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Deloitte Insights
進化するマーケティング:エクスペリエンス(顧客体験)の再考
CMOとCIOの協業がエクスペリエンスを向上させる
マーケティングはパーソナライズされコンテキスト化されたデータに基づく、顧客にとって価値ある体験を提供する活動となるべきである。そのためにはCIOとCMOとの協力が欠かせない。
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Tech Trends 2019-Beyond the digital frontier
日本のコンサルタントの見解
One to Oneマーケティングの時代
何が売れるか。いつ売れるか。いくらなら売れるか。誰に売れるか。などについて考えるマーケティング活動自体はモノを売る商売が始まった頃から存在していた。商店街の八百屋のように小さな商売では、顧客がどんな家族構成で、どんな料理を好み、昨日は何を買ったかと、店主は顧客の生活を把握したうえで昔から商売をしてきた。
一方、大企業は本編でも述べられている通り、売り手の視点で広い商圏にいる顧客を幾つかのセグメントに分けて、統計的に多く売れる商品、時期や価格、売り方を追求してきた。これらのマーケティング活動は、どこでもつながるネットワーク環境とスマホの普及によって、ここ数年で急速に進化した。広い商圏を相手にする大企業であっても、大量データから商店街の八百屋のように顧客一人ひとりの行動や志向を分析し、顧客が望むタイミングで、好みやニーズに合わせた商品やサービスを提供できるようになった。
これによって企業が顧客視点の経営にシフトし、顧客体験の向上を軸にしたOne to Oneマーケティングの実現を進めている事は論を待つまでもない。
One to Oneマーケティング導入の課題
しかし、One to Oneマーケティングを実現するためにプロセスを変革しシステムを導入しても、思ったほど効果を享受できていないケースが多く見受けられる。これはOne to Oneマーケティングにシフトする前に自社にとってのマーケティング活動の位置付けを見直してないことに起因すると考えられる。具体的には導入前にこれから述べる2点に関して定義の見直しを推奨する。
A) マーケティング活動における各部門の要件と役割の定義
通常マーケティングと営業は一連のプロセスである。「誰に、いつ、何を、幾らで」などのマーケティング結果をもとに営業は顧客の最終意思決定を促し、商品やサービスの販売、契約に至る。
しかし、One to Oneマーケティングを突き詰めると顧客一人ひとりの細かな行動の分析結果に基づいて、欲しいモノを欲しいタイミングで提供する事が可能になる為、販売に対する営業の寄与度は極めて低くなる。特にECサイトのようにネットで完結する商売では、顧客自身が能動的に商品・サービスの認知から、機能や性能および価格比較をマーケティング活動が提供するコンテンツによって行い、購入も顧客自身で行う為、営業の関与は無い。
一方、対面や店舗で最終的に購入意思決定される商品やサービスはまだまだ数多く存在する。このような業態でOne to Oneマーケティングの実現を目指して、マーケティングと営業(担当者や店舗)の連携が課題となるケースが多い。
<情報連携のタイミング要件に関わる失敗ケース>
「ある会員がWebサイトで店舗在庫を確認した行動をマーケティングは把握していたが、リアルタイムで店舗に情報連携されなかった事で、接客した店員が持つタブレットの会員情報には表示されず、興味を持った商品を積極的に勧めなかった為、販売機会を逃した。」
<相互連携の役割定義に関わる失敗ケース>
「マーケティングから営業に連携される見込客(リード)は成約率が低い為、営業活動結果もフィードバックしなかった。これによって見込客(リード)の評価(クオリフィケーション)や育成(ナーチャリング)も改善されずに見込客(リード)連携すら行われなくなった。」
デジタル化が進みマーケティング活動が急速に変化する前であればマーケティングと営業には一定の距離があり連携頻度も少なかった。しかしOne to Oneマーケティングにおいては、マーケティングと営業は一連のプロセスでより密接なつながりが必要になる。
営業はマーケティングに対して要件(いつ、どのような情報が欲しいか)を伝える必要があり、マーケティングは営業の要件に応じてデータを収集・分析・評価し、連携する必要がある。また、営業は連携された情報に対して結果をフィードバックしてマーケティング活動改善のインプットを提供する事で、一連の改善サイクルが機能しマーケティングをより良いものに成長させる。
また、顧客体験を向上させるためには保守業務(アフターサービス)のような顧客接点で生じたデータもマーケティングには活用され始めている。コールセンタなどの履歴を分析する事によって、買い替え時期やオプションのニーズなど、確度の高いリードが生成できる。この場合においては、マーケティング部門から保守業務を所管する部門に対して、必要なデータと目的を伝えてデータ取得、連携業務をプロセスに組み込んでもらう必要がある。
