調査レポート

スマートフォンとウェアラブルから始まるデジタルヘルス

デロイト『Digital Consumer Trends 2021』日本版

1. デジタルヘルスへの関心は日本ではまだ芽生えの段階

COVID-19の流行で健康への関心はこれまで以上に高まっているが、健康に関する活動のデジタル化はどれほど進んでいるのだろうか。今回「COVID-19の流行以前と比べてすることが増えた行動」として健康に関する4つのテーマで日本の消費者動向を調査し、他調査対象国の結果と比較した(図1)。

そのうちの3つ、「医療従事者の電話診療を受ける」(2%)「医療従事者のオンラインビデオ診療を受ける」(1%)、「オンラインフィットネスクラスを受講する」(2%)では日本では昨年同様大きな伸びは見られていない。

他の調査対象国の結果を見ると、「電話診療」「オンラインビデオ診療」については「増えた」という回答が伸長しており(例えばUKでは電話診療が32%、ビデオ診療が10%)、日本との差が開く結果になっている。

「オンラインフィットネス」は各国でも回答が横ばいか、若干下がっている。2020年は急激な自粛のために各国でも消費者が取り入れるケースは多かったと思われるが、これからCOVID-19前の状況に生活が戻っていくにつれ、利用の伸びは緩やかになると考えられる。

残りの一つ「デバイスを使って健康状態をモニターする」については、日本での「増えた」という回答は4%で、10%を超えているUKなどの他の調査国よりは控えめだが、上記3項目を上回る。
 

図1: COVID-19の流行以前と比べてすることが増えたアクティビティ(健康関連、各国)

Q. 新型コロナウイルスが流行する前よりもすることが増えたことは次のどれですか。当てはまるものをすべて選択してください

図1: COVID-19の流行以前と比べてすることが増えたか?(健康関連、各国)
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N=日本 2020(997)、2021(1,001)、 UK 2020(2,004)、 2021(2,000)、オランダ 2020(1,001)、 2021(999)、オーストラリア 2020(998)、2021(987)
注:18-75歳の回答者、 この質問は各国とも全回答者の半数を対象に実施
*1:例:医師、看護師、コンサルタントなど
*2:例:ヨガ、ダンス
*3:例:スマートフォン、スマートウォッチ、ヘルスケアバンド;「デバイスを使って健康状態をモニターする」は2021年のみの調査
出所:Digital Consumer Trends 2021

2. 日本でもスマートフォンは全年代に浸透、スマートウォッチは各国で高い伸び

日本の回答者はどのようなデバイスを使って健康状態をモニターしているのだろうか。今回の調査で対象としたスマートフォン、スマートウォッチ、ヘルスケアバンドの所有状況と、昨年からの伸びを他の調査対象国と比較した(図2)。

当然ながら最も浸透しているデバイスはスマートフォンで、日本の回答者の87%が所有しており、これは2020年調査の81%から6ポイント伸びた。年代別でみるとこれまで従来型の携帯電話の所有が多かった55-64歳、65-75歳での伸びが大きく、日本でもスマートフォンが全年代に浸透したと考えられる(図3)。

日本の回答者のスマートウォッチ所有率は2020年から3ポイント伸び7%となった。ヘルスケアバンドの所有は前年と変わらず3%だった。スマートウォッチの伸びは他調査対象国でも目立ち、例えばUKで昨年から10ポイント増え23%となった。

同様にグローバルではヘルスケアバンドの所有率も伸びている1。2019年の段階で年間の全世界のアップルウォッチの販売数はスイス製腕時計の販売数を超えていたとされるが2、COVID-19の流行により健康に関心を持つ人が増え、スマートウォッチとヘルスケアバンドが健康管理デバイスとして、外出できないために利用されなかった可処分所得を使う機会になったと考えられる。日本でもスマートウォッチ所有率は54歳以下の回答者で8%(55歳以上では5%)、収入が800万円以上の回答者では13%(未満では6%)という傾向が見られた。

日本は他国に比べるとスマートウォッチ、ヘルスケアバンドの所有率は低く、デバイス全般において購入に慎重な回答者が他国に比べても多いため、今後も急激に伸びることは考えにくいが3、次に見るように「デバイスを使って健康状態をモニターする」活動は定着しつつある。
 

図2: スマートフォン/スマートウォッチ/ヘルスケアバンドの所有(各国)

Q. 所有しているもしくは利用できるデバイスは?

図2: スマートフォン/スマートウォッチ/ヘルスケアバンドの所有(各国)
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N=日本 2020(2,000)、2021(2,000)、 UK 2020(4,000)、 2021(4,015)、オランダ 2020(2,000)、 2021(2,000)、オーストラリア 2020(2,000)、2021(2,000)
注:18-75歳の回答者
出所:Digital Consumer Trends 2020、2021
*1:例:Apple Watch、Samsung Galaxy Watch
*2:例:Fitbit、Garmin、ドコモ・ヘルスケア ムーヴバンド

