チャイルド・セーフティ~子どもを守る社会をビジネスで創るには~(後編) ブックマークが追加されました
子どもの安心・安全を守るための戦略においては、前編で紹介した通り、CSV(Creating Shared Value)の考えに立脚して、持続的な共通価値を創造できる市場構造、つまりは「子どもの安心・安全が担保された社会になるほど事業が成長する市場」(逆も然り)を創り出すことが重要になる。
本段落では、その持続的な構造を創り出す「ルール」、「コミュニティ」、「デジタル」の3つの戦略視点を紹介したい。
自ら声を挙げることが難しい子どもという性質上、既存の多くの市場ルールは企業利益を優先し、当事者たる子どもを置き去りにしてきた側面が強い。しかし、子どもの声を汲み上げて、市場の競争軸とする仕組みを構築できれば、それを守る企業の優位性につながる。つまり、自社が真に子どもの安心・安全に配慮した製品・サービスを市場に投入し、さらに、子どもを中心に置いた(自社の製品・サービスが是とされる)法規制やソフトロー(標準/規格、規範)を戦略的に形成することができれば、中長期的な競争優位を築き上げることが出来る。
例えば、2007年より欧州市場で開始した「EU PLEDGE」は、著名な食品関連の国際企業20数社による自発的イニシアティブである。ここでは、高い栄養基準を満たす製品を除いて、12歳未満の子どもに向けた広告を行わないことや、学校当局からの要請・同意がある場合を除いて、 初等学校で製品関連のコミュニケーションを行わないことが掲げられている。欧州委員会やEU法とも連動しており、質の低い商品の市場からの排除や、学校という流通・プロモーションチャネルへの参入障壁の構築を意味している。
更に、参加企業内の数社は、その基準を更に高める自社ポリシーを打ち出しており、今後もこの参入障壁を強固なものにしていくと考えられる。
「子どもの安全・安心」を守る戦略には、子どもの目線が中心に据えられていなければならず、そのためには子どもの声が汲み取られる「仕組み」が不可欠だ。その「仕組み」を構築するには、一団体、一主体では限界があり、多様なアクターが連携しあって、多様な知を結集した、コミュニティとして構築する必要がある。
国内では、子ども自らの目線で自社製品の安全・安心を検証する事例や、多様な調査手法で多くの子ども達からの視点を取り入れながら、子どもの安全・安心に配慮した意匠・制度・取り組みを表彰・認証する特定非営利活動法人も存在するが、あくまでも無償の認証サービスにとどまっており、サービスが拡大していくことは難しい。
一方で、海外では、コミュニティを活用した、有償の認証サービスが存在する。あるシニアコミュニティの事例をアナロジーとしながら、その可能性を紹介したい。米国のAARPを中心に広がるシニアコミュニティは、シニア当人たちの声で市場を変えている好例だ。約3,800万人のシニア世代を束ねる当該コミュニティは、認証という形でシニアに優しい製品・サービスにお墨付きを与えている。そして驚くべきことに、それらのお墨付きは有償で、認証・送客ビジネスにより約1,500億円の売上をあげ、大きな市場影響力を持っているのだ。無償のサービスにとどまっていてはCSR的な域を出ないが、コミュニティの力を生かして市場を作り、ビジネスとして成り立たせることで、前述の国内の事例では難しかった、社会価値と経済価値を両立させているのだ。
この他にも、新たなコミュニティのヒントは、海外で各所で存在する。ドイツでは、子ども達が自らの意見を行政・企業に反映させるコミュニティ「ミニ・ミュンヘン」が行われている。例えば日本でも「ミニ・トーキョー」等を立上げ、子ども向けの製品/サービスを扱う企業が戦略的に活用することで、子どもに善い社会を作りながら事業を成長させる、まさにCSVの構造を創り出す足掛かりとなり得る。
国内でも、より多くの企業・自治体などが参加して子どもコミュニティを作ることで、「子どもたちの安全・安心の向上と、健やかな成長発達につながる社会環境の創出」につながる、子ども視点のプラットフォームを構築していくべきだと考える。
今や全ての産業の進化にデジタルは欠かせない。子どもの安心・安全に関しては、片時も目を離せない課題の性質に対し、もはや人手での対応は限界を迎え、市場の進化におけるデジタルの重要性は高い。
母子保健の新たなあり方として注目を集めるフィンランドの「ネウボラ」は、子育て世帯毎に一人の保健師を長期間アサインする。保健師は数年に渡り子育て世帯に伴走しながら、自治体や医療機関、地域との連携窓口となる。日本でも渋谷区や世田谷区等で導入が進んでおり、今後の国内の展開には大きな社会的価値が見込まれる。
一方で、ネウボラなどのサービスには多くの労働力と生産性が必要になる。これを支えるために、保健師の活動の効率化や、遠隔地の保健師や出産育児等で前線を離れている保健師の隙間時間の活用を達成する、新たなデジタルソリューションの投入が必須であろう。
このような社会的な仕組みの転換期に、新たなデジタルソリューションを企業が提供することは、社会的価値を創出すると同時に、大きな経済価値にもなり得る。加えて、企業として、社会課題解決の大義を磁石にステークホルダーの賛同を得ながら、市場を変革しうる新たなデジタルソリューションを先行的に投入してデファクトをとっていくことが、長期的な競争優位を築く上で欠かせないCSVの視点と言える。
SDGsが世に出て10年近くが経ち、もはや「脱炭素」や「人権」を謳わない企業は無い。地球、あるいは社会のどこかで困っている誰かのために、企業が社会的大義をもって取り組む重要性を疑う余地は無い一方で、本稿のような言わば自分の半径5メートルに存在するテーマも忘れてはいけない。
「パーパスやマテリアリティの意義が浸透しない」という声を耳にする機会が増えたが、それは社会を主語とした「なぜ?」に加えて、従業員一人ひとりが自分を主語とした「なぜ?」に腹落ちし、動機を強く持つことが出来ていないからではないだろうか。
長期の視点も含め子どもの安心・安全を考え抜いたその先に、環境や人権の問題が存在している。そのようなストーリーを感じるきっかけにもなるのではないだろうか。
田中 晴基/Tanaka Haruki
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター
本井 中庸/Motoi Nakanobu
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー