Deloitte Insights

アーキテクチャーの覚醒

さあ、目覚めよう

テクノロジーアーキテクチャーの科学が、これまで以上に戦略的重要性が高いものであると認識しているテクノロジーリーダーや経営層が増えている。実際、イノベーションが創造的破壊をもたらしている市場で競争力を維持するためには、従来型の組織はアーキテクチャーのアプローチを進化させる必要がある。

日本のコンサルタントの見解

はじめに

「アーキテクチャーの覚醒」(Architecture Awaken)では、デジタル変革が進展する世の中において、アーキテクチャーおよびそのデザインに携わるアーキテクトに対して焦点をあてるべきであるとの見解を述べている。本編でも取り上げたように、筆者の肌感覚でも、企業の中におけるアーキテクチャーへの注目度が高まっているのは間違いなく、またその一方で、どのようにアーキテクチャーを変化させていくべきか、苦慮しているCIOは非常に多い。

アーキテクチャーに対する関心の高まりの背景には、新たなテクノロジーが矢継ぎ早に登場し、変化し続けていること、そしてその一方で、レガシーテクノロジーからの脱却がまだまだ日本企業において進んでいないことも要因の一つにあげられる。

企業内エンジニアは新たなテクノロジーに対応範囲を拡大する必要がある一方で、残り続けるレガシーテクノロジーにもあわせて対応することを求められる。

単純に取扱うテクノロジーが増大したのに加えて、両者のインテグレーションをどのように考えるか、多くのエンジニアが日々チャレンジを続けている。さて、そうした環境の中で、アーキテクトには今後一体どのような役割が求められてくるのであろうか。本論に入る前に少し、アーキテクト、特にエンタープライズアーキテクトと呼ばれる人材に対する過去の期待値について振り返ってみたい。

これまでのエンタープライズアーキテクト

エンタープライズアーキテクトおよびエンタープライズアーキテクチャー(以下EAと略す)という用語が日本において注目されたのは2000年代の初頭である。

経済産業省が「EA策定ガイドライン」を定め、中央省庁を中心として「業務・システム最適化計画」が進んだのは、このタイミングであり、時を同じくして数多くの企業がEA策定に熱心に取り組んだ。しかしながら、この時期に行われた多くのEA活動はEAの枠組みを作り上げる活動そのものが目的となったケースが多く、本質的な取り組みに至っていたケースは、少なかったといわざるを得ない。では、EAのそもそもの目的とは何か。デロイト グローバル(デロイト)はEAを以下のように定義している。

“Enterprise Architecture (EA) is a process of translating the business vision and strategy of an enterprise into effective change by creating, communicating and improving the key requirements, principles and models that describe the enterprise's future state and enable its evolution. The scope of enterprise architecture includes the people, processes, information and technology of the enterprise, and their relationships to one another and to the external environment.” 1

すなわちEAはビジネスビジョン・戦略を具現化するためのプロセスそのものであり、そこに至って初めて意義のあるEAを構築できたと初めていえる。しかしながら、当時のEA活動は、EA体系の定義とEAガバナンスを実行するための膨大なドキュメントを整備すること自体に焦点があたってしまっていた。でき上がったドキュメントは、その後メンテナンスされることなく顧みられなくなった事例もある。また、EA活動を一定軌道に乗せていた企業においても、EAの主眼はITそのものの標準化やITコストの抑制にあり、非常に「守り」の色合いが強いものであった。

その背景として、1990年代後半から2000年代初頭は、多くの企業が活発なテクノロジーへの投資に取り組み、多くの分散型システムが一気に普及した後の時期であり、個別に作ってしまった分散・拡大したシステムをどのように「最適化」すべきかに重きが置かれており、EA自体がIT 標準化のための手法であると捉えられてしまったこともその一因であろう。