 

図3: スマートフォンの年代別の所有(日本)

Q. 所有しているもの、または利用できるデバイスは?

図3: スマートフォンの年代別の所有(日本)
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N=日本 2020(2,000)、2021(2,000)
注:18-75歳の回答者
出所:Digital Consumer Trends 2020、2021

3. 日本の回答者の45%がなんらかの健康指標をモニターしている

実際に、既にこれらの3種類のデバイスの日本の所有者の45%が、調査対象とした健康関連の指標の「いずれか」をモニターしていると回答している(図4)。最も回答が多かったのは「歩数」の37%だった。自粛生活による運動量低下にともない、歩行に関心を持った回答者が多かったと考えられる。特に65-75歳の回答者の47%が「歩数」と回答しており、スマートフォンが万歩計代わりとなっている可能性が考えられる。

スマートウォッチもしくはヘルスケアバンドの所有者は、「心音/心拍数」(52%)と「睡眠パターン」(41%)、「血中酸素濃度/飽和度またはVO2 Max」(28%)といったウェアラブルならではの項目をモニターする傾向がある。

またコロナ禍ではメンタルヘルスにも注目が高まったが、関連する指標である「ストレスレベル」をモニターしているのは3種類のデバイスの日本の所有者で2%, スマートウォッチ/ヘルスケアバンド所有者では10%となった。今回の調査では別の質問で「マインドフルネス/ストレス緩和/メンタルヘルス関連アプリ」のサブスクリプションサービスの利用についても尋ねている。日本で利用していると答えた人は回答者全体の1%のみだが、25-34歳の層は3%と、他の年代よりもやや多い回答が得られた(なお、UKでもメンタルヘルス関係のサブスクリプション利用率は7%にとどまっている)。

メンタルヘルスを理由とした医療機関への受診をためらうケースは多いとされているが、こうしたデバイスやアプリはアクセスが容易であり、自身の状態を把握できることから利用者のセルフケアへの意識向上も期待できる。USではCOVID-19の感染拡大後、メンタルヘルスやマインドフルネスのアプリのダウンロード数が大幅に増えた4。デロイトはモバイルで利用するメンタルヘルスアプリのグローバル市場規模は2019年から2020年にかけて年率で32%成長しており、2022年に5億USドルに成長すると予測している5
 

図4: デバイスでモニターしている健康関連の指標(日本)

Q. あなたがスマートフォン、スマートウォッチ、ヘルスケアバンド(リストバンド型活動量計)などのデバイスでモニターしていることは、次のどれですか。該当するものをすべて選んでください

図4: デバイスでモニターしている健康関連の指標(日本)
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N=日本 TOTAL(1,751)、スマートウォッチ/ヘルスケアバンド所有者(182)
注:スマートフォン、スマートウォッチ、もしくはヘルスケアバンドを所有している18-75歳の回答者
出所:Digital Consumer Trends 2021

4. ウェアラブルデバイスから得られる健康関連データを医療で活用できるか

ここまで見てきたように、日本でもデバイスでの健康指標のモニターは消費者に広がりつつある。とはいえPHR(パーソナルヘルスケアレコード:個人健康情報))として、こうしたデータが医療で活用されている状況には至っていない。2021年現在、日本では全国規模のPHRプラットフォームが確立されておらず、ビジネス面、サービス面、規制面それぞれで課題があり、まだ初期段階にある6 7。例えばアップルは米国でユーザーがアップルウォッチなどのデバイスから取得した各種の健康関連のデータ管理するアプリ(Healthcare)を展開しているが、このアプリでは500以上の医療機関から利用者(患者)に電子カルテが共有され、医療機関も患者の健康状態のデータをモニターできる仕組みを実現している8。このHealthcareアプリは日本でも利用できるが、デバイスの利用者が自身の健康データを管理するのみとなっている9

現在の日本では、ウェアラブルデバイスとそこから得られるデータは、医療機関にかかる前段階での健康維持・予防ツールとして利用されている。実例としては、自治体が運営する住民の健康づくりを目的としたポイントプログラム、健康経営の実現に向けて従業員にデバイスを貸与し活用する健康保険組合の活動、保険会社による保険料設定への活用などが挙げられる。

また現状、メーカー各社ともウェアラブルデバイスは医療用機器ではなく10、あくまでも健康状態を知ることを目的とした機器として販売している。COVID-19の影響で血中酸素飽和度に注目が集まったが、医療機器のパルスオキシメーターとスマートウォッチ/ヘルスケアバンドでは指と腕で計測方法と結果が異なり、指標名も変えている場合がある。一方、日本でもアップルウォッチの心電計アプリと、不規則な心拍を通知するプログラムを厚生労働省が医療機器として認め、そのデータをベースにした外来を始める病院も出てきている11 12 13

