実証&地球に帰還する2025年打ち上げの小型衛星「初号機」が完売
https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP657677_R20C23A6000000/
3 株式会社 PR TIMES、株式会社BULL、ALE社の宇宙デブリ対策事業の関連資産等を承継
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000113020.html
4 Space BD株式会社、企業ウェブサイト
https://space-bd.com/utilization/lifescience/
5 株式会社 PR TIMES、宇宙デブリ対策技術を持つBULLと宇宙保険ノウハウを持つ東京海上日動、持続可能な宇宙環境を目指し基本合意
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000113020.html