Posted: 22 Sep. 2023 3 min. read

これから日本に必要な「社会としての終身雇用」/国際競争力1位のデンマークに学ぶ

主要なポイント
  • 「三位一体の労働市場改革」実現のカギは、日本が企業の終身雇用から「社会としての終身雇用」へ移行できるかにかかっている。
  • 「社会としての終身雇用」を目指すうえで、柔軟な労働市場と手厚い社会保障を両立するデンマークに多くのヒントがある。
  • デンマークでは学校教育と成人教育制度を並置する「デュアル・システム」が確立され、産官学が連携して、リスキリングと雇用を連携させて競争力に結び付けている。


「三位一体の労働市場改革」は実現できるのか

今年の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)の目玉のひとつとして三位一体の労働市場改革が打ち出されました。

労働市場改革は、日本が再び経済成長していく上で欠かせないテーマです。日本の人口は減少の一途をたどっており、このままのペースでは約30年後に1億人を下回る見通しです。人口減少下の日本が成長するためには、1人あたりの付加価値をいかに高めるかが重要になります。

その実現のカギを握るのが、まさに成長分野への労働移動の促進です。生産性が低い分野から、これから伸びる分野へと人材をシフトしていくことで、1人当たりの付加価値を高め、「産業と人材のミスマッチ」を解消することが期待されます。

一方で、現在の日本の労働市場は、戦後の人口増加時代につくられた終身雇用制度が根強く残っており、硬直化しています。長年続いた労働慣習を打破し、日本に成長のダイナミズムを起こしていくのは決して容易ではありません

今後、「三位一体の労働市場改革」の実現は、日本が目指すべき新たな労働市場のビジョン、さらに硬直化した状況を揺り動かせる実践的なアプローチをいかに示せるかにかかっています。

 

今、日本に必要なのは、安心して働き続けられる「社会としての終身雇用」

日本が将来目指すべき新たな労働市場のビジョンとはいかなるものでしょうか。

その解を敢えて一言で言い表すと、「社会としての終身雇用」にあります。

従来の日本は、企業が主体になって、働き手の入社から定年までをひとつの企業が支える「企業としての終身雇用」が主でありました。一方で、これからは、働き手を中心軸に据えて、企業のみならず社会全体で働き手が安心して働き続けられる環境をつくることが求められます。

それによって働き手は、今の職場に働き続けるだけでなく、より需要が高く労働条件が良い分野へと転職しやすくなります。その結果、労働市場の流動性が高まり、成長産業に人が集まるダイナミズムが生まれるのです。

このように、働き手にとっての選択肢を増やし、生涯安心して働き続けられる環境作りこそ「社会としての終身雇用」のあり方なのです。

日本が「社会としての終身雇用」を目指す上で、ひとつのモデルケースがあります。それがデンマークの取り組みです。

デンマークの施策は、「新しい資本主義実現会議」による『三位一体の労働市場改革の指針』でも引用され、にわかに注目を集めています。もちろん、歴史的な経緯も人口規模も異なる中で、それそのままを真似る必要はありませんが、これからの日本にとって学ぶべきことの多くがデンマークにあるのも事実です。

 

国際競争力1位のデンマークに見る「目指すべき労働市場の姿」

デンマークは、IMD(国際経営開発研究所)が作成する「世界競争力年鑑」2023年版で堂々の2年連続第1位に輝きました。ちなみに日本は63カ国・地域中、34位です。さらにデンマークは1人当たりGDPや幸福度もトップレベルとなっています。

デンマークは2022年の国際競争力の評価が1位であり、対して日本は34位

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この高い競争力を支えているのがデンマークの労働市場です。デンマークは、「フレキシキュリティ(「柔軟性(フレキシビリティ)」と「安全性(セキュリティ)」を組み合わせた造語)」と呼ばれる、柔軟な労働市場と手厚い社会保障を連携するモデルがあり、積極的な労働市場政策をとっています。

OECDの中では、デンマークにおいて、雇用の柔軟性と雇用保障の二つを両立して国際競争力を高めることが目指されている。一方で日本においては、二つとも低水準な状況

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日本と違い、デンマークの解雇規制は緩やかで、労働市場の流動性は高い一方で、手厚い失業給付が用意されており、社会制度として安全性を確保しています。「失業しても暮らせる」という安心感があるから、企業が事業の都合で従業員を解雇することが社会的に容認され、働き手もよりよい機会を求めて転職するリスクをとりやすい傾向にあります。

さらに、高い流動性を後押ししているのが、充実した職業訓練制度です。デンマークでは学校教育と成人教育制度を並置する「デュアル・システム」と呼ばれる教育制度が確立されています。つまり、青少年だけでなく成人も教育を受ける習慣が根付いているのです。成人向け教育の中には成人職業訓練プログラムも用意されており、20歳以上の若者から高齢者まで幅広い層が生涯を通じてリスキリングに取り組んでいます。

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「デンマーク・モデル」から日本に応用できる3つのポイント