デロイトは2024年までにスマートウォッチとヘルスケアバンドのグローバル出荷台数が2021年の1億9千万台から2億8千万台までCAGR12%で成長すると予測しており、今後の市場拡大には、医師がウェアラブルデバイスのデータを信頼できるかが重要であるとしている14。厚生労働省も上記の通達において「今後、多様なウェアラブル機器が家庭用医療機器として承認又は認証される可能性がある」としている15。今回の調査では、自分の健康状態を知ることや健康維持・病気予防を目的として、日本の消費者がデジタルデバイスを活用し始めている状況を確認することができた。日本においても全世代に行き渡ったスマートフォンはその入り口である。今後、医療機器としての可能性が広がり始めたスマートウォッチ・ヘルスケアバンドが今後技術の進化と共にデジタルヘルスの要素としてどのように医療や社会を変えていくのか、注意深く見ていく必要がある。

脚注

1 米デロイトが2021年3月に2,009人を対象に米国で実施した別の調査(Connectivity and Mobile Trends Survey)では、スマートウォッチとヘルスケアバンドのいずれかを持つ回答者は個人では39%となり、その26%が個人の健康およびフィットネスレポートを提供するサービスを購読していると答えた; Deloitte, Connectivity and Mobile Trends Survey, 2021/6: https://www2.deloitte.com/us/en/insights/industry/telecommunications/connectivity-mobile-trends-survey.html

2 アップルに破壊されたスイスの時計業界, Forbes Japan, 2020/2/23: https://forbesjapan.com/articles/detail/32423

3 なお本調査では日本は今回調査したほぼすべてのデバイスで参加国全体の平均所有率を下回り、特に「調査対象のコネクティッドデバイスを一つ以上持っている」という回答も、44%と、UK(88%)、オーストラリア(86%)の半分程度にとどまり、日本のアーリーアダプターの少なさが目立つ結果となった。

4 Meditation and mindfulness apps continue their surge amid pandemic, TechCrunch, 2020/5/29: https://techcrunch.com/2020/05/28/meditation-and-mindfulness-apps-continue-their-surge-amid-pandemic/

5 Mental health goes mobile: The mental health app market will keep on growing, TMT Predictions 2022, Deloitte, 2021/12; https://www2.deloitte.com/global/en/insights/industry/technology/technology-media-and-telecom-predictions/2022/mental-health-app-market.html

6 データドリヴン・ライフブリリアンス―2040年のヘルスケア未来像とは?―, Deloitte Digital, 2021/3/25: https://www.deloittedigital.jp/data-driven-life-brilliance/

7 米国でのApple、Amazon、Googleのウェアラブルデバイスのデータの活用の戦略については、昨年のPredictionsを参照されたい; Tech Giant, TMT Predictions 2021, デロイト トーマツ,
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/technology-media-and-telecommunications/articles/tmt-predictions-2021-tech-giant.html

8 このアプリは医療データであるEHR(エレクトロニックヘルスケアレコード、電子健康記録)を取得できる;  Healthcare - Health Records, Apple, 2021/12/6アクセス:https://www.apple.com/healthcare/health-records/

9 日本でのこのアプリの説明では医療データにアクセスする「ヘルスケアレコード」はカナダ、英国、米国でのみ利用可能と記載されている; iPhone や iPod touch でヘルスケア App を使う, Apple サポート (日本), 2021/11/15: https://support.apple.com/ja-jp/HT203037

10 Apple Watch: Watch - Apple Watchを選ぶ理由 - Apple(日本),2021/12/15アクセス:
https://www.apple.com/jp/watch/why-apple-watch/
Fitbit: Fitbitアプリで健康指標について 知っておくべきことは何ですか?,2021/12/15アクセス:
https://help.fitbit.com/articles/ja/Help_article/2462.htm

11 「家庭用心電計プログラム」及び「家庭用心拍数モニタプログラム」の適正使用について, 厚生労働省, 2021/1/27: https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T210129I0010.pdf
異例ずくめのApple「心電図アプリ」日本解禁、厚労省が「適正使用」通知のワケ, 日経クロステック, 2021/02/10:  https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00546/00017/

12 不整脈や睡眠時無呼吸症候群などの検出に生かせるとされる 
アップルウオッチ、医療機器に アプリで健康チェック, NIKKEI STYLE, 2021/5/19: https://style.nikkei.com/article/DGXKZO72032450Z10C21A5KNTP00

13 SaMD(Software as a Medical Device医療機器プログラム)の日本におけるビジネスの課題と成長要因は下記の考察を参照されたい; Digital Solutionビジネスの成功への道筋~ライフサイエンス企業の持続的成長ドライバーの実装~, Deloitte Digital, 2021/11/1: https://www.deloittedigital.jp/digital-health-solution/

14 Wearable technology in health care: Getting better all the time, TMT Predictions 2022, Deloitte, 2021/12;  https://www2.deloitte.com/global/en/insights/industry/technology/technology-media-and-telecom-predictions/2022/wearable-technology-healthcare.html

15 Op.cit. 厚生労働省

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