三位一体の労働市場改革「日本型モデル」への3つの提言 ブックマークが追加されました
岸田内閣が推進する三位一体の労働市場改革を、狙い通りに実現するためには何が必要でしょうか。 前回はデンマークの労働市場を参考に「目指すべき労働市場の姿」を検討しました。 続く今回は、デンマークからの学びを元に、これからの日本に必要なあるべき姿を考えます。
まず、日本とデンマークの2つの大きな相違点を踏まえる必要があります。
1つ目の違いは、職業教育を担う主体の違いです。一言でいうと、日本は内部労働市場、デンマークは外部労働市場が中心に仕組みが成り立っていることです。
デンマークの教育体制は、学校教育と職業教育を並置する「デュアルシステム」が特徴で、働き手は学校教育と並行して職業教育を受け、企業外で必要なスキルを身につけた上で就業するのが一般的です。いわば、職業教育を担う主体は産官学が一体化した「社会」です。
一方、日本で職業教育を担っているのは主に「企業」です。 学校教育を終えた新卒の段階では特定分野や業務に対する専門知識は持たず、入社後に研修やOJTなどの形で必要なスキルを身につけていきます。 このような体制が築かれた背景にあるのは、終身雇用制度です。
2つ目の違いは人口規模と年齢構成です。とりわけ日本の年齢構成の違いはとるべき施策に大きな違いをもたらします。デンマークの人口は600万人弱。日本の約20分の1の規模です。 人口は緩やかに増加しており総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は2022年時点で20.4%程度です。一方、1億2000万人以上の人口を抱える日本は急激な少子高齢化に直面しています。 高齢化率は2020年時点で28.4%ですが、今後さらに上昇を続け、2047年には38.4%に達する見込みです。 つまり日本の働き手のボリュームゾーンは、ミドル・シニア層となるのです。
これらの相違点を念頭に、従来メディアや政策当事者の間で十分に議論されてこなかった“抜け落ちている視点”を踏まえた「日本型モデル」への3つの提言を致します。
日本の取り組みに欠けているのは、リスキリングと雇用の結び付けです。
「この分野にこれくらいの雇用を生みだす」という目標設定があってはじめて達成に必要なリスキリングの内容が明確になります。リスキリングを、あくまで「新たな雇用に結び付ける」ための手段と捉え、雇用目標という出口と一体で設計することが重要です。
デンマークでは雇用目標が明確に設定され、全体で共有されています。 政府から自治体の現場担当者、教育関係者、企業まで全員が同じ目標に向かうことで、効果的に取り組みを進めています。一方で、日本は、出口となる雇用の分野や目標が明確でない中で、手段としてのリスキリングが目的化しがちな状況にあります。
では、日本にはどのような雇用目標が必要なのでしょうか。それは言うまでもなく、今後人材のニーズが高まる分野、具体的には「高成長が見込まれる分野」と「労働力不足が加速する分野」です。
高成長が見込まれるのは、各産業のデジタル化を推進するDX分野と、カーボンニュートラルに向けた取り組みを進めるGX分野で、今後この両分野には大きな投資が集まり人材ニーズが高まります。
一方で、雇用ニーズがひっ迫する分野に、労働力不足が深刻化する社会・生活インフラを支える産業が挙げられます。 農業や林業、建設などの第1次、第2次産業、医療や福祉、介護などのサービス産業などです。 このように、今後人材ニーズが高まる分野を念頭に置いてリスキリングプログラムを体系的に整備し、労働移動を促していくことが重要です。
雇用目標を設定するひとつの意義は、PDCAサイクルを回せるようになることがあります。 施策を数値で振り返り、改善するというサイクルを繰り返すことで、労働移動の実効性を高めていくことが可能です。
さらに、雇用目標を着実に達成していく上では、適切なインセンティブの設定も重要です。 例えば、デンマークで職業紹介を受け持つジョブセンターでは、雇用に結び付けた実績に応じて財源が割り当てられる仕組みとなっています。一方、日本のハローワークでは、成果に対する評価やインセンティブがありません。目標と同時に結果に対するインセンティブを設けることで、施策の実効性はさらに高まるはずです。
従来、実践的な職業教育の多くは内部労働市場、つまり企業の内部で実施されてきました。今後は産官学が連携し、企業外の外部労働市場においても、生涯にわたって学ぶことができ雇用に結び付く「職業教育プラットフォーム」を実装することが必要です。
デンマークでは学校教育と職業教育を並置する「デュアルシステム」という教育プラットフォームが確立しており、雇用につながる職業教育の場が社会に定着しています。
一方日本では、職業教育の場自体はありますが、体系的に雇用に結びついていません。 何を学び、それをどのように仕事に結び付けるかは各企業や個人の裁量に任されているのが現状です。
これから柔軟な労働市場を実現するためには、「日本版デュアルシステム」の確立が急務です。
そのために産官学のそれぞれがすべきことは何でしょうか。
企業がすべきことは、職業教育の仕分けです。企業の競争力につながる固有のスキルの教育は引き続き社内に残すべきでしょう。一方、業界共通のスキルを習得するための教育については、外部と共通化してゆく発想で、業界や社会として職業教育の場を設けていく必要があります。 さらに社外の職業教育プログラムづくりにも積極的に参画し、仕事の現場で役立つ実践的なプログラムづくりを進める必要があります。
大学をはじめ教育機関に求められるのは、雇用を念頭においた教育プログラムの提供です。すでにリカレント教育やリスキリングプログラムなどの提供は進んでいますが、今後はさらに企業と深く連携し、雇用という出口に直接結び付く実践的な職業訓練プログラムを開発していくことが求められます。