では、日本はデンマーク・モデルから何を学ぶべきでしょうか。

デンマーク・モデルの最大の強みは、社会人教育を雇用につなげる「デュアル・システム」にあります。さらにこのようなシステムを産官学が一体となって作り上げることで、「社会としての終身雇用」をあらゆる面から追求する仕組みになっている点が特徴的です。

日本が今後、労働市場改革を通じて新たなモデルをつくる上で、デンマークから学ぶべきポイントは3つあります。

1つ目は、出口となる雇用目標を明確に設定していることです。

デンマークでは、政府と労使団体が一体となって労働需要やスキル需要を調査し、その実態をもとに全国/地方レベルの雇用政策を決定しています。そこでは「どの分野にどのくらいの雇用を生むべきか」という目標が明確に設定され、その方針は現場まで落とし込まれています。

これは、将来における雇用分野や目標が明確に示されない中で、リスキリングという手段が目的になりがちな日本の議論においては大いに学ぶべき点があります。

2つ目は、産官学が連携して、雇用に結びつく実践的な職業訓練プログラムを開発していることです。プログラム開発には民間企業も参加し、新たな雇用を生み出す領域に従事するために必要な新たな技術や、需要側のニーズに合わせてカリキュラムや資格も更新されています。このため、現場ですぐに生かせるスキルを職業訓練プログラムで身につけられるのです。

このことは、個々の企業や大学が個別に教育プログラムを構築することによって部分最適で対応してきた日本のあり方とは大きく異なる点です。

3つ目職業訓練と雇用をつなげるインセンティブが働いていることです。各分野の職業訓練プログラムを修了すると、職業資格や認定を受けられます。職業別に必要な資格やレベルが明確にされているため、企業も採用の際にこれらを重視します。リスキリングが就職に結びつくという見通しが建てられるため、働き手は安心してリスキリングを選択肢に入れることができるのです。

日本のハローワークにあたるジョブセンターでは、ケースワーカーが求職者にリスキリング内容や就職先を指導し、再就職の成果(KPI)に応じて財源が割り当てられることも特徴的です。この点では、教育と雇用を一貫して運用しインセンティブをつけるという発想に乏しい日本の実態においては検討すべき点です。

  
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こうして、デンマーク・モデルでは、単にリスキリング制度を充実させるだけでなく、学んだ後の雇用という出口目標を設定し、実践的なプログラムを開発し、リスキリング後の就職までつながる環境を整えることで、成長分野への労働移動を促しているのです。

こうしたトータルな取り組みを背景に高度なスキルを保持した労働者の割合が増加していることが、デンマークの国際競争力に繋がっているのです。

ここまで、日本の新たなる労働市場改革を進めるための参考事例としてデンマーク・モデルに注目し、そこから日本が学ぶべきポイントを提示しました。

本テーマの後編として、日本の労働市場の特長やデンマークとの違いも踏まえ、「社会としての終身雇用」を目指すための新たな「日本型モデル」のあり方を提言します。

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松江 英夫/Hideo Matsue

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デロイト トーマツ グループ CETL(Chief Executive Thought Leader)、デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表

デロイト トーマツ合同会社 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー 中央大学ビジネススクール 客員教授 事業構想大学院大学 客員教授 経済同友会 幹事 国際戦略経営研究学会 常任理事 フジテレビ系列 報道番組「Live News α」コメンテーター(金曜日) 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員 経営戦略及び組織変革、経済政策が専門、産官学メディアにおいて多様な経験を有する。 (主な著書) 「「脱・自前」の日本成長戦略」(新潮社・新潮新書 2022年5月) 『両極化時代のデジタル経営—共著:ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社.2020年) 「自己変革の経営戦略」(ダイヤモンド社.2015年) 「ポストM&A成功戦略」(ダイヤモンド社.2008年) 「クロスボーダーM&A成功戦略」(ダイヤモンド社 2012年: 共著) など多数。 (職歴) 1995年4月 トーマツ コンサルティング株式会社(現デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)入社 2004年4月 同社 業務執行社員(パートナー)就任 2018年6月 デロイト トーマツ グループ CSO 就任 2018年10月 デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表 就任(現任) 2022年6月 デロイト トーマツ グループ CETL 就任(現任) 2012年4月 中央大学ビジネススクール客員教授就任(現任) 2015年4月 事業構想大学院大学客員教授就任(現任) 2021年1月 特定非営利活動法人アイ・エス・エル(ISL) ファカルティ就任(現任) 2018年10月 フジテレビ「Live News α」 コメンテーター(現任) (公歴) 2022年10月 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員就任(現任) 2020年12月 経済産業省 「スマートかつ強靱な地域経済社会の実現に向けた研究会」委員就任 2018年1月 経済産業省 「我が国企業による海外M&A研究会」委員就任 2019年5月 経済同友会幹事(現任) 2022年10月 国際経営戦略学会 常任理事(現任)