自社の商品・サービスはネットだけで完結可能であるか。マーケティングとセールスの境界はどこにあり、どう連携すれば顧客から見てシームレスなプロセスが構築できるか。プロセスとデータの連携タイミングは同期しているか。これらをはじめに定義しておくことがOne to Oneマーケティングを成功させる上では重要となる。
B) マーケティング活動の共通化と地域の自由度の定義
グローバルで商品、サービスを提供する日本企業は少なくない。このような企業にとってマーケティング活動が対象とすべきエリアの定義は難しい。特にOne to Oneマーケティング実現に向けては、グローバル共通で情報収集・分析すべき要件と地域固有の要件の切り分けを明確に定義する必要がある。
グローバルで同じ仕様の商品(例えば高級ブランドバックなど)を扱っていたとしても、生活習慣や文化の違いによって顧客の購買行動は地域毎に異なり、販売チャネルや販売方法も異なる為、それに合わせた顧客行動のデータ取得と分析が必要になる。また地域毎に商品仕様が異なっても、グローバルで共通で収集すべき情報やグローバル全体での分析が必要になるケースもあるだろう。
ネット上の映画や音楽、ゲームなどコンテンツを販売するビジネスはOne to Oneマーケティングに向いている。グローバルで同じ商品(作品)がデジタルチャネルを使って同じように利用される為、顧客一人ひとりの情報を取得しやすく、グローバル共通で同じ情報を収集し、同じ枠組みで分析し、好みの商品を推奨する事が難しくない。分析結果に基づく宣伝活動などのみ、ブランド戦略の観点から言語や地域毎に分かれるケースはある。
一方、家電や自動車など対面販売が多いビジネスは、地域別に異なる生活スタイルを踏まえた上で、顧客一人ひとりの好みに関わる情報をいかに収集できるかが成約の鍵となる。最後に成約させるのは営業である為、マーケティングは地域の営業戦略と連携して情報収集と分析を実施すべきである。ただし、収集した情報の中でも商品ニーズや商品品質につながるような情報については、グローバルで集約し現在まで通り商品戦略に活かし、次世代商品開発のインプットにすべきである。
各企業のマーケティング活動における共通化すべき活動と地域毎で実施すべき活動は導入前にブランド戦略、営業戦略、商品戦略などと合わせて、十分な検討が必要になる。
One to Oneマーケティング導入とデータ整備
最後にデータ整備はOne to Oneマーケティング実現にとって重要なテーマとなる。顧客分析の元になるデータは自社店舗、ECサイトでの購買履歴からWebページでの商品参照履歴、購入後のアフターサービスや問合せ履歴など自社が管理するデータがベースになる。最近ではアライアンス先企業が保有する顧客データを共通の会員IDなどをキーとして連結させることによって、顧客行動をより多面的に分析する事例も増えている。
ここで課題になるのが(履歴データを含む)顧客データの統合である。名寄せができている事が基本となるが、本編でも取り上げている通り多くの企業で顧客データは分散していることが多い。One to Oneマーケティング実現に向けて顧客データの初期整備は重要であるが、それ以上に重要なのはデータが整備された状態を保つ仕組みを構築する事である。
目的が異なる業務システムに顧客に関わるデータが次々と生成されていく中で、常に顧客情報管理システムのデータを最新の状態に維持する為には、システム間の連携機能が増加しシステム構成がかなり複雑になる。
最新の状態を保つべきリアルタイムで連携が必要なデータと日次更新で十分なデータなどデータ鮮度に関する要件を決める事、名寄せやデータクレンジングなどデータ精度を保つために業務部門が担うべき作業も定期的に組み込む事、これらによってデータを良い状態に維持しておくことがマーケティング活動にとっては重要となる。
最後に
マーケティングは新しい技術やソリューションが日々リリースされている為、中長期の将来像が描きにくい領域でもある。しかも、マーケティング活動は企業の業務、システムに広く関係する為、短期間で完璧なレベルを実現する事は困難であろう。しかし、根本にある「顧客を中心にとらえて、顧客を理解し、顧客にとってより良い商品、体験を提供する」考え方は変わらないはずである。マーケティングは「社員一人ひとりが顧客中心で業務を考えるように教育する事」、「全部門横断の取組みとして業務設計する事」、「顧客を中心としたデータ構造(顧客キーに関連するデータ保持)を目指して徐々に移行する事」で、新たな技術やソリューションに対しても柔軟に対応可能なマーケティングの土台を形成する事を目指してほしい。
執筆者
大山 泰誠 シニアマネジャー
顧客を中心として業務やサービスをとらえる経営戦略に対して、マーケティングからセールス、サービス、コマース領域と業界を問わずCRM全般に関わるシステム構想及び計画策定、導入のコンサルティングサービスを数多く手掛ける。
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