余談ではあるが、筆者も当時多くのEA案件に関与した経験があるが、その大半はアプリケーションあるいはテクノロジーアーキテクチャーのIT標準化や統合などの「最適化」に焦点をあてたものが大半であり、本来注力するべき、ビジネスのビジョン・戦略やビジネスアーキテクチャーそのものをテーマにEAを策定したケースは極めて稀であった。

また、当時の日本企業に多く見られた傾向として、ITガバナンスが非常に弱かったという点も「最適化」に拍車がかかった原因の一つと考えられる。日本においてIT部門は長らくコストセンタに位置づけられており、事務処理を支えるバックエンドの仕組みを滞りなく運用するのが主なミッションであった。そういった環境下において各事業や海外含めた各拠点に対して旗振り役としてIT部門が全社横断のガバナンス発揮するのは難しく、結果として個別システムの増大につながったともいえよう。

このような時代のエンタープライズアーキテクトの役割は当然ながら守りの色合いが強く、彼らに求められた主な役割は主に2つであった。一つ目は、EA体系を定義し、何を標準として守るべきかのルールやガイドラインを定めること、2つ目はARB(Architecture Review Board)のリーダーとして、定めたEA標準に対して各種システム化の取り組みなどが適正であるか判断をくだす審判の役割を果たすこと(往々にして形骸化していたが)であった。

「守り」の役割を発揮することは非常に重要であり、近年においても、特に“セキュリティ”の観点などはトッププライオリティの一つであるといっても過言ではない。しかしながら、“Enterprise”のアーキテクチャーをデザインする上では、やはり攻めの観点を欠かすことはできず、当時のEAには、「未来の姿を描かないままIT標準を定める」という大いなる欠落があると共に、「未来を実現するためにはテクノロジーそのものに対してフォーカスしなければならない」という、今日においては当然ともいえる視点が足りていなかったことは間違いない。当時のエンタープライズアーキテクトにも、そのような役割自体、期待値としては低く、彼らに対するビジネスサイドからの印象を、誤解を恐れずにいえば「ビジネスの現場も知らないのに教科書を振りかざす学者」であった。そして彼らに対する期待値は、当然高いものではなかったといえる。

アーキテクトへの期待と日本における現状

ここまでEAおよびエンタープライズアーキテクトのこれまでを振り返ってきた。では、現在エンタープライズアーキテクトに対する期待値は過去とくらべてどのように変化を遂げているか確認してみよう。

世界的なITアドバイザリ企業であるガートナーは「2021年までの間に、40%の企業が、先進テクノロジーが可能とする新たなビジネスイノベーションのアイデア創出にエンタープライズアーキテクトを活用するであろう2と述べている。「Business outcome DrivenなEA」を作り、EAチームはその位置づけを企業内の戦略コンサルタント化していくべきである考えている。また、同じく高名なIT調査会社であるForresterもビジネス価値を創出する上で、EAおよびエンタープライズアーキテクトが必要不可欠であり「ビジネス成果こそがEAの提供価値そのものになりうる」3と述べている。

本編で繰り返し述べた通り、エンタープライズアーキテクトへの期待値は非常に高いものになっており、まさに学者的なスタイルから脱し、新たなテクノロジーをビジネスの現場で実践し、イノベーティブなビジネス成果につなげていくというプラクティショナーとしての役割が期待されているといえよう。

デロイトはエンタープライズアーキテクトに求められる役割は大別すると3つあると考えている。概要を簡単にご紹介しよう。

1. Enterprise Architect

テクノロジー部門のリーダーシップメンバーの一員として、ビジネス部門とコラボレーションしながらその変化の方向性を捉え、新たなテクノロジー活用を見据えたEA全体のあるべき姿を描く役割。

2. Domain Architect

EA全体のあるべき姿を実現に向け各ドメインにおける構想・企画、新スタンダードのデザイン・構築・改善に取り組む役割。スタンダードにはドキュメントのみならず、本編であげたテクノロジースタックなども含む。
主なドメインとしては、一般には以下があげられる。
・Business Architect
・Application Architect
・Data Architect
・Technical Architect
・Security Architect

