第8回 AIと知的財産権の基本とリスク~恐れることはない、AIの活用のために~ ブックマークが追加されました
本連載では、AIのビジネス導入に欠かせない、AIのリスク対策「AIガバナンス」に係る多岐にわたるトピックについて詳しく紹介していきます。第8回の本記事では、知的財産権の観点からリスクとなり得るポイントに焦点を当てることで、AIの安心・安全な活用に寄与する「AIと知的財産権の基本とリスク」を解説します。
まず、生成AIを除外した場合の知的財産の基本的な考え方について確認をします。知的財産に関する法適用では、(1)新たに何かを作り出すこと(創作行為等)と、作り出されたもの(創作物等)の保護と、(2)新たに作り出されたものの活用(実施、使用、利用等)の2つの側面があります。
(1)新たに何かを作り出すこと
技術に関する特許においては、発明の創作であり、デザインに関する意匠においては、意匠の創作であり、絵や写真、文章などの著作物においては、著作物の創作が該当します。ブランドについては、実際にそのブランドが使用されたことにより獲得された信用が保護対象となる作り出されたものに相当します。
(2)作り出されたものの活用
技術に関する特許においては、特許発明の実施(特許製品の製造や販売)であり、デザインに関する意匠においては、そのデザインを組み込んだ意匠の実施(物品の製造や販売)であり、絵や写真、文章などの著作物においては、その書作物の複製(出版)のほか、展示やインターネット上での発信(公衆送信)が該当します。ブランドについては、実際にそのブランドを使用すること、すなわち、ネーミングやロゴを商品に付して、販売などすることが該当します。
これらの場面で留意が必要な点は、他人の権利の侵害とならないようにすることです。通常、(1)何かを作り出す際には、何かを参考にすることは当然であり、権利侵害が問題となるのは、主に(2)作り出されたものの活用の場面ということになります。すなわち、(1)作り出すために、他人の特許発明やデザインや著作物をそのまま模倣する場合は別として、既存の技術やデザインや著作物を参考にしつつ今までに無いものを作り出す行為そのものが侵害を問われることは基本的にはなく、(2)活用の際に、他人の権利を侵害することがないように、必要な調査などを行い、自らの特許発明の実施等を確保する必要があるわけです。
それでは、生成AIを含めた知的財産の基本的な考え方はどうでしょうか?
生成AIを含めた場合にも、生成AIを除外した場合の知的財産の基本的な考え方と、考え方は基本的に同じです。
理由を考えれば、明らかです。なぜならば、人が生成AIを道具として使っているだけであって、上記のように(1)新たに何かを作り出すこと(創作行為等)と、作り出されたもの(創作物等)の保護と、(2)新たに作り出されたものの活用(実施、使用、利用等)という2つの側面には変わりがないからです。
すなわち、(1)作り出すために、他人の特許発明やデザインや著作物をそのまま模倣する場合は別として、既存の技術やデザインや著作物を参考にするように、生成AIに学習させつつ今までに無いものを作り出す行為そのものが侵害を問われることは基本的にはありません(この後、『知的財産的な観点からリスクとなり得るポイント』で例外については説明します)。(2)活用の際に、生成AIが出力した生成物が、他人の権利を侵害することがないように、AIが何を参考にしたか、参考にしたものと類似しないかなどの必要な調査を行い、自らの特許発明の実施等を確保する必要があるわけです。
それでは、生成AIを用いた場合には、どのような点が問題となるか、リスクとなり得る点を押さえておきましょう。
まずは前提として、生成AIの仕組みを確認しておきましょう。
生成AIを開発するには、①学習用プログラム(AIのプログラム)に学習用データ(例えば、既存の著作物)を読み込ませ、学習済みモデル(AI)を作る【学習段階】と、②学習済みモデル(AI)に対し、利用者が生成したい内容などを指示(プロンプト入力)し、その生成指示に基づいて、学習済みモデル(AI)が画像、文章、音声等を出力させ、その出力されたAI生成物を利用するという【生成・利用段階】の2つに分けられます。
出所:首相官邸『AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ』 P5
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/0528_ai.pdf
①【学習段階】における知的財産法の適用関係について、問題となるのは、著作権法の場合です。例えば、他人の作品を無断でAI学習することは、権利侵害(違法)となるかどうかです。
この場合、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的とするか否かがポイントとなります。著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない場合は、例えば、インターネット情報検索サービスのための複製等や電子計算機による情報解析のための複製等のように、著作権者の許諾なく利用することが可能とされています(著作権法第30条の4本文)。そのため、単にAIの学習データとして用いるための著作物の収集(複製)等の行為は侵害とされることはありませんが、意図的に、学習データに含まれる著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させることを目的とするような場合には、侵害の可能性が出てきます。この点について、具体的事案では「学習データの著作物の創作的表現を直接感得できる生成物を出力することが目的となっているか」が1つの基準になり得るものと考えます。
さらに、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない場合であっても、著作権者の利益を不当に害する場合等は著作権侵害になり得るため、その点には注意が必要です(著作権法第30条の4但し書き)。したがって、販売されている又は販売が予定されているような、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物を学習データに用いることはできません。
