文化GDP10兆円、「アート」を活用したイノベーションの新戦略 ブックマークが追加されました
2023年5月27日~5月28日、六本木アートナイトが開催される。街づくりの先駆的なモデル創出を目的にした、アートの饗宴だ。この機会に日本におけるアート産業のポテンシャルとビジネスへの取り入れ方について考察してみたい。
現在、文化庁の試算によると、日本の文化GDP(GDP内に含まれる文化産業による付加価値)は2021年時点で約10.5兆円※1と言われている。さらに、政府の「文化経済戦略」の中では、2025年までにこの文化GDPを約18兆円にすることを目指すと言及されている。一方で、2021年時点の国内市場規模は約2,180億円※2となっており、グローバルでの市場シェアも1%に留まっているのが現状だ。文化GDPの規模感や経済大国である日本のポテンシャルを考慮すると、まだまだ産業として拡大する余地は十分にあるといえるだろう。
※1 「ユネスコモデルに基づく諸外国の文化GDPの算出に関する業務報告書」(文化庁)
※2 「日本のアート産業に関する市場調査」(アート東京、芸術と創造)。ギャラリー、百貨店、アートフェアにおける美術品購入等の「美術品市場」の規模を指す。絵画のポストカード購入等の「美術関連品市場」や、美術館の入場料等の「美術関連サービス市場」は含まず
また、いわゆる視覚芸術や音楽などの中核的な創造芸術分野や、写真・映画などの中核的文化産業を「アート」業界と捉えた際に、放送・出版などの広域文化産業や広告・デザインなどの関連産業への波及効果も大きいと言われている。
では実際に、どのような視点でアートをビジネスに取り入れることができるだろうか。アート活用戦略として「アートを梃子にしたCSV・社会課題解決」「アートのエコシステム形成」「先端技術との掛け算による新市場開拓」の3つの視点が挙げられる。
アートを梃子にしたCSV・社会課題解決
例えば、JR東日本は、「のってたのしい列車」をテーマに、新幹線の列車内を美術館に見立てリノベーション・展示することで、”世界最速の美術館”を実現した。これは新幹線が通る新潟県の「大地の芸術祭」との懸け橋になっており、アートをイネーブラーにした人口減少緩和・地域活性化などの社会貢献も果たしているのだ。
アートのエコシステム形成
同様に、三菱地所や東急は寺田倉庫等のアート事業者と合弁会社を設立し、アーティストのマネジメントやアート教育、アートメディアの運営などに取り組んでいる。多様なステークホルダーが繋がり、アートとビジネスを融合する牽引的役割を模索している。
先端技術との掛け算による新市場開拓
また、スイスの4ART Technologiesは、アート作品に付着する指紋からオリジナル作品かを見分けるサービスを提供している。アート業界では、贋作購入後の入札者と出品者のトラブルが後を絶たないのだ。Web3を活用しブロックチェーンによるアート取引の来歴管理も行っており、既に数十億円を調達している。
以上のように、アート自体やアート活用効果への期待は高まりつつあるものの、現時点で文化芸術に係る政府予算がお隣韓国の3分の1未満であることやアーティストの活動・生活基盤の脆弱さなどまだまだ課題が残る産業でもある。しかし、ビジネスセクターも含めそうした課題を梃子にアート事業に同志とともに取り組み、社会価値と経済価値の両立や企業価値向上などに繋げることで、アートの経済圏が確立されていくことを期待したい。最後に、アートとビジネスを考察する上で筆者としても補助線となった言葉を書き残して締めとさせていただく。
「我々にとって一番のリスクは高すぎる目標を設定して失敗することではなく、低い目標を設定して達成することである」(ミケランジェロ)
奥田 浩征/Hiroyuki Okuda
デロイト トーマツ コンサルティング、モニター デロイト所属。
イノベーション戦略を軸に、幅広い業界において新規事業の構想策定やアイディエーション等の戦略コンサルティングに従事。社会課題起点の新規事業開発も複数経験。