3. Solution Architect

各プロジェクトの現場に入り込み、テクノロジースタックの適用やEAに準拠したソリューションのデザイン、適用を支援する役割。現場から上がった要望をEAチームにフィードバックし改善アクションに繋げる役割も担う。

概要レベルのご紹介でもエンタープライズアーキテクトの役割は、このように多岐に渡り、いずれの役割もマーケットからの需要が非常に高いといえる。世界的にエンタープライズアーキテクトへの需要が高まる中、日本においても同様にそのニーズが顕在化しつつある。例えば、独立行政法人情報処理推進機構の調査によると、約47.8%の企業がDXを推進するアーキテクト人材が「大いに不足」と回答している4。そのほか、「大いに不足」の回答割合が高かったのは以下の通りである。

1位 ビジネスプロデューサー(51.1%)
DXやデジタルビジネスの実現を主導するリーダー格の人材(CDO含む)

2位 データサイエンティスト/AIエンジニア(51.1%)
DXに関するデジタル技術(AI・IoTなど)やデータ解析に精通した人材

3位 ビジネスデザイナー(50%)
DXやデジタルビジネスの企画・立案・推進などを担う人材

4位 アーキテクト(47.8%)
DXやデジタルビジネスに関するシステムを設計できる人材

(括弧内が大いに不足の割合)

前述したデロイトの考えるアーキテクトの役割と照らし合わせて考えると、ビジネスプロデューサーはEnterprise Architect、ビジネスデザイナーはDomain Architect、アーキテクトはSolution Architectが該当し、DXを進める上で、アーキテクト型人材に対する需要は非常に高い水準に達しているといえよう。

一方で、企業におけるニーズは高いものの、未来のエンタープライズアーキテクト候補となりうるテクノロジストの中ではまだアーキテクト志望の人材は決して多くはなく、現状の需要にたいしてまだまだ企業IT全体のかじ取り役を担うアーキテクトの数は充分とはいえない。一例として、世界的に有名なEAのフレームワークであるTOGAFを提供しているThe Open Groupのサーベイを見ると、日本における同フレームワークの認定資格者数は全体の第10位、1,000名弱であるTop1であるアメリカ、Top2のUKが有する認定者数の10分の1程度と非常に乏しい。有資格者の数がすなわちアーキテクト人材の不足に直結するものではないが、EAの重要性に対する意識の違いは一目瞭然ではないだろうか。因みにデロイトでは長年に亘りEAコンサルティングサービスを提供しており、またその内容も時代の変遷にあわせて改善し続けているが、社内外問わず時として「今さらEAって古いのでは」といった声を頂くことがある。やはり「EA」にはかつての教科書のイメージが強いままであることは否めない。

今こそ正にEAに対するイメージを転換し、デジタル時代における新たなEA像を描き、その実現をナビゲートする優れたアーキテクト人材を獲得・活用するべきである。

エンタープライズアーキテクトの獲得

さて、では実践的な能力を持ち、デジタル変革の最前線で旗振りができる水準のエンタープライズアーキテクトをどのように獲得することができるのか。そこには特別な答えはなく、人材獲得・育成プランを短期と中長期の視点を織り交ぜて立案し、着実に進めて行くのみである。

まず、中長期的には育成を通じて企業内アーキテクト人材の強化することを重視するべきである。よりテクノロジーに俊敏性を持たせ、ビジネススピード向上・成果の早期創出を図る上で、社内にケイパビリティを蓄えるという方向性に異論のある方は少ないのであろう。人材育成にあたってのアプローチとしては2つ考えられる。技術的なバックグラウンドのあるテクノロジー部門の人材をアーキテクトとして育成するのが一つ、もう一つはビジネス部門において事業構想・企画などの業務に従事した人材に、テクノロジーの素養を身に着けさせアーキテクトとして育成するやり方である。但し、当然ながら育成には時間がかかり、一朝一夕ではいかないことはいうまでもない。