なお、著作権法以外の知的財産法においては、他人の作品をAI学習に利用する行為につき、許諾は不要(権利者は利用者に意匠法や商標法を根拠に許諾を得るよう求めることはできない)と考えられています。他人の登録意匠や登録商標又はそれと類似する意匠・商標が含まれるデータをAIに学習させる行為については、意匠法や商標法において権利が及ぶ行為として定める実施や使用の行為に該当しないと考えられるためです。また、不正競争防止法においても、他人の商品等表示が含まれるデータをAI学習用データとして利用することについては、周知な商品等表示について「混同」を生じさせるものではなく、著名な商品等表示を自己の商品等表示として使用する行為ともいえないため、不正競争行為に該当しないと考えられます。さらに、デッドコピーなどの商品形態模倣規制は、他人の商品の形態を模倣した商品の譲渡等を規制対象としているため、他人の商品の形態が含まれるデータをAI学習用データとしての利用することは、他人の商品の形態を模倣した商品の譲渡等に該当せず、「使用」は規制の対象外であるため、この場合も不正競争行為に該当しないと考えられます。
②【生成・利用段階】で問題となるのは、生成AIが出力した生成物が、(今までに無いものというより)従来の他人の作品などに似ているような場合です。
まず、著作権法では、生成された画像等に既存の画像等(著作物)との類似性(創作的表現が共通していること)及び依拠性(既存の著作物をもとに創作したこと)が認められる場合は、既存の著作物の複製として著作権侵害となる可能性があります。
ここでは、依拠性がどの程度推認されるかがポイントになりますが、既存の著作物が学習データに含まれていることが立証できる場合、生成AIの開発・学習段階で当該既存の著作物が学習されていた場合は、AI利用者が既存の著作物を認識していない場合でも、通常、依拠性があったと推認されるため、注意が必要です。
一方で、意匠法や商標法、不正競争防止法においては、実際に生成物が使用される場面における権利侵害のため、「依拠性」は不要で、基本的には「類似性」の有無によって侵害の有無が判断されます。なお、デッドコピーなどの商品形態模倣規制については、「他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する」行為が対象となります(不正競争防止法2条1項3号)。そのため、模倣行為、すなわち、他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出していると評価できる場合には、その商品を譲渡等することで規制となる可能性があります。
このように、著作権法以外の知的財産法においては、上記『生成AIを含めた場合の知的財産の基本的な考え方』と同じですので、活用の際に、生成AIが出力した生成物が、他人の権利を侵害することがないように、必要な調査などを行い、自らの実施等を確保する必要があります。
【生成・利用段階】でもう1つ問題となるのは、生成AIが出力した生成物がそもそも保護されるのかです。
この点について、一般的には、AI利用者である人が、指示を出し入力を意図的に行うことで生成の試行を行っていることから、人がAIを道具として用いて創作に実質的に関与したと認められ、生成物は保護対象になるものと考えられます。
なお、保護対象が創作物ではない商標法や不正競争防止法においては、AIにより生成されたものかを問わず、保護されることになります。
今回は、現時点で最新の知的財産戦略本部 AI時代の知的財産権検討会 『AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ』(2024年5月)に基づいて説明をしました。その中では、あくまで、人が生成AIを道具として使うことを前提としています。そのため、今後、AIエージェントのように、AIが人間の介入なしに自律的にタスクを実行し特定の目標を達成することが主流になった場合には異なる取り扱いになる可能性はありますが、現段階では、AI利用者である人が、①【学習段階】では、適切な学習データを用いると共に、②【生成・利用段階】では、今までにない生成物の出力を意識し、活用の場面では、他人の権利を侵害することがないように、必要な調査などを行い、実施等を確保することで、AIが知的財産的な視点で安心・安全に活用できるものと考えます。
また、今回は日本の知的財産法に基づいて説明をしましたが、国際的には、何を保護対象とすべきか、何をもって権利侵害と見なすかなど、定義や適用範囲においても統一されていないのが現状です。そのため、AIを用いた開発拠点を海外に置く場合には、予めその国の知的財産法の取り扱いをよく確認しておく必要があります。
以上、本連載第8回では、知的財産的な観点からリスクとなり得るポイントに焦点を当てることで、AIの安心・安全な活用に寄与する「AIと知的財産権の基本とリスク」を解説しました。
酒井 俊之
デロイト トーマツ弁理士法人 パートナー
知財財産に関する活動を通して、クライアントの課題解決の提案を行うスペシャリスト。その提案内容は、知的財産やその活動の重要性を十分に理解してもらうことから、知的財産を通じた依頼人の新規創造と事業成功の実現へ及ぶ。 資格 日本弁理士会(2004年登録) 学歴・職歴 2002年 慶應義塾大学理工学部情報工学科卒 2004年 慶應義塾大学大学院基礎理工学専攻修士課程修了 2004年 弁理士法人創成国際特許事務所 2012年~2015年 東北工業大学ライフデザイン学部経営コミュニケーション学科非常勤講師 2016年~2018年 福島工業高等専門学校非常勤講師 2019年~ 東北大学大学院経済研究科 地域イノベーション研究センター外部講師 2023年~ 秋田大学 産学連携推進機構 客員教授 2023年~ デロイト トーマツ弁理士法人 その他 2011年~東北経済産業局「知財経営普及啓発・人材育成事業」にて知財人材育成検討タスクフォースの委員に就任、知財支援人材、知財活動人材の育成・輩出に関わる