そして政府や地方自治体の役割は、職業教育の出口として公的な資格や認証制度を整備することです。職業教育により獲得したスキルを公的に保証することで、労働市場において働き手のスキルが可視化され、雇用に結び付きやすくなります。
日本の労働人口は、今後ミドル・シニア世代がボリュームゾーンとなっていきます。政策立案の現場では若い世代のリスキリングに注目が集まりがちですが、少子高齢化が進む日本においては、併せて働き手の大きな割合を占めるミドル・シニア世代への手だてを考えることが重要です。ミドル・シニア世代が培ってきた知識や経験は、他分野でも生かせるはずです。またこの世代が活性化することで知識や経験という貴重な資産が若い世代に還元され、受け継がれていくでしょう。
ミドル・シニア世代の活躍支援においては、内部労働市場と外部労働市場の両面で変革が必要です。
<内部労働市場における変革>
内部労働市場においては、年功序列のキャリアモデルの変革が必要です。 従来は多くの企業が「ピラミッド型」のキャリアモデルとなっており、少ないポストを多数の人材が取り合う構造でした。これでは多様な人材が活躍する余地がありません。 現在は経営層だけでなく専門職にも機会が開かれた複線型人事である「台形型」の構造を採用する組織も少なくありません(下図参照)。しかし、シニア・ミドル世代が増える中、社内に閉じているだけでは限界があります。社内に十分なポストが用意できなければ人材のスキルが生かせず、不活性化の要因となってしまいます。
これからの日本企業はさらに一歩進み、よりオープンなキャリアモデルを構築すべきでしょう。具体的には、社外で活躍も評価の対象とする「逆台形型」の組織です。複業、副業、兼業、在籍出向など、社内外を自在に行き来しながら活躍できる環境をつくることで働き手の選択肢が増え、活躍の場が広がります。
<外部労働市場における変革>
外部労働市場においては、ミドル・シニア人材の(個人事業主を含む)起業や開業支援に目を向ける必要があります。起業やスタートアップと聞くと20~30代の若者をイメージしがちですが、実は、日本の開業率を年代別に見ると最も比率が高いのは40代で、その上のシニア層が大きな割合を占めています。
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これからの働き手のボリュームゾーンであり経験を積んだ豊富な戦力でありながら、社会として活躍の場を提供しきれていないミドル・シニア世代は、日本の労働力を高める“眠れる資産”です。終身雇用型キャリアの担い手だったミドル・シニア層に対して、起業や開業に向けたリスキリングプログラムを提供し、人材不足の産業や地域社会とのマッチングの場を設けるなど、外部労働市場で積極的な支援策をすることで、ミドル・シニア人材が、既存の組織に縛られず活躍することが日本経済にダイナミズムをもたらすのです。
労働市場の活性化は、いまや我が国最大の課題のひとつです。今回、ご紹介した3つの提言をいかに社会実装するかが、これからの労働市場改革のカギを握ります。
「社会としての終身雇用」というビジョンに基づき、世代を問わず働き手一人ひとりが安心して働き続けられる成長社会に転換するために、海外諸国に学びつつも決して真似るのではなく、日本の背景や特徴を活かした労働市場改革の工夫と実行こそ求められるのです。
デロイト トーマツ合同会社 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー 社会構想大学院大学 教授 中央大学ビジネススクール 客員教授 事業構想大学院大学 客員教授 経済同友会 幹事 国際戦略経営研究学会 常任理事 フジテレビ系列 報道番組「Live News α」コメンテーター(金曜日) 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員 経営戦略及び組織変革、経済政策が専門、産官学メディアにおいて多様な経験を有する。 (主な著書) 「「脱・自前」の日本成長戦略」(新潮社・新潮新書 2022年5月) 『両極化時代のデジタル経営—共著:ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社.2020年) 「自己変革の経営戦略」(ダイヤモンド社.2015年) 「ポストM&A成功戦略」(ダイヤモンド社.2008年) 「クロスボーダーM&A成功戦略」(ダイヤモンド社 2012年: 共著) など多数。 (職歴) 1995年4月 トーマツ コンサルティング株式会社(現デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)入社 2004年4月 同社 業務執行社員(パートナー)就任 2018年6月 デロイト トーマツ グループ CSO 就任 2018年10月 デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表 就任(現任) 2022年6月 デロイト トーマツ グループ CETL 就任(現任) 2012年4月 中央大学ビジネススクール客員教授就任(現任) 2015年4月 事業構想大学院大学客員教授就任(現任) 2021年1月 特定非営利活動法人アイ・エス・エル(ISL) ファカルティ就任(現任) 2018年10月 フジテレビ「Live News α」 コメンテーター(現任) (公歴) 2022年10月 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員就任(現任) 2020年12月 経済産業省 「スマートかつ強靱な地域経済社会の実現に向けた研究会」委員就任 2018年1月 経済産業省 「我が国企業による海外M&A研究会」委員就任 2019年5月 経済同友会幹事(現任) 2022年10月 国際経営戦略学会 常任理事(現任)