よって、短期的にアーキテクトをどのように獲得するのかをまず最優先で考える必要がある。理想的には能力がマッチした人材を市場から採用することであるが、前述した通りアーキテクトへの需要は非常に高く、売り手市場化している現状においては、中々お互いの条件がマッチした高度アーキテクト人材を獲得するのは困難といえよう。よって、筆者としては、短期的にその穴を埋めるためには、外部のリソースを有効活用することをお勧めしたい。但し2つ注意を払って進めて頂きたい。まず一つ目はベンダーロックインにつながらぬよう、自ら手綱を握ることである。外部リソースに対してトレンドや事例などの世の動きや、ベストプラクティスといわれるようなEAのアセットなどは参考にしつつも、どの方向に向かうべきかの意思入れや、最終的な判断は自らが必ず行うべきであることを意識して頂きたい。そして、2つ目は適材適所を適切な期間に区切って活用することである。前述の通り、一口にアーキテクチャーといっても幅広く、求める専門性は異なる。よって、どこにどのようなリソースを配置するのかは慎重に見極めるべきである。また加えて、これらアーキテクトは常時必要とも限らない。どの領域にどのタイミングでリソースが必要なのか、ぜひその目利き力を磨いて頂きたい。目利き力を磨く中で、おのずとEAおよびアーキテクトに対する感度は高まり、自社で育てるべきアーキテクト像もより具体性を増していくことであろう。

また、大規模なビジネスをグローバルで展開する大手企業は強いアーキテクトチームを構成するのは比較的容易かもしれないが、その一方で潤沢に人材を常時抱えるのが困難な組織も数多くあると思われる。

手前味噌ではあるが、そういった組織に対しては、例えばデロイトはArchitecture as a Service(以下AaaSと略す)というサービス型のEAコンサルティングメニューを展開している。一例として、初期段階のみ短期でアセスメントや初期のEAモデル構築などのご支援をさせて頂き、その後は定期的なEAモデルの改善やEAガバナンス状況のモニタリングレポート提供などのサービスがある。こういったやり方も含め、上手く外を活用頂きながら、ぜひ自社のEAケイパビリティ向上に努めて頂ければ幸いである。

まとめ

本編では、EAおよびエンタープライズアーキテクトに対する期待値が大いに変革していること、今日のアーキテクトは企業内のコンサルタントとして、ビジネス・テクノロジー双方の視点を持ち、ビジネス変革を推進することが求められていることをお伝えしてきた。また、そのためには将来を見据えた人材の育成と、短期的には外部リソースを上手く活かし、そのノウハウを自らの中に取り組むことが肝要である。

ぜひCIOやCDOを始めとしてテクノロジーリーダーシップは、自ら将来を予測しながら戦略性・先見性をもって変革の取り組みを強く推進して頂きたい。


参考文献

1. “EA Overview” Deloitte Development LLC. 2018より
2. Gartner, Smarter With Gartner, “Enterprise Architects Populate Digital Business Platforms” Gloria Omale, May 21, 2019
https://www.gartner.com/smarterwithgartner/enterprise-architects-define-digital-platforms/
3. Forrester Enterprise Architecture In 2020 And Beyond
4. IPA 「デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査」

アーキテクチャーの覚醒(日本版)【PDF, 1.2MB】

執筆者

梅津 宏紀 アソシエイトディレクター

外資系コンサルティング会社を経て現職。ハイテク製造、小売、物流などを中心にIT戦略策定、Enterprise Architecture構想策定、ITマネジメント最適化などのさまざまなCIOアジェンダや、テクノロジ事業戦略策定などを専門とする。特にEAの領域において数多くの実績を有し、デロイト トーマツ グループにおける同領域をリード。

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