Posted: 17 Jan. 2025 4 min. read

第5回 外部監査におけるAIテクノロジーの活用

AIガバナンスの最前線

本連載では、AIのビジネス導入に欠かせない、AIのリスク対策「AIガバナンス」に係る様々なトピックについて詳しく紹介していきます。第5回の本記事では、有限責任監査法人トーマツ(以下、トーマツ)が実践している監査におけるAI活用とそのガバナンス管理について、全体像を紹介します。

はじめに

監査では、監査報告書を発行するための基礎を得たことを示す記録として監査調書を作成することが求められています。それは、公認会計士が監査の仕事をきちんと遂行したことを示す証拠にもなるため、十分かつ適切に記載する必要があります。夏休みの宿題として読書感想文に苦労した経験をお持ちの方も多いと思います。監査調書の作成も様々な情報を整理し、体系立てて勘案した思考過程を漏れなく矛盾なく正確に言語化する必要があり、容易ではありません。

近年、AI(人工知能)の中でも自然言語処理に強みを持った大規模言語モデル(LLM)が大きな進歩を遂げています。LLMは「言語」で記述される監査調書にも親和性があり、技術の革新に伴って活用の余地が広がっています。

筆者がAIによる自然言語処理の技術に初めて出会ったのは2016年のことでした。事業会社の監査の主査として日々膨大な量の監査調書の査閲や作成に苦労していたところ、AIを活用すれば専門家ならではの業務にもっと時間を使えるのではないかと考えました。現在それをトーマツ全体で実現すべく、テクノロジーを活用して監査業務の変革を牽引するAudit Innovation部でAIを使った監査ツールの開発をリードしています。

 

監査におけるAIの活用

トーマツでは既にAIを会計監査やアドバイザリー業務に広く活用しています。

AIを不正や不備、非効率の兆候検知などの高度な領域に活用しているほか、最近ではLLMを用いた生成AIを様々な監査領域で活用しています。

今回は生成AIに関するトーマツの取り組みをご紹介します。

Audit Suite Chat AI (“AS Chat AI”)は、トーマツが長年蓄積してきた専門的な監査の知見・ノウハウを生成AIを介して活用するプラットフォームです。トーマツの社職員全員が業務に活用できるシステムとして2023年にリリースしました。AS Chat AIでは監査上の検討の深堀や調査・分析をする使い方にとどまらず、AIが既存のシステムと連携することで監査調書のたたき台を作成するほか、トーマツの膨大な知見資料やデータベースを手軽に高度に活用することが可能です。

生成AIの登場によって、これまでハードルが高かったことも手軽にシステム化することが可能になってきました。

だからこそ私は、以下がAI時代における差別化要素であると考えています。

  1. 先進のテクノロジーにアンテナを張り、適時にシステムに取り入れる開発力
  2. 先進のテクノロジーを「どのように活用するのか」のアイディアを膨らませて、実務的なユースケースに落とし込む適用力

トーマツは優秀なAIエンジニア集団を擁しているだけでなく、全国の経験豊富な公認会計士を中心とした各業務領域の専門家(猛者)と一緒にAI活用のアイディアやユースケースを検討し合うワーキンググループを開催しています。そういった共創の場を通じて、会計監査やアドバイザリーの業務で広く役に立つ機能をすぐにシステムに反映する、開発力と適用力の二つの力を存分に発揮しています。

オープンで風通しの良い情報交換や検討会は、国内のみならずデロイト トーマツ グループやデロイト アジア パシフィック、グローバルの各レベルとも活発に開催しており、壁のないデロイトの企業文化を強く感じるところです。

 

トーマツにおけるAIのガバナンス

生成AIシステムの開発にあたっては、情報の保護を第一優先に、以下のポイントを押さえた設計としています。

  1. システム
    • トーマツのクラウド環境内でデータの処理や保存を行う
    • 生成AIに入力した情報やAIから生成された情報がクラウド企業やLLM開発企業によってAIモデルをトレーニング/改善するために使用されない
    • トーマツで運用されている開発ルールに準拠し、適切な検査・審査を完了する
  2. ユーザー
    生成AIの利用ガイドラインとして主に以下の事項を定め、トーマツの社職員のみをユーザーとし、運用を行う
    • 生成AIに入力することが認められる情報および認められない情報等を具体的に定義
    •  生成物についてはハルシネーションのリスクに対応したチェック方法を定めるとともに、生成物の利用方法にも厳格なルールを設定
    • 当該ガイドラインに関する研修の受講を完了しなければシステムにアクセスできない

トーマツの生成AIのシステムはそれ自体で業務を完了させることはなく、あくまで人間の知的活動を補助する存在にすぎません。生成物を活用する場合は、適切な事実確認や推敲、修正を必ず実施して査閲者にAIを利用した箇所を明示したうえでチェックを受けることが大切です。

2016年当時、筆者が夢見た未来の監査が着実に現実になってきています。故事にも「天の時、地の利、人の和」とあるように、技術の革新(天の時)や言語処理の監査への親和性(地の利)だけでなく、何よりも開発力と適用力を発揮する仲間との共創(人の和)によって、トーマツはこれからも、会計監査やアドバイザリー業務を変革し続けていきます。

 

執筆者

町野 浩司

有限責任監査法人トーマツ パートナー